アルマゲドンみたいに
水質の学習は10歳に満たない子どもも行っている。
変色する紙を水につけて、酸性かアルカリ性か判断する。pHの数値が7を基準に、1に近い数値を酸性、7以降はアルカリ性としている。たったこれだけ。
ピアートは酸性に極振りしている。ならそれと同質・同量のアルカリ性の物質をぶつけて溶かせばいいのだ。
では、そのアルカリ性をどこで調達するか。
トネリコのデータには、広大な宇宙のなかに強アルカリ性の星が登録されている。惑星でなくても、隕石や小惑星コロニーなど、地中の成分を調べれば似たようなものがでてくる。
それを落とすのだ。映画の、アルマゲドンみたいに。
問題は山積みだけど、一番面倒なのが宇宙国家の法律だ。
私たちの馬鹿な宇宙史には、勢力を二分し争った宇宙戦争がある。そのなかにはシリンダー型のコロニーや、小惑星基地を惑星にぶつける作戦もあった。
そうした黒歴史のおかげで、コロニー落としなど大質量の落下は法律で禁止になったわけだが、私の提案はその禁忌を犯す。首謀者となれば宇宙のお尋ね者になりかねない。
私のアイデアに、ケインさんは目を開けたまましばらく動かなかった。
やっぱり呆れてるよね。
不意に後ろの自動ドアが開いて、小箱を手にしたミュートさんがやってきた。
ケインさんは一瞬きょとんとしたが、すぐに正気に戻った。
「アルカリ性の星をピアートに落とす、ですか。確かに物理的には可能かもしれませんね」
横でバラバラバラと硬いものが落ちる音がする。小箱を傾かせて固まったミュートさんが私を見るなり固まっていた。
「お前は死刑囚になりたいのか?」
「うぅ、極端です。隕石落としは大量虐殺を目的にするから問題なだけで、無人惑星なら実験程度だと判断されるはずです」
「実際は海底に人がいるがな」
……それを言われれば実も蓋もないんですが。
返事に困っていると、ケインさんが助け船をだした。
「イース国は地底の一部なので、座標さえ変えれば問題ないです。それよりネックなのは氷の壁ですよ。星の質量が小さいと海まで到達できないですし、大きすぎれば地殻変動が起き、最悪、星そのものが割れる可能性があります」
「いや、それは物理的にないだろ」ミュートさんがいう。「それより、たかが人間の力でそんなでかい質量を運べないはずだ。大体、水の成分だって細かな調整する必要がある。リンやカリウムや二酸化炭素だって海の生命に影響を与える。簡単な話じゃない」
ミュートさんが話しながら小箱にチョコを戻した。
「というより、持っていこうとする時点でばれるだろ。戦争以降、監視は厳しくなっている。巨大隕石が動けば、すぐさま政府のやつらが駆け付けるぞ」
「うぅ、やっぱり問題が山積だよねぇ。このプランは破棄すべきかなあ?」
ケインさんは静かに首を振った。
「元から不可能を捻じ曲げようとしているんです。多少の無理難題はつきものですよ」
ミュートさんが黒い粒を口の中に放り込む。端正な顔立ちにおもわず見とれていると、包装紙を一つ渡した。
「お前も食べたいのか?」
あ、そういうわけじゃ……。
断ろうとしたけど、せっかくなので貰うことにする。ミュートさんの指先が触れて少し熱い。ほんのりぬくもりのあるチョコを口の中にいれる。
「うぅ……」
90%のやつじゃん。苦すぎるんだけど。
こんなの好んで食べるなんて変態じゃんか。
ケインさんにもらった紙コップの水で苦味を薄めると、私はいった。
「私の意見ですけど、べつに妄想で提案したわけじゃないです。AI戦争で使わなかった決戦兵器シード264、あれなら条件に合っているはずです」
ケインさんは瞼を大きくしながら、
「詳しく聞かせてくれませんか?」
「はい――いまの宇宙政府の歴史をなぞるので少し時間がかかりますが」
ケインさんは了解するように深く頷いた。




