昔話
「そろそろ昔のことを話してください」
ごわごわの髪を切りながら、ミュートさんに訊いたのが、ほんの数時間前になる。
散髪中のミュートさんは、猫が首根っこを掴まれたみたいに大人しく「準備が終わったら」と静かにいった。
準備ってなんだ?
しばらく寝室で待機していると操舵室に呼ばれた。
正面モニターには外の景色ではなく、宇宙政府の映像が停止してあった。
培養液の中で見たことがある。ブラックホールフロンティア計画の発端のシーンだ。
ミュートさんが再生ボタンをタッチすると、壮大なBGMとともに始まった。
幾何学デザインの船団が宇宙を旅し、その船団がズームアウトしてマイクロチップ映像が大きく映る。このチップこそがブラックホール内部観測データであり、いつか政府がたどり着こうとしている場所だった。
『プロジェクトを進めるため、最も大事なのは人員でした』
男性の無機質なアナウンスが入る。
『勇気ある科学者六人がブラックホールへ向かい、200年の歳月を経て帰ってきました。彼らはいいました。研究の成果を得たところで、帰りを待つ人がいなければ意味がないと。彼らの悲劇を踏まえて私たちは決断しました。過去がない人類がどうしても必要だと』
欺瞞だ、と私はおもう。数千年前からちっと変わっていない。
『政府は人工授精で生まれた子に着目しました。勇気ある6人のような優秀な遺伝子の人間を、ブラックホール近郊で生まれれば彼らが順応するのではないか。
苦渋の選択でしたが、政府は人工授精の技術を確立し、親のない人間を作ったのです』
不意に映像が止まる。
ミュートさんが端末から切ったのだ。
「ブラックホールフロンティア計画で、最初に造られた人間。それが俺だ」
事も無げに彼は呟いた。
「え、は、え……?」
まさかさっきの映像資料が関係しているとおもってもみなかった。
「フェアリーズを作るための前段階、いくつかの人工授精の実験があった。失敗し処分された生命もある中、俺は成功側だった。
親のいない人生。それがわかり、自我が芽生えたとき、最初に感じたのは孤独だった」
悲観するわけでなく、淡々と告げている。
「俺は病院のような施設に育てられ、物心ついたときは孤児院にいた。保護してくれた施設所員には政府の人間がいて逐次報告していた。孤児院は学園と隣接して成績もよく発表された。俺の成績は大体よかった。当然だ。人工的に作られたからな。
それから12歳を過ぎた頃に生まれた理由を聞かされ、いわれるまま宇宙軍の学校に入った。
宇宙学校は自由そのものだった。
そこでは志望した人間も、親のいいなりできた人間も、俺と同じように孤児で金がなくて入ったやつもいた。動機なんてどうでもよく、同じ時間を過ごす仲間がたくさんいた。
――だが、俺はなぜか溶け込めなかった。
些細な事で笑いあう同級生に何が面白いかわからず、ずっと困惑した。
俺は利用されるためだけに生まれた――そうした諦念が、他人との壁をつくったのかもしれない。
誰とも合わなかった俺は、貪るように映画を観た。登場する数多の人間にどんな背景があるか妄想した。きっと自分の虚しい過去を穴埋めしたかったのだとおもう。
そうして学校の卒業を控えたとき、仕事先を悩んでいると政府の人間からブラックホールフロンティア計画を聞かされた。自動操縦型統合システムAIのフォロー役が必要だと。
どうせ世界に居場所がなく、自分もその計画の一部として生まれた。
収まるべき場所に収める、それでいい気がした。だから俺はミュートを名乗り、NO.10偽装した」
操舵室が静まり返る。
過去を語り終えたとき、不思議と親近感が湧いた。
親のような、兄弟のような気もする。
それでいて、外の人間だと言われれば妙に納得した。
「俺とフェアリーがちがうのは、過去があることだ。俺は0歳で生まれ、幼少期はうっすらと記憶があり、虚無な思春期も過ごした。だが、ツクモたちはちがう。いくら大人のような知性をもっても、実際は1歳や2歳だ。その溝は埋まるものじゃない」
無表情のミュートさんだけど、それがやけに私の胸に沈んだ。
聞けば聞くほど政府は勝手だ。
イライラを募らせる私に、なぜかミュートさんは微笑んだ。
「いくつか見たフェアリーズの中で、ツクモだけが強烈に輝いていた。政府にたてついたのはお前が初めてだ。それは俺がないものだった。だから、手を貸してみたくなった」
「え、いや、べつに、大したことじゃなくて……」
もう何回狼狽しているのだろう。
彼の微笑がいけない。カッコいいずるすぎる。
「これで十分か? 俺が過去を偽っていた理由」
「はい! はい! 大丈夫です、ありがとうございます!」
なんで私はぺこぺこしてるんだ。
「こんなに長く話したのは初めてだ。疲れたからもう休む」
ミュートさんは映像を消すと一人操舵室を出ていった。
私も疲れているが一緒に帰るのはどうも気が引けた。
ほのかにミュートさんの残り香がする船内で、自分の座っていた座席をぼーっと抱いた。
あの人にとって私は特別なんだろうか。
いまだによくわからないけど。
好きっていわれるよりとても大事なような気がした。




