33話 空間時間操作魔法···
そこからは早かった。
家は次々と整い、痩せた土は作物が育つ状態へ。
触れるたび、止まっていた時間が動き出すかのように景色が変わる。
だが——
「能力が欲しい」「美人な嫁が欲しい」
そんな声が混ざった瞬間、手を止めた。
(……厚かましい)
シルが前に出る。
「欲をかきすぎて幸運を逃したね」
鋭く言い放ち、
「持ってきたもん持って、帰りな」
と一蹴した。
その後は、まともな願いだけが残る。
騒ぎを聞きつけた村長が現れ、目を白黒させる中——
「一日分の食料の礼だ」
それだけ告げ、裁判所、柵、道をまとめて整える。
村そのものが、形を取り戻していく。
村長はこの村に何が起きているのかは解らないが、俺の能力には覚えがあるらしい。
膝をつくと、深く頭を下げる。
「なぜ···このような場所に···貴方のような高貴なお方が···」
(──でた。今度は神様じゃなくてお貴族様かよ)
「何か勘違いしてるみたいだが····俺は貴族じゃないからな?」
「そういうのやめてくれ」
そう言い捨てると、その場を立ち去る。
村長は顔を上げはしたものの、現実が飲み込めないようでその場から動くことはなかった。
小さな村を変えるのにそこまで時間はかからなかった。
整った家々、実る畑、歩きやすい道。
人々の喜びに満ちた声が至るところから聞こえてくる。
「あらかた終わりか」
シルはもう少し村の様子を見たいと言うので、そこで別れた。
家へ戻る途中、畑の横に目をやる。
男衆が懸命に井戸を掘り、その横には小屋も組み立てているようだった。
汗を流しながら、少しずつ。
(……遅いな)
その時、小さな影が動いた。
オレオとエレナだ。
男たちに籠を差し出している。
中に入っていたのは——葡萄。
(……作った覚えはない)
俺は歩み寄る。
「それ、どうした」
オレオは少し考えてから、
「村の人がくれた種を植えて……大きくなれって願ってたら、できたの」
「食べてみたら、甘くて美味しいんだ!」
と答えた。
視線を落とす。
(……願っただけで、か)
思考を巡らせる。
(そういえばシルも同じだ)
幸運なんて、具体的に思い描けるものじゃない。
鼻に集中すると魔法が発動していた。
初めて能力が開花するには、何かきっかけとなるイメージが必要なはずだ。
(だが……魔法発動の条件は一つじゃない……)
時間操作魔法の発動条件は目の前の物を具体的にイメージすること。
だがそれは、俺が“最初に試したやり方”なだけだ。
イメージ、集中、願い——
トリガーは人によって、それぞれ違う。
オレオも俺と同じタイプだと思ってた。
「……なるほどな」
小さく呟き、オレオの頭に手を置く。
オレオが意図せず周囲に影響を与えていたように——
俺もまた、意図せず魔法が発動し、時間を巻き戻されて死ねない。
つまり。
一つの能力で複数の魔法が使える俺たちは、
“発動条件”も、複数持っているということか。
⸻
視線を、再び畑へ向ける。
井戸、小屋。
どれも“これから完成するもの”。
(……なら)
思考が、すっと一本に収束する。
この場所に完成する未来が決まっているなら——この場所のみ時間を進められるか?
