裏・人工太陽計画
深海探索が終わって基地に戻ると、私とミュートさんは会議室に向かった。
帰る途中に打ち合わせがしたいとナグ君から連絡があった。声色からからして吉報ではなさそう。
狭い廊下を歩いて、この前の会議室に着くと、ナグ君が神妙な顔でモニターを見つめていた。
「ごめんなさい。待ちましたか?」
ナグ君がこちらに気づくと、足先まである白衣が床をこすって近づいた。
「この半日、ツクモのプランをシミュレーションしたんだけど、大きな問題が発生している」
やっぱりそんなところか。凡人の私が考える発想だ。ミレイヤさんやナグ君のような天才には穴が大きすぎるんだろう。
「率直にいうけど、このプランじゃ現実的に不可能だよ」
「理由はなんでしょうか?」
「3重水素があるマミナと、ピアートの公転速度が合わないんだ」
あちゃー。おもわず額に手を当てた。
計画時に懸念していたことだけど、やっぱりダメだったか。
ナグ君はライザンを中心とする宇宙空間の映像に切り替えた。以前、私が出したものだが、違いは実際に自転と公転の移動モーションがついている。○日間という数字までついて。
「ピアートの公転速度は秒速28キロ。だけどマミナは36キロになる。星の移動速度が1.3倍は早い」
そのとおりだ。数字だけ見ればそれほど差を感じないだろう。だけど、距離は同等じゃない。ライザンに近い惑星ほど一周する距離が短くなり、離れるほど長くなる。つまり、一周にかかる時間がまったく異なるのだ。
「たしかに惑星の速度が早いと、時の経過につれて距離が離れます。でも、宇宙空間には遮るものがありません、レーザーで届かないですかね?」
「そこを含めて計算した。だけど、マミナがライザンの裏側に行けば半年近くはエネルギーを供給できない。何より、マミナもピアートもそれぞれ自転している。それをどうやって方向を修正しながらピンポイントで電力レーザーを照準できる?」
ぐうの音もでない。
ロマンを先行しすぎたプランだったか。
ナグ君は運動する惑星する画面を止めた。
モニターには、3時の方向に1周目を終えたマミナがあり、ピアートはライザンを挟んで10時の方向にいる。ほぼ反対方向だ。そこへそれぞれの自転も加わっていく。
これを考慮した場合、ピアートへ電力を照射する時間は、ほんの一刻かもしれなかった。
「政府やピアートの演算ソフトで修正できませんかね?」
「不可能じゃない」ナグ君は腕を組みながら私を見上げる。「でも技術の問題じゃなく、効率をいっているんだよ。マミナがライザンの反対側にいけば、半年近く電力を送れない。その間、マミナに設置した核融合炉はどうなる? 無益に運転を続けるだけだ」
「停止させちゃダメなんですか?」
「宇宙船の動力と違って、一度止めたものをすぐに運転はできないよ。大体、装置に故障があったらどうするのさ」
「遠隔操作のAIロボで修理とか……」
ナグ君は小さく息をつくと、
「中央政府の技術力はまだ僕も知らないけど、太陽の裏側に入ったら指示信号も遮られないのかな。仮に故障じゃなくても、核融合炉内のトラブルや出力の調整で現場に作業員はいたほうがいい。
だけど、母星のためとはいえ、半年近く宇宙に漂流するやつがいるかって問題だよ。ライザンに隠れている間、無駄にその時間を過ごすんだ。気が気じゃない」
……ある意味、私たちフェアリーズがそうなんですけど。
私がジト目で見下ろしていると、ナグ君は慌てて口に手を置いた。
「ごめん、ツクモたちのこと考えてなかった」
「平気です。気にしてないですから」
私の個人的感情は抜きにして、ナグ君の懸念はもっともだ。
核融合炉を管理するには、誰かが犠牲になる。それにマミナへいくに1か月以上はかかるし、宇宙基地の暮らしは決していいものじゃない。
「それにくわえて、核融合炉の維持だけじゃなく、電力用レーザーも問題だ。ミラー反射による多少の屈折はできても、自転している以上、照射時間は限定的になる。だけど、ピアートには半永久的に太陽光を当て続けなきゃならない」
「その装置の維持にも人員が必要なのか……それをやる人間は物好きだな」
ミュートさんが淡々といった。あなたもかなりのもの好きだとおもうけど。
私はこめかみを抑えながら、ゆっくりと口を開いた。
「実はいうと否定されるとおもって代替案はあったんです」
「なんだって!」
ナグ君が白衣の袖をバタバタさせる。
「なんで早く言わないのさ」
「人道的というか、道徳的というか、人類のエゴだから黙っていたんです。むしろ先に浮かんだのは、これから話す提案でした」
「それでもう一つのプランはどういうもの?」
ナグ君は目を輝かせ、ミュートさんは無言で耳を傾ける。
「ちょっと待ってください」
私はナグ君から端末を借りると、ピアートの惑星にタッチして、周辺宇宙の画像をみせた。
「ピアートには3つの衛星があります。その一つであるオーリスを人工太陽として直接使うんです」
「キセノンランプを使った巨大照明っていうのは?」
「多分不要です。出力調整は最初の照明より難しいけど、オゾン層や雲などの自然物で紫外線を遮断できれば、装置を作る必要なくなります」
