来訪者
翌日からなんてことない日常を過ごした。
調査班が送られてきたデータを、トネリコのマザーコンピュータに繋いで、数値を入力して解析する単調な仕事だった。
本来のタスクをそこそこに、余暇時間はピアートの問題に直面した。
人や動物が地上で生きていくには大気が必要になる。ピアートは重力があるおかげで、シード264が溶けるうちに多量のガスが生まれ、地表や海上に留まるだろう。それにもともと人類が生きていたから酸素は十分にある。光と熱を放出すれば大気圏も十分に整うはずだ。
大事ななのは――太陽をつくること。
どれだけ馬鹿げたことか!
そもそも、ライザンが太陽の役割を終えているため、熱光線がピアートまで届かない。ではライザンを復活させるという案も浮かんだが、底の尽きた燃料でエンジンを吹かすなどできるはずもない。星のエネルギーは中心の核融合から生まれるので、外部から燃料を注入することなどありえないのだ。
最もな話。
人が生きていくだけなら、コロニーなり大型戦艦などを作ってそこで食物を生成したほうが楽だ。人が住めないような惑星に、自給自足の施設を設営するほうが馬鹿げている。
それに、現在の政府では人工的に太陽を作る技術はない。新しく太陽を作るのは不可能だった。シード264が溶けている間に、技術革新が生まれればいいのだけど。
せめて相談できたらいいのにな……。
そう思うたびに深くため息をついてしまう。
あれからミュートさんともほとんど会っていない。
部署が異なるるせいか時間が合わず、不用意に接触すれば勘付かれる恐れがあった。向こうから連絡を期待したが、まったくない。自称海底人は、私を含めて誰かと関わるのが嫌なのだ。
なのに同じ班のリツキさんはミュートさんを気にかけている。
あれの何がいいんだろう。
彼女の瞳は恋していた。美人だしスタイルがいいし年齢も近いし、二人並んだら美男美女だ。
私のようなチンチクリンが割って入る関係じゃない。
だからもう、私の楽しみはピアートしかないのだ。
海が見たい。それだけで十分なのに。
きょうもメールが来ていない……ケインさん、もしかして失敗したのかな。
数日後、トネリコ最大の事件が起きた。
外宇宙からの来訪者だ! この実験基地に外部の人間が来るのは初めてで、仲間たちはあちこち頭がおかしいとか信じられないとか、そんな噂を口にした。
いまだに信じられない私たちは、先生の誘導で船の格納庫に集合するとそのときを待った。
約束の時刻は、宇宙政府の設定で11:00。残り5分でも音沙汰がない。
先生いわく、特別な任務らしい(心当たりがめっちゃある)が、本当に来るか疑わしかった。
『トネリコのセンサー範囲に熱反応あり。搭乗口をあけます』
無機質な先生の声が格納庫に響いた。私たちは列を整えて直立する。
基地の格納庫のドアがゆっくり開き、それが姿を現した。
両翼のついた青い中型戦艦が、下部に炎をだしながら着陸する。エンジンが切れた船は、スロープを開き、中から人影がでてきた。
スクエアフレームの眼鏡をかけた、褐色の女性だった。白いブラウスから憧れるような胸がつきでていた。タイトスカートからくっきり映るくびれに、タイツを履いている魅惑的な太腿。ウェーブのかかる黒い髪をかきわけ、ハイヒールをこつんと鳴らした。
女性は手首につけた金の時計をちらりと見る。
私も合わせて小型端末を出して確かめる。
11:00ピッタリ。
監査がやってくると連絡が入ったのは数日前。
だけど、外宇宙のほうが時間の流れが速いから、連絡を送った時は数年前にのぼる。そこから宇宙の旅を続けて、時間の流れが不規則であろうブラックホール圏に入り、時間ちょうどについた。正確すぎる。
――この女性は何者なんだ。
「見送りありがとう。あとは解散してけっこうです」
あーよかった。びっくりしたー。仕事めんどうくせー。がやがやと仲間たちが騒いで帰る中、私とミュートさんは動けなかった。
ユーリちゃんが少し心配そうに去り、リツキさんがミュートさんの手を軽く触れ、微笑んで消えた。
うぅ、もやもやする……。
せっかく二人になれたとおもったけど、リツキさんとの関係が頭から離れられない。
いや、問題はそっちじゃない!
誰もいなくなった格納庫で、私とミュートさんが褐色の女性と対峙する。
「素直に聞いてくれてありがとう。初めまして、私は宇宙政府所属の戦争犯罪査察官、ミレイヤ・カシス・バージニア。二人はテロリストの疑いがあるから、確かめにやってきたわ。しばらくの間、衛星ピアートで起こした事件の聴取を行うけど、へこたれないようにね」
うぅ、やっぱりそうなるか。
事前に聞いていたけど、いざ直面すると重たい。
「二人には個別で時間を設けるわ」
私はおずおずと手をあげた。
「あの一つだけ質問いいですか?」
「なんでしょう」
「ここは時間の進み方が違いますけど、ミレイヤさんは大丈夫ですか?」
査察員のグラマラスな彼女は、先生みたいに魅力たっぷりに笑った。
「安心して。私は過去を捨てあなたたちを調べにきたの」
私とミュートさんは互いに顔を見合わせた。
「本気でいってるんですか、 いままで関わってきた人と歳が離れるんですよ」
「私はね、宇宙の平和のために働くと誓っているの。べつに驚くほどのものじゃないでしょ、前例だってあるんだし」
同意を求めるように私とミュートさんを見つめている。
いや、そんな人はいるのか。ミュートさんも眉根を寄せて黙ったままだ。
「挨拶はこれまで。せっかくだから食堂まで案内してくれる? かれこれ12時間分、食事をしなかったから」
それであのスタイルなの!?
人生は不公平だ。私は私の身体を構成する遺伝子を恨んだ。
ミレイヤさん。なんか好きになれなさそう。




