統合システムAI ノルン(先生)
モニターから星の海が消えて、漆黒の渦に飲み込まれた。
浮遊感のあった船内に引力が生じて、椅子に座っているとぐんと前に身体が動いた。
2回目の帰省だが、緊張で心臓が高鳴っている。
方位を示す矢印にしたがっていくと、銀色の巨大な船が浮かんでいた。
よかった、まだある……。
どんな劣悪な場所でも、自分の家というのは安心する。
トライズは接近するとトネリコの電子圏内に入り、自動で船内へ導かれていく。
前回はフェアリーズに囲まれて、その場で逮捕されたが今回は大丈夫だろうか。後方にはミレイヤさんのいる船も控えているし、弁明もしてくれているって聞いた。
船のモニターは途絶えず、格納庫に入っていくが、誰もいないのか照明が消えていた。もう私たちのことなんてどうでもいいのだろうか。
トライズは停止すると、電子制御でスロープの出る音が聞こえてきた。動作が終わると、操舵室の照明が消える。はやくいけといっているみたいだった。
ミュートさんは無言で席を立った。
まったく……。ブラックホールに入った頃から無口モードで、私にそっけない態度でいる。本音は、仲間の人に素の自分を見せるのが嫌なだけだろう。ほんとに素直じゃないな。
私は自室からショルダーバッグをひっさげると、格納庫の外へ飛び出した。
直後、格納庫の照明が一気に灯り、フロアには大勢の仲間が立っていた。
正面の仲間はクラッカーを鳴らすと、一斉に拍手して私たちを迎える。
「おかえり二人とも!」
ツーカ総長が前に出て笑顔を浮かべた。
「え、どういうこと?」
「ちょっとしたサプライズだよ。君たちの活躍はトネリコにも伝わってね、みんな話を聞きたくて待っていたんだ」
「そんな、大したことないです!」
「いいや、宇宙ニュースでも取り上げているよ。BHFPのフェアリーズ、惑星の再生に貢献ってね。僕たちの誇りだ」
ツーカ総長は私の後ろに視線を向けてウィンクした。
首を曲げると、ミュートさんが我関せずとそっぽ向いている。相変わらずだ。
「とりあえず、ミュート、ツクモ。先生から話があるから面談室にいくといい」
ツーカ総長は胸に手を置いてお辞儀をした後、踵を返して先導する。
仲間たちは左右に分かれて一本の道を作ると、絶え間なく拍手を続けて、私たちをたたえた。
歩いている途中、リツキさんを見かけた。涙目になっていて、気まずそうに力なく手を叩いている。
そっか……。彼女からしたら別れて数日しか経っていないんだ。
自分がズルをしているようにおもえて、急に切なくなった。
集団の後ろのほうにいくと、ユーリちゃんを見つけた。私と目が合うなり、口をωみたいな形にして瞬きもせず見つめてくる。
うぅ、これは逃げきれそうにない。
格納庫を抜けて静かな廊下にでると、後ろからミュートさんが耳打ちした。
「よかったな」
甘い吐息に全身が身震いする。
やばい……。絶対に目を合わせられないや。
面談室に入ると、アクアブルーの世界が広がっていた。
天井には光のような明るさが伸びており、床面には深く濃い色が沈んで見えた。
私が息をすると小さな泡が零れ、それが上に浮かんでいる。
ここは先生が設定した海らしい。
いつも設定してくれた、魚群や哺乳類や珊瑚礁が次々と生まれてくる。
ピアートもこんなふうになるのだろうか。
じっと待っていると、部屋の中央からウェーブのかかった金髪の女性が浮かび上がった。
「ツクモ。久しぶりですね」
「私から見たらそうですけど……先生から見れば数日ぶりですよね」
「私は電子の海に生きていますから、過去も未来もありませんよ」
身も蓋もない言い分だ。そんなふうに線引きしなければ、先生をもっと身近に感じられるかもしれないのに。
「先生……、あの、きょうは叱らないんですか?」
先生は静かに首を振った。
「ツクモ。あなたは海底都市に眠り続けた10万人の人々を救うことができました。私は誇りにおもいます」
「まだそうなったわけではないですけど」
「計画は順調とのことです。ツクモの憧れた大自然を堪能できる日がくるとおもいますよ」
うぅ、きょうはなんでこんなに褒めてくれるのだろう。
「私は先生に嫌われているとおもっていました。生意気をいって命令違反もして、行儀よくありませんでした」
先生は微笑みながら首を振った。
「私はAIです。感情は持ち合わせていません。ツクモのことは反抗期なのだと見守っていました。培養液の中にいるときからツクモを教えてきましたが、ピアートに太陽を復活させたとき、私は感動したのです。親心とはこういうものかもしれないと感じるようになりました」
「それって――」
「この気持ちが自我なのか、プログラムされた感情かもしれません。ただ私は、ツクモが人々のために努力したことが素晴らしいことなんです」
じっと聞いていた私だけど、胸の内が熱くなった。
もし立体映像に制限がなかったら、色とりどりの魚たちが正面を抜けていったと思う。
「やっぱり、私は先生が好きです。AIでも、腹が立つことがあっても、先生にいろんなことを教わってよかった」
「私もツクモのことが大好きですよ」
私は目に涙を浮かべた。
もし先生が実体としていてくれたら、きっと抱き着いていたとおもう。
「今日、ツクモにいいたいのはこれだけです。いままでごめんなさい。あなたは私の立派な教え子です」
そんなことないです。いいたかったけど、声が詰まってうまくいかなかった。
「手伝えることがあればいってください。先生としてあなたの力になりたいです」
「はい!」
私は立体映像の先生に手を重ねながらしっかり頷いた。
手のひらは電子の光で感触はなかったけど、不思議と熱を感じた。




