お土産
トライズが格納庫に入ると、ミレイヤさんとナグ君がこちらに手を振っていた。
スロープをだして地面に立つと、すぐさまミレイヤさんが走ってきて私に抱きついた。
手厚い歓迎だ。いったいどうしたんだろう。
あと、めっっちゃおっぱい柔らかい。
「すごいじゃない、貴方達! 政府の船から観測データが送られてきたけど、液体コアが外に吹き出していたわよ!」
「ほんとですか!」
「あぁ。これを見てくれ」
ゆっくり近づいていたナグ君は、小型端末を開いて宇宙の映像を見せてくれた。
白灰色の球体から、一筋の熱が宇宙へ放出した。その眩いオレンジ色の光は、宇宙の闇を切り裂くように周囲を明るく染め上げ、彼方まで貫いている。
暗がりだった宇宙に明かりが灯ったのだ。
――だが、再生速度を早めるうちに、段々とその光が細くなり、最終的に消えてしまった。
「この現象は?」
「オーリスの地中で放出した液体コアが、時間経過とともに冷えて道中を埋めたんだとおもう」
「そしたらまた、蓋を開けに行く必要があるんですか」
私は脱力したように肩の力を落とした。
そんな私をミレイヤさんは頭を撫でてくる。
「大丈夫よ。液体コアまでの探索データがあるでしょ。それをもとに無人の遠隔掘削機を用いればまたコアまでたどり着けるわ」
「でも、道中には危険な箇所があります」
「それも考えてある。データからトンネルの位置を算出して、今度は最短距離で新しく掘り進めるのよ。そうすれば安定してコアを管理することができるわ」
ミレイヤさんは腕を放すと、後ろを向かせてナグ君に向き合った。
彼は先程の画面を見せながら、
「宇宙からの観測データを見ても、ピアートの氷を溶かす熱量を確保している。あとは角度調整して、光を向ければこの星は蘇る。ありがとう、ツクモ!」
そういって目に涙をためながら私と握手を交わした」
「ミュートも!」
いつの間にか、隣にいたミュートさんにも手を握っている。
九死に一生の経験だったけど、無事に成功してよかった。
胸を撫でおろした瞬間、あることを思い出す。
「あの――」焦っている声に、二人はきょとんとした。「ケインさんが来ていませんか? 帰りのワープのとき、どこかへ消えたんです」
ミレイヤさんと、ナグ君は互いに目を合わせて首を傾げた。
「さあ……知らないわよ?」
「2人とも、一緒じゃなかったんだ」
「え……あ……」
言いかけたとき、ミュートさんの人差し指が私の唇に触れた。
どうして? 首を傾げると、ミュートさんは無言で首を振った。
何も言うなってこと??
せっかくミッションが成功してみんな喜んでいるのに。
途端に悲しくなった。
「ひとまず、あなたたちの成功に乾杯しなきゃ。生憎、コーヒーとお菓子しか用意できなかったけど」
「それはいらない。ホットチョコレートを寄越せ」
「ないわよ。砂糖水で我慢しなさい」
適当にあしらわれたミュートさんは舌打ちしてそっぽ向いた。
ふてくされる子どもか、あんたは!
