ミレイヤ・カシス・バージニア
トネリコに来て早々、ミレイヤさんは数々の伝説を作った。
発端は食堂メニューだった。私たちフェアリーは、先生こと統合管制システムに栄養管理され、バランスのいい日替わりメニューをメインで食べている。ところが、極端な肉料理やオーガニック料理、大盛ラーメンや高級食材を使った逸品など、度が過ぎるメニューを導入した。それで先生とひと悶着あったが、ミレイヤさんは主張を貫いた。
「あなたは合理的過ぎよ。人はときに不合理のために極端に走るの。それが進化の証ともいえるわ。理由はどうあれ、融通を利かせなさい」
ミレイヤさんは政府首脳部の代理人だ。先生よりも権限が強いため、その日以降、食堂のメニューが増えた。
彼女はほかの部署でも剛腕を振るった。危険宙域における探査の拡大、船のオプションパーツやシステムの新調、娯楽施設の充実――規制の強かったものを悉く取っ払った。
現場のフェアリーたちは感動し、ミレイヤさんを慕った。
政府を敵にしていた私としてはすごく複雑だ。
できる人がいるとこうも信頼されてしまうのか。異性も同性も好かれる彼女に、私も心を許しかけていた。
「ユーリちゃん、ごめんいかなくちゃ」
「アイアイサー」
基地内にある分析室で業務を切り上げると、カツンカツンと厚底の宇宙ブーツを鳴らして廊下を歩く。
入り組んだ廊下を歩いて、3D映像室の、分厚いドアを前に深呼吸する。横にある四角い溝に手を通すと、体内のマイクロチップが反応し重いドアが開いた。
少しの重圧とかなりの緊張感。
真っ白な空間の中央には簡易デスクと椅子がセッティングされ、向かいにミレイヤさんが膝を組んでいた。タイトスカートから見えるほどよいタイツの足。ブラウスからこぼれた豊かな胸。
うぅ、同性としてこうも違うのか。
そんなミレイヤさんは小型端末を操作すると、録音開始のアナウンスが流れ、眼前にファイリングした聴取レポートが現れた。
劣等感に苛まれながら小さくお辞儀をする。
「聴取を受けにきました。ツクモです」
「そこに座ってももらえる」
頷き、促されるまま椅子に腰かける。
聴取はこれで2回目。
前回は身分証明と惑星レグダまでの報告だったので、きょうが肝心の話になるだろう。
レグダを出て行ったあと、政府の警告を振り切ってピアートの氷を割ったところまで説明すると、ミレイヤさんは一息入れた。
「それで海の中に入ったわけか。ここからが本題ね、政府はあなたたちを探したけど、見当たらなかった。一体どこへいき、どうやって例の物を運び出したの」
眼鏡の奥の瞳が突き刺さる。
とはいえ、私は間違ったことはしていないのだ。淡々と応じればいい。
「海の底に文明都市があったんです。イース人といって、生き残ったケインさんと一緒に数日間過ごしました」
「ノルン(統合システムAIこと先生の呼称だ)、例の画像を」
白色の壁に映像が浮かび上がる。宇宙に浮かぶ巨大な隕石と護衛艦だ。
ミレイヤさんはスーツのポケットから指揮棒みたいなものを取り出した。それは縦に伸びて、人差し指だけ伸びた手がでてくる。学校の教師が使う、差し棒っていうんだっけ。
「これが何かわかる?」
「シード264。 かつてAIとの戦争で使おうとした決戦兵器の一つです」
「そのとおり。政府がピアートの調査を打ち切って6日後、これが忽然と消えたの。
慌てた政府はあらゆる宇宙望遠鏡と過去のデータを遡り、その出現位置を確認した。現れたのは衛星ピアート付近で、間もなく星へ落下した。この事実は間違いない?」
「はい。私がケインさんに頼んでシード264をもってくるよう提案したんです」
ミレイヤさんは、長い髪を抑えながらため息をついた。
「普通はありえないわ。政府が管理していた場所から23万光年はあるのよ。しかもワームホールもワープ装置を使った形跡もない。一体どういう原理なの」
「わかりません」
真顔で即答した。凛としたミレイヤさんの表情が途端に崩れた。
「本気でいってる?」
「はい。あれを運んだケインさんは、イース人の科学を利用したといってました」
「そんな技術があるなら、彼らはとっくに発見されているわ」
ミレイヤさんは自慢げに腕を組んだ。その大きな胸が余計に強調する――いや、そうじゃなくて両腕の褐色肌を見せたいのだろう。
宇宙政府の礎になっているのは惑星レギだ。彼らは太陽光の強い星に生まれたため、大半の人が皮膚が焼けている。ミレイヤさんもレギ人の名残なんだ。
「なぜ追求しなかったの? その技術が普及すれば、宇宙開拓は格段に進歩するのよ」
「私の夢はピアートを元に戻すことです。それ以外はどうでもよかった。大体、私もケインさんも中央政府を信じてなかったですし」
ミレイヤさんはあからさまに嘆息する。彼女は蔑んだ目で、録音マイクを止めると、
「それで、あなたたちは超貴重なシード264を強酸性の海に溶かしたわけね」
「必要ないじゃないですか。アンモニアが強すぎて人が住めるものでもないし」
「決戦兵器はアレ含めて3つしか残ってなかったの! 宇宙最大の歴史資料が奪われるなんて! 頭おかしいんじゃないの」
その言い分にカチンときた。
「使えもしない隕石を保管したって邪魔なだけじゃないですか。あんなのゴミですよゴミ。海の浄化に役立てたほうがよっぽどいいです!」
「隕石だったらそこらじゅうにあったじゃない! わざわざ歴史物盗らなくたっても、欲しいとおもったら私だって探したわよぉ」
デスクに顔をうずめてうぅと唸っている。
この人ほんとに大丈夫か?
