海上基地
白色の地表に向けてトライズが降下していった。
モニターに表示されたマップが、誘導するように矢印が向いている。数日前にケインさんから光回線のメールで到着地点を教えてくれたのだ。
ミレイヤさんの船は到着地点で点滅している。もう先に着いたみたいだ。
数日前に連絡をしたけど、終始テンションがあがって少し怖かった。まぁ、ピアートが見えたとき私もヒトのこといえないか。
レーダーが到着地点の真っ赤な光を表示する。トライズは氷の表面を水平飛行し減速をはじめた。
合流地点は海上基地で誘導灯をだしているという。
「あれか……」
ミュートさんは光を見つけるとモニターを拡大する。
それはホバークラフトのような巨大な船だ。甲板から二点の光を発し、ブリッジにアンテナのような円状の物体をくるくる回している。
トライズは旋回して誘導灯に船体を合わせると、無人の甲板に向かって着陸を始めた。
新しいピアートの基地は、トライズがミニカーみたいにおもえるほど甲板が広い。ケインさんたちはいつの間にこんな船を作ったのだろう。
トライズは着陸用の車輪を出して、たいして移動距離もなくあっさり停止した。
そこへ外部からの回線が入る。
『おかえり二人とも。いまトライズを回収する。そのままでいてくれ』
ケインさんだ!
床下から重い機械音がして、甲板の床が動き出した。トライズは真下に下がり船内に入ると、天井が閉じた。暗闇の中、移動床が止まると格納庫がライトアップされた。
『もう降りて大丈夫だ』
ミュートさんは頷くと、トライズの出入り口を開けた。
「お久しぶりです」
格納庫で待っていたのは、しわのある顔でにこやかに笑ったのはケインさんだ。
40代だったケインさんだけど、いまは白髪が増えて肌も荒れている。一年でこんなに変わるものかな?
じろじろ見ていることに気づいたのか、ケインさんがにこやかに、
「お二人は変わりなさそうですね。流石に時間の進み方が遅いブラックホールだと大きな変化はありませんか」
「あんたは老けたな。ずっとコールドスリープになっていたわけじゃないのか」
「水質の確認とバクテリアや深海生物に時間をとられて、次のスリープまで時間がかかったんだ」
「深海生物!?」
はしゃぐ私に、ケインさんははにかんだ。
「あとで見に行くといい。地底の熱でしか海が温まってないから生息地域は限られているけどね」
やっと本物の生命に出会えるんだ!
すぐに海の底に行きたいけど、ぐぬぬぬ、ここは我慢だ。きちんと太陽をつくればもっと大勢の生物を復活させるはずだ。なかには新しい環境進化する生命もいるかもしれない。
「再会に盛り上がるのはいいけど、説明しなきゃいけない人物がいるわ」
ケインさんの背後からミレイヤさんが姿をだした。彼女はピンクのマニキュアのついた指で、ちょいちょいと誰かを呼ぶ。
暗がりからずるずると何かを引いてやってきたのは、足先まである長い白衣を羽織った、私より頭一つ分低い青髪の男の子だ。腕を組んで胸を強調するミレイヤさんを、怪訝そうに見つめている。
「ケインさん、あの子は?」
「イース人のナグ博士だ。ナグ・フォール。コールドスリープ以前にピアートの水中環境を研究し、種の保存のため、いちはやくコールドスリープを提案した」
「起きたら知らない人がうちの星を救ってくれたけどね」
ナグ博士は不服そうに鼻を鳴らした。
この口ぶりからすると、まだ子どもだ――いや、実年齢では私が最年少なんだろうけど。
「そこのおっぱいモンスター」
ナグくんは白衣の袖から、指し棒(あれってミレイヤさんがトネリコでつかっていたやつだ)をだした。
「外宇宙の人間がうちの星に関わらないでよ。ピアートの技術だけでどうにでもなる」
おっぱいモンスターことミレイヤさんは眼鏡を掛けなおして不敵に笑う。
「コールドスリープを開発して絶滅を免れたのはすごいけど、いまの時代、他の惑星の協力なしに、生命を復活することは無理じゃないかしら。技術はあっても資源が乏しすぎるわ」
たしかにミレイヤさんのいうとおりだ。
ピアート人が眠っている深海基地には、酸素システムや純水のろ過機、温室の田畑もあったが、せいぜい10人くらいしか生活できそうにない。現にケインさんは頻繁にコールドスリープをしているし、基地の内部に人の雰囲気がなかった。
この船の基地も、似たようなものだろう。
ナグくんはスニーカーのつま先を悔しそうに見つめる。
「ナグ博士。プライドをもつことは大切ですが、ピアート人は共生の心を失ったから現地人同士で争い、氷の中で眠りについたんです。宇宙開拓の今の時代、必要なのは尊重と思いやりです」
ケインさんが優しく宥めると、ナグ君は小さく頷いた。
この星一番の天才かもしれないけど、心根はまだ子どもかもしれない。
「それでツクモ、ケインさん。今後の再生プロジェクトはどうするつもりなのかしら」
ミレイヤさんが眼鏡を掛けなおして私たちをみる。
ようやく話が回ってきた。
「プレゼンの資料を用意しています。まずはゆっくり話せる場所に移しましょう」
立ち話も飽きているせいか、隣にいるミュートさんが大きく欠伸をした。
はぁ。いまさら呆れることもないけど。
……この人、運転以外どうでもいいんだろうな。