細かい作りや工程を知る必要はない。
完成後の具体的な形すら、厳密である必要はない。
俺はオレオとエレナ、そして男衆に、その場から離れるように告げた。
掘りかけの井戸。
組みかけの小屋。
それらを囲うように、頭の中で範囲を定める。
その一画へ、静かに手を置く。
(この範囲の時間を——進める)
時計の針が進むイメージ。
ドクン、と心臓が強く脈打った。
血が巡る音が、やけに鮮明に響く。
口元が、わずかに歪む。
「…··できるな」
意識が、静かに沈む。
視界の奥に浮かぶのは、巨大な時計盤。
止まっていた針が、わずかに震えた。
カチ、と鳴り——
次の瞬間には、規則正しく刻み始める。
だが、その動きはすぐに加速する。
カチカチカチ——
やがて音は潰れ、針は止まらず回り続ける。
(……足りない)
さらに意識を押し込むと、短針も動き出した。
長針に引きずられるように、ゆっくりと——だが確実に。
背中に痛みが走る。
恐らく、痣が広がっている。
その広がりと共鳴するように
二つの針は重なり、回転はさらに速くなる。
(この範囲だけでいい)
そう定めた瞬間、時間の流れは外へ漏れず、指定した場所だけに押し込められた。
⸻
次の瞬間——現実が歪む。
指定した一画の中だけが揺らぎ、土が沈み、石が積み上がり、組みかけの木材が形を整えて現れる。
完成した結果だけがそこに残った。
そして——
完成した、その瞬間。
一陣の風が、すっと吹き抜けた。
草が揺れ、土の匂いが舞い上がる。
「……え」
誰かの声が漏れ、手から道具が落ちる。
乾いた音が響く中、誰も目を逸らせない。
数秒で——
井戸は水を湛え、小屋は歪みなく建ち上がっていた。
「……できて、る……?」
呆然とした声。
周りの景色は何一つ変わらない。
ただ、その一画だけが——
明らかに“先の時間”へ進んでいた。
「……なんだ、今の……」
遅れて落ちた呟きとともに——
その場にいた全員が、呆然とした空気の中——
「……まだだ」
俺は小さく呟いた。
視線が集まるのを感じながら、そのまま井戸へ歩み寄る。
出来上がったばかりの、汲み上げ式の井戸。
木枠と滑車、縄と桶——どこにでもある造り。
その縁に、静かに手を置く。
「ここからだ」
触れた瞬間——
心臓の奥が、軋んだ。
ピリ、とした感覚が走る。
そのまま胸に刻まれた痛みが、じわじわと広がっていく。
(……来たか)
だが、止めない。
意識を井戸へ集中させる。
(進める)
時間じゃない。
次は“進化”の針を——一段、先へ。
井戸が、微かに軋む。
最初はほんの違和感だった。
木枠が震え、滑車がきしむ。
だが次の瞬間——
構造そのものが変わり始めた。
「……っ!?」
誰かが息を呑む気配。
縄が消える。
桶が、形を失う。
代わりに——
井戸の中心から、一本の金属の管がせり上がった。
鈍く光るそれは、見たことのない材質。
継ぎ目のない、滑らかな円柱。
さらに、その上部に横へ伸びる棒状の取っ手が現れる。
上下に動かすための——明らかに用途の違う構造。
木製だった外枠も変質していく。
歪みのない、強固な形へ。
石と金属が混ざったような、異質な素材へと置き換わる。
地面の下まで変化は及び、水の流れすら整えられていく。
「な……」
かすれた声。
ただ、目の前の変化を見ていることしかできない。
やがて——
変化が止まる。
そこにあったのは、もう“村人の知ってる井戸”じゃない。
縦に伸びる管。
横に取り付けられた可動式の取っ手。
無駄のない構造。
誰かが息を呑む音がした。
「……なんだ、これ……」
小さな呟きが落ちる。
俺はゆっくりと手を離した。
腕に残る違和感。
広がった痣が、じわりと脈打って戻り始める。
小さく息を吐く。
「……よし、完成」
そう呟いた直後——
「ルイ!」
弾む声とともに、オレオが駆け寄ってきた。
そのまま井戸の前で足を止め、目を輝かせながら見上げてくる。
「これ……なに?」
興味を隠しきれない様子で、取っ手に視線を向けている。
「さっきの井戸……だよね?」
すぐ後ろから、エレナも小走りで追いついてきた。
息を整えながら、同じように井戸を見る。
驚きと戸惑いが混じった表情だ。
少し遅れて——
呆然と立ち尽くしていた男衆も、ゆっくりと近づいてくる。
まだ信じきれないのか、足取りはどこか慎重だった。
俺は井戸の取っ手に軽く触れる。
「上下に動かすだけだ」
短く言う。
「そうすると、水が出る」
それだけの説明。
だが——
オレオはすぐに頷いた。
「やってみる」
恐る恐る手を伸ばし、取っ手を掴む。
少し力を込めて——
下へ押す。
ぎこちない動きで、何度か上下させると——
ゴポ、と音がした。
次の瞬間。
管の先から、水が勢いよく流れ出る。
「……!」
オレオの目が大きく見開かれる。
「出た……!」
驚きと喜びが混ざった声。
周囲からも——
「おお……!」
「水が……!」
ざわめきと、どよめきが広がる。
思わず笑い、一人の男が手を伸ばすと、流れる水に触れる。
冷たい感触に、さらに声が上がる。
「なんだこれ……!」
「こんな簡単に……!」
「桶も縄もいらねぇのか……!」
歓声が、次々と重なっていく。
エレナも、思わず口元を押さえながら呟いた。
「……すごい……」
その目は、水ではなく——
井戸そのものを見ていた。
俺はその様子を一瞥して、
(ほんと、馬鹿みたいに便利な能力だな···)
そんな事を考える。
騒ぎの中心で、オレオは何度も取っ手を動かしては、楽しそうに水を出していた。




