変調
ひとしきり落ち着いたところでケインさんが戻ってくると、代わりに私が操舵室をでた。リビングからボトルに入った水と栄養食のバーをもってくる。
ケインさんは項垂れ、ミュートさんは目を閉じたまま顔を上げていた。
「はいどうぞ」
ミュートさんは片目で私を見ると、チョコフレーバーを手にすると口で封を開けてかぶりついた。
食べ慣れてる……。
一方のケインさんはボトルだけ手に取ると口をつけない。まだ胃の中が暴れているのか。
私は水を一口入れたあと、肩の力を落とした。
「マグマ層にあたるとはおもったけど、こんなにも早く来るとはおもいませんでした」
「最初が順調すぎたかもしれませんね」
と、ケインさん。
「そんなものは運だろ? あてにするな」
ミュートさんが私に手を伸ばし、栄養バーをおかわりする。
ほいと渡すと、すぐさま袋を開けてかぶりついた。成長期の子どもみたいだな。
「この先どうしましょう? 迂回するしかないですかね?」
「もったいないですけどね。せっかくの空洞だから、マグマのこない範囲に逃げてその下を掘れば先に進められそうですが……」
ミュートさんは栄養バーを頬張りながら、
「やってみるか?」
「ちょ、なんで乗り気なんですか! 無茶しないでください!」
ずずずとストローで水を飲むミュートさん。満足したように口を開けると、
「闇雲に掘ったところで、下から吹き上がってくることもあるぞ。ほかに何ができる」
たしかにそのとおりだ。
ただ、逃げる際に計測器で外の温度を見ている。
「地殻にいる間は、外の気温が3度前後でした。だけどマグマが噴き上がった途端、外の温度は100度近くまで上昇していました。
外気温が上がる箇所を避けて進めば、マグマに襲われる心配はなくなります。ドリルの故障は不安ですが、危なくなったらレグダまで再挑戦できます。まずは命を大事にしましょう」
「好きにしろ。俺はツクモに合わせる」
いつもの口癖だけど、どこか温かさと信頼がこもっていた。
あぁ、もうなんだよ、このツンデレは。
胸の内の動悸が止まらない。
失敗したらミュートさんのせいだ。死んだら化けて呪ってやる。
1時間の休憩の後、マントルの硬度を確かめながら脇道を進んだ。
ミュートさんは操縦桿を握りしめ、私は針路計をにらめっこする。
進捗はよくない。掘った先が悪いのか外の温度が高く、引き返してばかりいた。
ジリジリとした疲労が溜まり、三人のため息が操舵室に響く。
ようやく温度が下がり始めたスポットを見つけると、硬い地質にぶち当たった。
ミュートさんは我慢の限界だったのか、強引に速度を増して先に進む。
私は無言で任せていた。さすがに数時間で1キロ程度の距離だと心が折れる。はやくマグマのない空間から離れたかった。
不意に、回転するドリルの音が変わる。
とうとう壊れ始めたのかな。怪しんでいるとミュートさんがライトをつけた。
「空洞だ」
「嘘、また鉱石の洞窟ですか?」
「いや、よく見てみろ」
私はモニターをズームして光の当たる壁を映した。
岩肌にきらきらと光が反射している。何より天井……。
「つららだ!」
私がいうと横からケインさんが顔を近づけた。
「なるほど、マントル内に地底湖を見つけたわけですか」
「どうやってできたんだろう?」
「周囲が熱を吸収しにくい鉱石なら、マグマが到達する前に結露して水分が溜まったかもしれませんね」
「マグマの活動が収まって、冷えて凍ったってこと?」
「推測の域ですが……」
うーん、またしても星の神秘にでくわしたぞ。調査したかったが、目的は液体コアだ。
ようやく前進できそう。
「このまま底の氷を割って進む」
「お願いします!」
ここでトライズの真骨頂がでるのか。
ミュートさんが斜め下から氷湖に入り、徐々に角度を変えて垂直飛行に移る。
1 キロ2キロ……深度計は数値を増し、コアに近づいている予感がする。
焦燥とは違う緊張した空気だ。
ドリルの音が更に重くなる。削ったものをみようとバックライトを照らすと、氷から黒色の地質に変わっていた。氷湖のエリアを抜けたのだ。
「液体コアまであとどれくらいだ?」
「 いま半分ほどの距離になるとおもう」
「ここまで来たら絶対行くぞ」
あのミュートさんがやる気になっている!
思わず横顔を見ると、なんだよと言わんばかりに睨まれた!
「ミュートさんって運転好きなんですね」
「運転手だからな」
「運転手でも嫌いな人はいますよ」
「そいつは捻くれているな」
あなたがいう台詞ですかね。
内心呆れていると、後ろから鬼気迫る声でケインさんが、
「速度を落として下さい」いうなり、くくりつけたブラッドゴールドを指す。「石が反応しています」
モニターばかり見ていて気づかなかった。
石は金色の部分を鉱石のなかにズブズブと入り、内側からまた出てきて回転していた。
だけど異常はそれだけじゃない。
「計器がバグってる……」
モニターにあるいくつかの数値が、文字が読めないほど変な表示になっている。
「異常はそれだけじゃない。さっきから重力が軽くなっている」
嘘。ミュートさんに言われたけど、全然気づかなかった。
たしかに少し身体が浮いた感じがする。
「ドリルの負荷もない。地面に空気や亀裂が入っているみたいに密度が緩くなっている」
ケインさんは外のモニターを眺めながら、
「液体コアが近いかもしれません」
「でも、予測地点より距離はまだ遠いはずです」
「事前に調べたデータは憶測に過ぎません。それに平均値をまとめたものです。ミクロの部分を考えると隆起していたり凹んだりしていてもおかしくありません」
私は頭に手をあてながら、
「どうします? 一旦引きますか?」
「いや、先に進む。俺の直感だがうまくいく気がする」
「私も同感です」
ふたりともやる気みたいだ。
でも不安だ。なにせ私の役割はオペレーターで、数値から未来予測をたてることにある。その数値が読みとれなくなったいま、役立たずの女の子でしかない。
「わかりました。だけど、安全第一ですからね」
「あぁ、わかっている」
力強く頷き微笑むミュートさん。
なんだその無邪気な笑みは。大の大人が可愛いじゃんかよ。




