34話 4人の男衆···
「……おい」
少し離れた場所から、聞き慣れた声がした。
振り向くと、シルが戻ってきていた。
見慣れない井戸を前に——眉をひそめる。
「何が起きた?」
呆れ半分の声。
そのまま近づいてくる。
「シル!」
オレオが振り返り、嬉しそうに手を振る。
「見て!これね——」
そのまま、さっきの流れを一生懸命説明し始める。
井戸がどう変わったか。どうやって水が出るか。自分がやってみたことまで。
身振り手振りを交えて話すオレオを、シルは黙って聞いていた。
そして——説明が終わると、改めて井戸へ視線を向ける。
しばらく無言。
じっと見つめてから、
「……はぁ」
小さく息を吐いた。
「別れてから、どんだけ時間経ったよ」
呆れたように頭をかく。
「何をどうしたら、こんなことになるんだよ」
その言葉は半分呆れ、半分は理解不能といった響きだった。
俺は肩をすくめる。
「簡単だ」
井戸へ軽く顎を向ける。
「完成する未来がある場所の時間を、そこまで進めただけだ」
(まぁ進化もさせたが)
短く説明する。
シルの目が、わずかに見開かれる。
「……は?」
一拍遅れて、言葉が出る。
「そんなことまで出来んのかよ」
今度ははっきりと驚いた顔だった。
腕を組み、視線を井戸と俺の間で行き来させる。
そして——考えるように、指先で自分の腕をトントンと叩く。
数秒、何かを整理するように黙ったあと——ふっと視線を横に流した。
男衆の方へ。
「……お前らさ」
低く声をかける。
全員の肩がびくりと跳ねた。
「全然働いてねーじゃん」
ぴしゃりと言い放つ。
「いや……!」
「それは……!」
慌てて言い訳しようとする男衆。
だがシルは手で制した。
「まぁ、ガラクタ持ってきた連中よりはマシだな」
一応の評価。
だが——そこで終わらない。
にやりと、口角を上げる。
「だからって、これで終わりじゃねぇよな?」
嫌な予感が空気に広がる。
シルはくるりと踵を返し、家の前に積まれていたガラクタの山を指差した。
「あれ、全部」
そして——新しく出来た小屋へ顎をしゃくる。
「あっちに運べ」
「は……?」
間の抜けた声。
「何してんだ、さっさと動け」
容赦がない。
「置き場くらい自分らで考えろよ?」
慌てて動き出す男衆。
戸惑いながらも、ガラクタを抱えて小屋へ運び始める。
その様子を見てから——シルは再び口を開いた。
「あと——」
今度は家の方を見る。
「増築するぞ」
「……は?」
また固まる男衆。
シルは構わず続ける。
「スペースはあるだろ」
地面を軽く蹴る。
「その分、枠組み組め」
「いや、でも……」
「魔法でできるからいいや、なんて甘えんなよ?」
ぴしゃりと遮る。
鋭い目。
「何年かかってもいい」
一歩踏み込む。
「最後まで死ぬ気で完成させる気でやれ」
静かだが、逃げ場のない圧。
男衆は顔を見合わせ——やがて、小さく頷いた。
「……やる」
「やるしかねぇな……」
「神様の祝福を受けた家だしな….」
覚悟を決めたように、それぞれ動き出す。
シルはその様子を見て、満足そうに鼻で笑った。
「それでいい」
くくっと喉を鳴らす。
その横で俺は——
「お前……容赦ねぇな」
とだけ呟いた。
だが、こいつらの選択は間違えてない。
一時の大きな幸運より、継続的な幸運を手にする方が結果として豊かになる。
村人はオレオの能力を詳しく知らない。オレオの能力を心配しているエレナも絶対に吹聴したりしない。
変な噂が立たないように、オレオが成長するまでは極力能力の事は隠すはずだ。
ここを去る俺なんかより、村人達はオレオやエレナと関係を築き親しくなっといた方が今後の恩恵がでかいのにな。
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「増築ってもよ……」
ガラクタを運び終えた、男衆の一人が声を上げる。
