死の風
レーダーには地表からの深度が示される。
地殻の厚さは50キロを想定しているので、表層界のマッピングはせず、垂直に掘っていく。ドリルは緩やかな音をたてて回っていて順調そのものだ。
さすが分厚い氷の壁を貫いた実績がある。砂や石ならどうってことないのか。
何度か空洞と石の層を突破していくと、急にドリルから金属音が鳴り響き、船の遅くなる。地質が固い層に到達したみたいだ。
「ミュートさん、ここからは慎重に」
「わかっている。操縦桿でその感触を確かめる」
ドライバーにしかわからない感覚だろう。
私はレーダーとドリルの状態を確認しながら異常がないか調べる。進行中、ドリルがたびたび怪しい金属音をたてる。岩か鉱石に接触したか。
「速度を落としたほうがいいんじゃないですか?」
「安心しろ。危機回避能力には長けている。前方ヨシ!」
「ヨシじゃないでしょ! 前は岩なんだからわかるわけないでしょ!」
「ブラックホールで鍛えた目だ。見えなくても見えている」
「死んでくれ!」
呆れる私の後ろで、ケインさんが声を殺しながら笑っている。
「二人とも息があっていますね。ここが危険地帯じゃないみたいだ」
「危機感ないのはミュートさんだけですよ!」
「俺はちゃんとしてるぞ。ツクモが騒いでいるだけだ」
私は身体を伸ばしてミュートさんの膝を叩いた。
「いて、事故って死ぬぞ!」
「加減してますー。変なこというミュートさんが悪いんですー」
「ちょ、笑わせるのはやめてくれないか……」
後ろをみるとケインさんがお腹を押さえてにやついている。
私はモニターに向き直ってメーターを見つめた。順調に星の底に向かっている。
安心していると不意に大きな空洞にでくわした。周囲をライトで照らしたが、闇が広がり底が見えない。
深度は40キロに到達していて、マントルまでもうすぐだった。
不意に船が水平に傾いた。
「どうしたんですか!?」
「この空間、嫌な予感がする」
ミュートさんは速度を落として外部モニターを次々と切り替えた。
私は端末から電磁レーダーを照射し、モニターに地形を反映させる。緑の波が機体から360度に広がり、上部の突起が映しだされた。
――だけど。
下部と全体が見えない。
なにこれ。
なんで天井がこんなに広いの。
重力がないわけでも、水の中でもない。
電磁波が反応していないのだろうか。
「怪獣でもいるんですかね?」
横から顔を出したケインさんがモニターを見つめながら言う。
「そんな非現実的な」
「静かにしろ」
刃物みたいな口調に、一気に船内が凍り付いた。
ミュートさんは船首を下に傾けて、徐々に下降を始める。私は電磁レーダーを連続運転に切り替えて、地形の波を何度も発生させた。1秒、2秒、3秒……だめだ、変化はない。
「!」
後方に拡散する電磁波が何かをとらえた。
大きな丸い形状。それと同時に船がガタガタと揺れ、私は咄嗟に椅子の肘置きを掴んだ。
ミュートさんは瞬時に操縦桿のボタンを押す。
秒でシールドが展開し、ハンドルと足元のペダルで急旋回を始める。
私たちは横に激しいGを煽られながら背中から迫る何かをこらえた。
電磁レーターの接触音が流れた瞬間、船は上部に傾き、縦にぐるぐると回り始めた。
これは――
遠心力にあおられながら、レーダーの正体と、この事象を想像する。
固いものにぶつかった衝撃じゃない。
だとすれば気体。地底から噴き出すガスの一部が、空洞へ一気に吹いたのだ。
まずい。そう思っても私に対抗する手段はなかった。
ミュートさんは冷静だった。
操縦桿と足元のペダルを小刻みに動かしなら、空いた手でボタンを早業で押していく。
縦回転した船体は次第に減速し、ぐんと強い衝撃とともに水平に戻った。
頭が真下になって、髪が爆発しているけど。
「大丈夫ですか?」
後ろからケインさんの声がして、うんうんと答える。
「地底に嵐が吹いているのか。怪物のほうがまだかわしやすそうだ」
「冗談いってないで避けましょう。また吹いているかもしれませんな」
「急ぐと余計に操作を失う。ツクモは引き続きレーダーの監視、ケインさんはバックモニターを注視してくれ」
「わかりました」
数刻前までは呑気に寝ていたのに、死地になった途端に頼れる。
横目で見ていたけど、胸がどきどきした。
吊り橋効果なんだろうか。
トネリコにいたリツキさんが、好意をむけているのが分かった気がした。
空洞内は嵐みたいにガスが吹きあげ、強風とはべつにゴゴゴと不気味な音も聞こえている。この空洞をミレイヤさんたちは埋められるのだろうか。
――いや、いまはコアにたどり着くことを最優先に考えろ。
レーダーを見ているが、風向きが不明瞭でなす術がない。ひたすらにトライズは風に煽られて、機動を奪われる。
だけど、ミュートさんは偉大だ。垂直に飛んでいたかとおもえば、すぐに方向を傾け、加速と減速を繰り返しながら、姿勢を元に戻す。
先読みしているのだろうか。
理屈があるかわからないけど、特殊な能力があるらしい。
「レーダー反応ありました。マントルです!」
「わかった」
ミュートさんが垂直方向へ舵を切ると、ドリルの先端を真下に向けて落下する。
ガスの嵐が吹くより先に、下へいって逃げるつもりだ。
先端のドリルが金属のような固い部分に触れると、ミュートさんがペダルを踏ん張りながら急ぐ。
無理をしているような気がするが、この地帯から逃げるほうが先決かもしれない。
ドリルが以前より激しい音を立てて地中を掘る。
漆黒の世界にマシンの音だけが響く。
速度深度硬度を指すメーターを注視しながら、五感を信じてわずかな違いを頼りに進んだ。
ガスの嵐は過ぎ去り、地殻の壁を越えた。
マントル部は地質の密度が高く、中心までの距離が長い。さっきまでの移動は遊び程度だ。
ドリルの音がさらに高くなる。深く掘れば掘るほど、岩石の硬度は高くなり、その分だけドリルの負荷も強くなる。
果たして持つのだろうか。
私が何かいいだすより先に、ミュートさんが減速を始めた。
「ここからは慎重にいく」
死地を乗り越えたミュートさんがいうのだ。信用するしかない。
「ツクモさん、いま掘っている地質はどうおもいます?」
バックモニターを注視しているケインさんが尋ねてきた。
「鉄か、それより硬い鉱石が混じっているかもしれません」
「私もそうおもいます。光が薄く当たっているところは輝いていますね」
「ツクモ、引き返すことも頭に入れておけ」
「わかっています」
わざわざ忠告するのは、最初より危険地帯だと感じているわけか。
「とりあえず、このまま進みましょう」
私たちは息を殺すように、船内の音を頼りながら先へ進んだ。