ミュートさんが接近して私の眼前に迫った。
ちょ、なんで急に見つめてくるかな。鼻先が触れるような距離に、おもわず視線を逸らす。
「ツクモは何をためらっていたんだ?」
な。動揺してるのがばれてる!? 変に鋭いんだよな、ミュートさん。
私は、太陽くらいに赤く染まっているかもしれない顔をそむけながら、
「衛星オーリスの中心核はいまなお生きています。その中心にある液体コアを抽出し、星の表面までもってくれば太陽の代わりに熱を放出してくれます」
ナグ君は顎に手を置いて考えこむ。
「なかなか厄介なプランだね。懸念点が多すぎる。まずは惑星コアを抽出した経験があるかどうかだ」
「私たちじゃないですけど、中央政府が過去に実施したデータがあります。まだ液体コアは未解明のところもあるけど、既存の核融合炉の20倍はエネルギー生成ができるといわれています」
ナグ君は手を見せて指を二本立てた。
「質問2つ目。星の中心に向かうときにマントルの層を削れるの? 深く掘れば掘るほど、ダイヤモンドやチタンなんかの硬い石があるはずだ」
「そこは大丈夫です。過去にピアートを調べた際、衛星オーリスの地質を調べました」
私は逃げるように脇にそって端末を触る。
ピアートを選択して画面を拡大すると、近郊の宇宙が表示された。そのなかで灰色の星を選び、さらにそこへフォーカスする。星々の輝く宇宙に、灰色をしたむき出しの大地とクレーターが画面に広がる。
「オーリスの地表は砂地の柔らかい箇所と硬い岩盤に分かれていますし、マントルの中は火山が凍った影響で空洞が多く巡っています。コア付近も熱を帯びていてやわらかくなっています」
ナグ君は小さく頷いて3本目の指を上げた。
「惑星コアを抽出するってことは、星の命をそのまま使うってことだよね。それって星の寿命を縮めるってこと?」
「そのとおりです。岩盤質のオーリスは、海や植物は生成できないけど、磁場による星の運動は続いています。その核を抜くというのは、いつか惑星の死に繋がります。それが何百年か何千年かはわかりませんが、爆発するか、自転さえもしない鉄や砂の塊になるかもしれません」
ナグ君は衛星の映像をじっと見つめる。
「星の寿命を奪ってピアート人の生命を復活させるか、それとも氷漬けのままにさせるか」
一人で決めるには重すぎる責任だった。
ケインさんと相談するのだろうか。だけど、どういうわけかケインさんはナグ君に一任している。ピアート人ならではの優先事項があるのだろうか。
不意にミュートさんがナグ君に近寄って肩を叩いた。
「参考程度に聞け。この宇宙で生命が誕生する確率は10の4万乗分の1だ。宇宙には数多の奇跡的な星が存在するが、人類の誕生はその奇跡の最たる例だ」
彼なりのフォローなのだろうか。
ナグ君は不思議そうにミュートさんを見上げる。
「1個の星より僕たち人間のほうが価値が高いってこと?」
「……ひいき目というか、人類のエゴだがな」
ナグ君は悟ったように自分の両頬を叩いた。
「結局人類は惑星の病原菌で、進化のため次々と星を犠牲に移り住むしかないんだろうね。だとしたら、僕もその使命に従うことにするよ」
どうはら腹は決まったみたい。それに、いまも眠っている人たちが可哀想だ。
「一つだけ約束してください」
これは私のエゴだろう。願うように両手を包んだ。
「オーリスの寿命を使う以上、惑星が死ぬ前にピアートの人々が次の星に移り住む準備をしてもらいたいんです。全員が同じ惑星じゃなくてもいいです。レグダでも政府の統括するコロニーでも。もう一度、深海で眠るような結果にはなってほしくない」
「わかっているよ」
大人顔負けのはっきりした口調でこたえた。
「それで、惑星に穴を開けるにはどうする?」
発言したのはミュートさんだった。きょうはいつもより口数が多い気がする。どうしたのだろうか。
「ミレイヤさんに相談はするとおもうけど、自動操縦型のドリルになるんじゃないかな」
「政府に要望をだしたところで、いつになるかわからんぞ」
たしかにそのとおりだ。でも、ほかにも問題は山積みなんだが……。
「俺たちで先に穴を掘ったほうが早い」
「まさかトライズを使うんですか!?」
「あぁ。海の底の次は地の底だ。深淵に呼ばれている気がしてならない」
……段々わかってきたぞ、ミュートさんの性格が。この人は安穏とする暮らしが好きじゃないんだ。だからフェアリーズでもないのにトネリコに来たし、私と一緒にブラックホールも飛び出している。
「そうおもうならトネリコに戻ったらどうですかね?」
「重力の渦はもう飽きた」
子どもか!
「よし、ミュート、ツクモ。僕もこれからミッションを練るよ。全員で協力しよう」
渡りに船といったところか、ナグ君は活気に満ちた。
脱力する私に、ミュートさんは肩を叩いて微笑む。
「プランを練り終わったら、ツクモは基地に待機しててもいいぞ」
「冗談じゃないです。トライズの改造プランを練ったのは私です。私だってクルーの一員なんですから。一緒にいきますよ」
「そうか。期待している」
ミュートさんはそういって私の頭をぽんぽんと触った。
あぁ、なんで危険がわかるとキラキラするかな。
ちょっと惚れちゃうじゃんか。