「どんな風にする?」
木材を担いだまま、こちらを振り返る。
「箱くっつけるだけってわけにもいかねぇだろ」
もっともな疑問だった。
「確かに……」
「強度とかもあるしな……」
周りも頷く。
そこから——
「あーでもよ、横に広げるなら——」
「いや、二階作るって手も——」
「屋根どうすんだ?」
「窓はあった方がいいだろ」
一気に話が広がった。
ああでもない、こうでもないと、わいわい騒ぎ始める。
「増築ついでにアタシは台所を広くしたい!」
シルが口を挟む。
(……お前らの家じゃねぇぞ)
内心で小さく突っ込む。
その横で、エレナが困ったように笑った。
「……私は、皆さんにお任せします」
柔らかく、そう言う。
その一言で——場の空気が少しだけまとまる。
「よし、任された」
「ちゃんとしたの作るぞ」
「オレオが成長する事も考えてベッドも大きくするか」
「箪笥や机もいるよな」
やる気が一段上がる。
俺は近くに落ちていた枝を拾うと、地面にしゃがみ込んだ。
「ちょっと待て」
そう言って、土に線を引く。
簡単な間取りを描いていく。
部屋、部屋——そして、
「……2階を作って、寝てた場所はDKにして」
線を繋ぎながら、形にしていく。
「よし、2LDKだ」
「……なんだそれ」
すぐ横からシルが覗き込んできた。
描いた図を指差す。
「この離れた狭い区切り、なんだ?」
「あぁ、それは——」
一瞬だけ間を置いて、
「トイレと風呂場だ」
そう言った瞬間。
空気が、ぴたりと止まる。
「……は?」
誰かの間の抜けた声。
「トイレ?村の外にソウボリがあるだろ?」
「風呂……?」
「この村で……?」
ざわめきが広がる。
俺は気にせず続ける。
「井戸もできたしな」
さっきの井戸へ視線を向ける。
「箱の中にお湯を満たせば風呂になるだろ?」
「それに、水を汲み上げて、貯水タンクに貯めた水を上から落とせば、水車が回って簡易的な浄化槽を動かせる」
(電気がないんじゃ、水車の動力を使うしかないもんな)
「そいつで排せつ物を無害無臭の水と泥に分けるんだよ」
皆の頭に?が浮かぶ。
「……いや……水車はわかるけどよ?それがどうなるって?」
四人の男衆は顔を見合わせる。
「それに風呂なんて……金持ちの家にしかねぇぞ」
「身体は布で拭けりゃ十分だろ……」
口々に言う。
俺は大きなため息をついた。
「お前らはな」
短く返す。
「俺は違う」
はっきりと言い切る。
沈黙。
その空気を——
「ははっ」
シルが笑って壊した。
「まぁ、作るのはコイツだしな」
「やってみりゃいいだろ」
軽い調子で背中を押す。
二班に分け、一班には家作り、もう一班には水車とそれに繋がる杵作りを任せる。
俺はもう一度、地面の図をなぞり説明した。
「こんな感じで作れ」
簡単な完成図。
設計図なんて大層なもんじゃない。
だが——
それを見た男衆は、真剣な顔で頷いた。
「形と仕組みは……分かった」
「やってみる」
それぞれが動き出そうとする。
その時——
(……ん?)
ふと、思考が引っかかった。
視線を、描いた図へ落とす。
(これ……)
男衆が基礎部分を作る。
俺が時間を進める。
その流れで考えていたが——
(待てよ)
手が止まる。
(もう“決まってる”じゃねぇか)
この場で話して、形を決めて、全員が了承して計画が動き出した。
俺が魔法を使うことも含めて——数時間後の未来は確定している。
(だったら——)
ゆっくりと、口元が歪む。
(基礎部分や枠組みなんて、関係ないな)
必要なのは、
“完成する未来”と——
“それを認識していること”。
(つまり……)
俺は、思った通りの形を——そのまま再現できるんじゃないか?
パン、と軽く手を叩いた。
「……いいな」
小さく呟く。
「ちょっと実験だ」
そう言って、俺は立ち上がった。
*ソウボリ(公衆トイレ)貯まった排せつ物を肥溜めに移し肥料として再利用する。




