男子のロマン
ピアートから大気圏を離脱して10日後、ようやく衛星オーリスにたどり着いた。
2回目の会議から缶詰状態で、オーリスの地質や、同様の衛星でのシミュレーションを何度もおこなった。トラブルがなければコアの液体層まではいけるはずだ。
ナビゲート席で緊張している私と比べて、隣の運転席に座るミュートさんは静かに寝息をたてている。どんな神経しているんだ、この人。
深部に到達するまで1600キロ。それまでひたすら地底を掘り続ける必要がある。
トライズは氷の地表をひたすら掘ってきた実績はあるけど、今回は石や鉄や鉱石を相手にする。高い硬度のドリルだけど、壊れる恐れもあった。
「ミュート君は余裕ですね」
後ろを向くと、ドアの前に臨時の席を設けたケインさんが微笑む。
私とミュートさんがいくことは決まっていたけど、ケインさんが来たのは意外だった。
「余裕というか、きっとバカなんだとおもいます」
「そうでしょうか?」
「危険が好きなんですよ。そうでなきゃ、酸の海も地底もわざわざいきたいとおもいませんもん」
「――聞こえてるぞ」
ミュートさんが片目だけ開けて呟いた。
「寝てたんじゃないんですか」
「誰かさんのうるさい声で起きた」
うるさいってなんだ! そもそも、これから地殻の中に突入するのに緊張感もなく寝ているのが悪いんだぞ。
「ところでその石、いつのまに置いた?」
ミュートさんが指摘したのは、ドリンクホルダーやタバコの吸い殻入れ(私もミュートさんも吸わないけど)の受け皿にブラッドゴールドが紐でくくりつけている。
「ケインさんがセッティングしたんです」
「一種の御守りさ。未知なる力が宿って縁起がいいだろう?」
ミュートさんは不敵に笑うと、
「俺にとってはただの石だが」
「占いは信じないのかな?」
「生きるか死ぬかを決めるのは運じゃない。この腕だけだ」
ミュートさんが逆手で自分の右肩を叩いた。
この人、ほんとに基地の外にいるとイキイキするよな。
私にはぶっきらぼうなのに。なんかモヤモヤする。
オーリスの地表にたどり着くと、事前に調べたマップを元に探索位置へ移動する。マークのついた場所と現在地が重なると、モニターに大きなクレーターを発見する。
「でました、目標ポイントです」
「ツクモ、ケインさん。準備はいいか。これより中に突入する」
ミュートさんと頷き合い、トライズの変形ボタンを押した。
「トライズ。掘削モードに移行します」
防護シートで装甲を覆い、頭部から一本の大きなドリルを伸ばす。以前は潜水モード時に使用したが、今回は宙域での特別仕様だ。
私は端末を操作し、ドリルが回転を始める。最初はゆっくり動いていた無骨の塊が、速度をあげて風を切ったように高速で回った。
モニターには緑色で【使用可】のライトが点灯する。
「ツクモ、ケインさん。準備はいいか。これより中に突入する」
「はい!」
「いつでもどうぞ」
ミュートさんが操縦桿を力強く握った。
「運転手は運転がお仕事ってね」
船体が九十度に曲がり視界が灰色の地面に突っ込んでいく。
ドリルは高速回転して砂を巻き上げる音がすると、いきなり音が止んで暗闇が広がった。
モニターには、外部カメラの映像とステータス画面での2Dシルエットが見える。
それにしてもダサい。果てしなくダサい。ミュートさんはこれの何がいいんだ。
「ほんとに地面を掘るとは。カッコいいですねぇ。サンダーバードみたいだ」
「はあ?」
信じられないと呆れる私の横で、ミュートさんも目を見開いた。
「随分古い作品だな。まさか知っているとはおもわなかった」
お前はムービーに驚いてたのかよ!
「昔に見たことがあったんです。といってもあなた方からしたら数か月前の時期ですかね」
私は一ミリも見たことはないけど。
ケインさんはどういった機会で鑑賞したんだろう。
ミレイヤさんからテラの文化データをもらったのか。
「てかサンダーバードって何ですか?」
「映像媒体で流れた人形劇だ。まだ携帯端末さえなかった頃に放送され、事故や災害で被害にあった人々を戦闘機やマシンで救う物語だ。格好いいんだよ」
ますます呆れてモニターに顔をうずめた。
映画のことだと饒舌になるのは、なんなのだ。
「ミュートさんってほんと映画オタクですよね」
「おい、バカにするな。サンダーバードはドリルメカの必修作品なんだぞ」
「間違いない!」
うしろでケインさんが騒いでいる。
なんなの、この男たち。ほんとに理解できないんだけど。
私はこのノリが嫌になったので話題をミッションに切り替える。
「ミュートさん、再三いっていますけど、地底の洞窟に入ったらマッピングを優先してください。液体コアを外に出すにしても、コアが洞窟内に流れたら意味がありません」
これは出発前にミレイヤさんから釘をさされた。
私たちがやるのはトンネル工事にすぎない。地底までの道ができたらミレイヤさん率いる中央政府で空洞を塞ぐ作業を行うという。
といっても律義にコンクリートなどで埋めるのではなく、大半は爆薬で床を崩落させる作業なのだけど。
「わかってる。面倒になったら真下にひたすら削る」
「そんなことしたらドリル壊れますよ!」
「冗談だ。優雅にドライブする」
「あー! 絶対にピクニックだとおもってるよ!」
船に穴がいたら酸素もなくなるっていうのに。死ぬのを厭わないのかな、この人は。




