氷柱
ゆったりとした時間をかけて、シーズ264が重力圏に入った。
これでもう、小惑星を破壊することも、地表で止めることもできない。誰にも止められない。ただ成り行きを眺めるだけだ。
巨大な石の塊は青白い大地に直撃すると、巨大な氷の柱を宇宙に突き立てた。宇宙空間へ舞い上がった氷の粒はトライズに突っ込んできて、ミュートさんが光の障壁を作りながら回避運動を行った。
モニターが氷の粉塵で大地が白く染まりしばらく何も見えない。
大丈夫かな……。
最悪なパターンは、氷が割れずに途中で留まることだ。
不安のなか、小惑星の後方部が液体に飲み込まれているのを目にした。
やった!!
静かに拳を作った。でも、喜ぶのはまだ早い。水の中に入り込んだ後、小惑星が地底に届くまで残らなければこの海は元に戻らない。
しばらくするとピアートから通信映像が入ってきた。
水中で溶け始めた石の映像と、ワイプで表示されたケインさんだ。
「こちら本部。『命の星』は少しずつ落下している。地底までは当分先だが、順調だよ」
「よかったです。でも、着地時には衝撃で海の中が荒れます。注意してください」
「了解だ。シード264.お前は人に疎まれた星じゃない。その名のとおり、海に藻や珊瑚を作り出す種だ。人類の希望だ」
そうだとも。
君はただ無作為に生まれたわけじゃない。必要があってこの宇宙に宿ったのだ。
岩肌が溶けだし粒子と気泡を出し続けるそれは、どこか輝いて美しかった。
もう一度生きたい。
不意にそんな声が私の胸に入ってきた。
錯覚、いや幻想だろうか。科学的にいえば何一つ根拠がない。
声の主がピアートなのか、シード264なのか。それともこの海で命を落とした生命の魂か。なんだってかまわない、声の願いを叶えたかった。
黒色の地面に巨大な石の塊が着地する。同時に一瞬、映像が乱れ通信先のモニターがぐるぐる転がった。探査機が津波の影響で流されているのだろうか。
「――こちら本部」
聞きなれた声!
「多少の通信障害が発生したが問題ない。探査機に不備はあるがいまも生きている。なによりツクモさん」
息をのんで返事を待つ。
「ミッション成功。シーズ264周辺の水質が少しずつ和らいでいっている。岩が溶けるペースはシミュレーションどおりだ」
「やったー!」
両手を上げた後、嬉しさのあまりミュートさんに抱き着いた。ミュートさんは少し驚いた顔をしたけど、私を抱きしめて子供をあやすみたいに背中をなでている。
目頭が熱くなった。
不安でも悲しみでもない。
こんな小さな私でも、誰かのために役に立ったのだ。
モニターの先から大きな拍手が聞こえてきた。ケインさんだ。私はミュートさんの胸の中にいたまま首だけ曲げてモニターに向いた。
ケインさんは涙目でコップの水を飲んだ。
「後のことは任せてほしい。この隕石の質量だと溶け切るまでに数十年はかかるし、水質を安定するまで調整も必要だ。君たちは一度トネリコに戻って時間の経過を待ってほしい」
「それでケインさんは?」
「安心してくれ。計画はまだ初期段階だよ。無人でも循環できる環境を整えたらコールドスリープに入る。定期的に起きて、大丈夫そうなら君たちに連絡する。信じて待っていてほしい」
「わかりました!」
ケインさんは、ありがとうとこぼして通信を切った。
不意に静まり返る船内で、凛々しい顔立ちのミュートさんと目が合う。
そうだ。私、ミュートさんに抱き着いたままだ。
「ごめんなさい」
とっさに離れてその場で立ち尽くす。
やばい、どうしよう。
思いだして耳まで顔が熱くなる。たまらず視線を反らしながら、反応を伺う。
ミュートさんも少しだけ頬が赤い。無口モードだから考えていることがわからない。
「座れ、帰るぞ……」
「う、うん」
恥ずかしさで固定シートも忘れてぼーっとする。手持無沙汰なせいか膝の間に手を入れてわけもなく腕を動かす。でも気まずい時間が続くばかりで一向に落ち着かない。
うぅ……うぅ……。何か喋らないと。
「その、いきなり、ごめんなさい……」
ミュートさんが船を加速させた。
「べつに……。重くなかった。気にするな」
そこ気にしてねーよ!
あぁ、もう、ときめきとか台無しだ。謝らなきゃよかった……。
がっくり項垂れていると、チョコを渡された。手に取って包装紙をあけると、
「帰ったら大変なことになるな。注意しろ」
「あ、うん……」
心配してくれているんだ。
黒い塊の固形物は、今度は甘くてもう一コ欲しくなった。
それからまた半年かけてトネリコに帰るのだが、甘酸っぱい記憶はそれだけ。私は次の計画である太陽光に頭を悩ますのだった。
年末年始も終わりを迎えたので、22時頃の投稿時間に戻ります。
投稿頻度はストックが少なくなったら2日1回になります。