いきなりふてくされて、こっちが戸惑うんだけど。
ミレイヤさんはつっぷしたまま腕を伸ばして(ついでに豊かなおっぱいをつぶして)顔をあげる。
「宇宙戦争は人類にとって歴史の転換点だった。人類抹殺を目的にしたのはAIのシンギュラリティポイントと呼ばれたわ。でも、別の見解をもつ科学者もいた。彼らは宇宙からの不可視のエネルギーによってAIに人格が生まれた、と。
信じられないって顔をしてるわね。でも、【陰の転換点】の情報だと、別の銀河では無機物との戦争が起きているし、現にこの銀河でもヒト型でない知的生命とも遭遇している。宇宙は可能性の宝庫なの」
「宇宙、好きなんですね……」
「えぇ、それもヒトが関わってきた歴史そのものがね。だから私はこの先の未来も知りたいの。宇宙にでた人類はこの先に何と遭遇するのか。そこで何を学び得られるのか。その進化を目にしていきたい」
それがトネリコまできた言動力なのか。
私と同じだ。自分の夢見たものを手に入れるため、すべて犠牲にしているんだ。
だけど――
「宇宙の歴史は支配の歴史でもあります。人が星々を植民地にしていたとき、その惑星の生命を殺してきた。原初のレギ星だって滅亡した動植物はたくさんいます。
人はもっと慎ましくあるべきです。星はそこにいる生命に恵みをもたらしますが、人は星から搾取しすぎています」
「あなたの言い分はわかるし、そのために星を再生させたいのも理解できる。けど、それはエゴに過ぎない。あなたも私も、命あるかぎり身勝手に振る舞うものよ」
誰が身勝手だって?
自分のお腹の中で、熱が沸き上がっているのがわかった。
「私の何がわかるんですか」
発した声が震えていた。
「あなたたちは家族や親戚がいて、先祖の命を脈々と受け継いでいまに至るけど、私たちは違う! クローンみたいに勝手に作られていいように使われるだけ。任期なんてポイ捨てとかわらない。どうせ別のナンバーを作ればいいとおもってるだけなんでしょ」
彼女は眼鏡を上げた後、指で瞼を押した。
「たしかにフェアリーズの出生は独りよがりだけど、望まれずに生まれてきた人は、あなたたちだけじゃない。いかに科学が発達しても、この世界はいっときの性欲で人間が生まれることもあるし、脳や精神に疾患があっても生きる人もいる。でも、そんな彼らが法を犯しているの? どんな出生でも法を守り、平和に貢献しているわ」
「なんの弁証にもなってないです。世界から断絶されたこの場所を、誰が好んでくるんですか。それだけで罰じゃないですか。刑務所で生まれてきて喜ぶ人はいないでしょ」
ミレイヤさんは不意に優しく微笑んだ。私のほうが一瞬どきりとした。
「少なくても、私は好んで来たけどね」
私の怒りを意に介さず、ウィンクしてみせる。
うぅ、何なんだこの余裕は。
いくら知能がついたとはいえ、やっぱり私が子どもだからだろうか。
「少し大人になることね。分別がつけば視野も広がるわ。価値はそれ一つではないし、どんな事象もいいこともあれば悪いこともある。見方次第では、この生活だって気持ちが豊かになるわよ」
私は恨めしそうに見つめる。
「そのおっぱいもですか?」
「何言ってるの……」
素で呆れるようにいわれた。気にしてないのか、この人は。
「ところで、ミュートさんは何か喋りました?」
その途端、ミレイヤさんが一瞬で顔をしかめた。
あぁ、もうその反応でわかる。そうですよね、絶対そうですよね……。
「あんなのと一年近く一緒にいたの? あなた狂ってるわよ」
「心外です! 私だって苦労したんですから!」
出発前はあんなにコミュ障だとおもわかったし!
「あれを好きになる人なんて、どうかしてるわね」
おそらくリツキさんのことをいったんだろうけど、私の胸のうちももやもやした。
どうかしてるよなぁ。やっぱ。
恋は人をどうにかしてしまう……。