人工太陽の件は中央政府の人たちとピアート人に任せて、私たちはトネリコに帰ることになった。
私が見たいのは惑星から見上げる青空と、たくさんの生命が泳いでいる海だ。それらが復活するには、また多くの時間を有する。完全に復活した段階で遊びにいけばそれで十分だった。
政府の宇宙船でトライズを修理した後、また長い時間をかけてトネリコへ向かう。船の後方には政府専用の小型宇宙船がいる。ミレイヤさんの船だ。
出発前、宇宙船の格納庫で私はミレイヤさんに尋ねた。
「またブラックホール圏にくるんですか?」
「えぇ。私もツクモちゃんと同じタイミングでピアートが見たいからね。それに、トネリコのAIに二人が無罪だったことも説明しなきゃいけないでしょ?」
「……おれは別にかまわん」
ミュートさんがぶっきらぼうにいう。
「あなたがよくてもツクモちゃんが駄目なの。少しは他人の事考えなさい」
ミュートさんは舌打ちしてそっぽ向いた。
もうわかりっている反応だなぁ。私は小さく苦笑する。
それにしても、ミレイヤさんとは最初の頃より随分親しくなったものだ。いまではお姉さんのように感じてしまう。戻っても気軽に話せる関係でいたいな。
そんな未来を想起しながら、シャワールームでヘアカットの準備を始める。
ミュートさんは椅子に座ったまま、動物がシャンプーを受けるように無表情になっていた。
おもえばピアートに到着してからミュートさんは髪を切っていない。ときおり煩わしそうに髪を触っていたからちょうどよかった。
「では始めます」
「好きにしろ」
「はい、好きにします」
2回目の帰路よりもミュートさんの口数が多かった。いまでは挨拶や相槌を返してくれる。
結局、ただのコミュ障陰キャなだけなのだ。
しゃり、しゃり。
櫛とハサミを使いながら迷いなく切っていく。
最初は1時間くらいかかったが、もはや手馴れて15分で終わってしまう。
別のヘアカットも挑戦しようかとおもったが、トネリコに戻ったとき、いまよりカッコよかったら余計に人気になる。それだけは嫌だった。
「あーー!」
最後に櫛で髪をならしていたとき、超重要なことを思い出した。
「なんだ、変なとこでも切ったのか?」
怪訝そうな顔をするミュートさん。
「ちがいます! 同期のユーリちゃんのお土産をすっかり忘れていた!」
『何の成果もあげられませんでした!』などといったら殺される!!
ユーリちゃんは先生に背いてまで協力してくれたのに。
「仕方ないだろ、ピアートには何もないんだから」
呆れるようにいうミュートさん。
「そういうものじゃなくて。えーっとうーんと……」
まさかラブロマンスなエピソードを所望していたとはいえないし……。
「それよりツクモ。以前より髪が伸びたろ」
「えぇ……まぁ……」
ピアートに来る前は、肩まであるミディアムヘアだったけど、人工太陽プロジェクト案や、地底探検をしているうちに背中まで伸びていた。それだけならいいが、全体的にボリュームアップしている。すいて髪の量を減らしたかった。
「たまには俺がやる」
「えぇ、できるんですか!?」
「信用してないだろ。トネリコにいる前は自分でやっていた」
マジだったのか。
じゃあ、私が練習する必要なかったじゃん。
少し呆れたものの、不意にそれがどういうことか瞬時に理解した。
――ミュートさんが私のために髪を触れるってこと?
意識した途端、首から上が急に熱くなった。鏡をみると心なしか顔が赤い。
やばい! 意識しているのがバレる!!
「いややや、いいです。自分で――」
「さすがに無理だろ。ほら代わりに座れ」
「……はい」
多少の不安はあったけど、ミュートさんが私にしてくれる優しさと、髪を触れてくれる誘惑に抗えなかった。
てか、お揃いでお互いの髪を切ったなんて恥ずかしいんだけど……。
ユーリちゃんの土産話にはなりそうだから――仕方なく、そう仕方なく! お願いすることにする。
身体の前に散髪用のシートをかぶせ、椅子の後ろにミュートさんが立った。
すらりとした輪郭に、真剣な眼差し。
彼のごつごつした手が見える。スプレーで濡らし、櫛が柔らかく私の髪を撫でた。
太くて頑なった指が、後ろ髪を掴む。
意識すればするほど顔が赤くなってくる。
まずい、ばれるかも!
瞼をぎゅっと閉じて相手の顔を見ないようにする。鏡をみたら自分の目が「好き」って言っている気がした。
シャリシャリと綺麗な音が聞こえて、ようやく落ち着いて瞼を開けると、いつもの髪型になっていた。
「え、あ……ありがとうございます」
「髪は自分で洗え、そこまで面倒は見れん」
「わかってます」
そんな好待遇をうけたら、心臓が爆発してしまう。
「あの......一つ、きいていいですか?」
「なんだよ」
「女の子の好きな髪型ってあります?」
そういうと、ミュートさんの目が座った。
「気に入らないのか」
「そうじゃなくて!」私はシートをばたばたと動かしながら「私にもいつか好きな異性とかできるかもしれないじゃないですか。だから男性の意見を訊きたいなぁーって」
「ぽにて」
一瞬ぽかんとしたが、かみ砕いてようやくわかった。
「じゃ、じゃあ私もたまにしてもいいですか?」
「好きにしろ」
ぶっきらぼうにいったミュートさんだけど、ほんの少し顔が赤くなっている気がした。
私の勘違いかもしれないけども!
これにて2部は終わりです。
次話から3部(最終章となります)。よろしくお願いします。




