手紙
見慣れた操縦席にチョコレートの甘い匂いが漂っている。座席の横にはマグカップに入れたホットココアが湯気をたてている。
心なしか落ち着いた。半分呆れているけども。
目の前の男はチョコを食べながらココアを飲んでいるんだ。
どんだけ好きなんだよ! ていうか、私を助ける前に準備していたのかよ。
「あの、引っ張り出してきたのは嬉しいですけど」私もぽろっと変なこといってるし。「どうしてあんなことをしたんです?」
「ん」
ミュートさんがプリントアウトした紙を渡してきた。読めということか。
『ツクモへ。
ミュートから査察官の話を聞いた。面倒なことに巻き込んですまない。近況報告と今後について手紙をしたためた。
君たちが去った後、ピアートは循環機を使って海の調整に入った。コンピュータの計算では100年か200年はかかるといわれた。その間、私はイース人の技術でコールドスリープに入り、きっちり200年後に起きる設定をした。
結論からいおう。
水質は弱アルカリ性の塩辛い海となった。おかげで地底から漏れる酸素により、バクテリアやプランクトンの生成に成功した。残すは日の光から作る大気と熱だ。だが、我々の技術では人工の太陽を作れず、すまないがもう一度君たちの知恵を借りたい。
政府への監視もあるから無理強いできない。
長い年月をかけてしまった。心変わりがあるならピアートのことは忘れてくれ。
だが、もし協力してくれるなら君たちの来訪を待っている。
くれぐれも宇宙政府には内密にお願いする。
イース人 ケインより』
手紙から顔を上げたところで、ミュートさんが私を覗きこんだ。
「ケインには事前に俺宛に手紙で送るよう伝えていた。電子データだと、あの女やAIに監視されるからな。出し抜くためには裏で動く必要があった」
ずずずとココアをすするミュートさん。
「お前が嫌ならトネリコに帰る」
私はちからいっぱい首を振る。
「ずっと待ってたんです。今度こそ二人でピアートを戻しましょう!」
頷くミュートさん。
「ツクモの同僚を巻き込んだことは悪いとおもっている。協力者がどうしても必要だった。話をしたら喜んで引き受けてくれたがな」
おもわず前のめりになった。
やばいやばいやばい。これでミュートさんとの進展がなかったら、ユーリちゃんぶち切れるぞ。
「代わりにツクモに土産を頼んだといわれたが、いったいなんだ?」
「いいです! ミュートさんはこれっぽっちも気にかけないでいいです!!」
ぐったりと肩を落とした。
お土産って無理難題でしょ。新発見の鉱石を持って帰るより難しいじゃないか。
ミュートさんは誤魔化すように前髪をかいた。真横に跳ねた野暮ったい髪型だった。
「あの、髪切らなかったんですね……」
ミュートさんがそっぽ向く。
「面倒だから」
「リツキさんに切ってもらえばよかったのに」
つい詮索してみる。
あれからどうなったのか。大人だから何事もなく振舞っているけど。やはり未練があるんだろうか。
「他人に触れられるのは嫌いだ」
「え……」
胸のなかで期待と不安がぐるぐるめぐる。
どうして私には許したんだろう。やっぱり船内生活で気にしていたのかな。私に気遣って黙ってたけど、本当は触られたくなかったのかな。
自分のことを語らないこの人だけど、切ったその日はまんざらでもないように思えた。
震える手を押さえながら、
「……そんな恰好でウロウロされるのも困ります。……また、切ってもいいですか?」
「好きにしろ」
感情がひゅんと高まった。
「はい! 休憩終わったらさせてください」
つい駆け足で操舵室をでていく。
思わず弾んだ声に、私の気持ちはばれないだろうか。
私、ミュートさんの特別になれたのかな。




