第4話「商人の街<アラタナール>」
最強のはずの勇者は封印の腕輪でレベル−100、泣き虫で剣も持てない。
国家随一の魔法使いはサディストで、仲間を実験材料扱い。
忍者はなぜか高確率でハト。
そしてそこに、何も知らない冒険初心者の少女――『初心者ちゃん』が加わった。
雑すぎる王国と、じわじわ崩壊していく世界の中で、
彼らは今日も笑って、泣いて、叫んで旅をする。
ゆるいけど危険、危険だけど笑える。
そんなドタバタ勇者パーティーの冒険譚が、今はじまります。
どうにか鬱蒼とした森を抜けた瞬間、視界が一気に開けた。 木
々のざわめきが背後に遠ざかり、目の前には陽光に照らされた石畳の大通りが広がっていた。 灰色の石は磨かれて滑らかで、ところどころに色とりどりの花びらが散っている。
荷車がギシギシと音を立てて通り過ぎ、その車輪が石畳に残す跡が、街の歴史を物語っているようだった。
商人たちの威勢のいい掛け声が飛び交い、布地を広げる音、金属の打ち合う音、笑い声が混ざり合う。
香辛料の刺激的な香りが鼻をつき、焼きたてパンの甘い匂いが空気に溶け込んでいた。
森のじめじめした空気がまるで幻だったかのように、ここは活気に満ちていた。
商人の街――アラタナール。
旅人を迎え入れる門は高くそびえ、金属の装飾が陽光を反射してきらめいている。
門の上には街の紋章が掲げられ、衛兵が槍を手にのんびりと見張りをしていた。
「……た、助かった……」
勇者さんはその場に崩れ落ちるように座り込み、肩で息をしていた。
髪は泥と煤でぐしゃぐしゃ、マントは裂け、鎧の隙間からは水が滴っている。
その姿は、まるで戦場から生還した兵士のようだった。
(※人食い樹に逆さ吊りにされ、最後は爆発で吹っ飛んだせい)
「やっと……休めますね……!」
私も思わず胸を撫で下ろし、街の門を見上げる。
この街で、ようやく人間らしい暮らしに戻れる――そう信じた、その瞬間。
「ふふ……君たち、安心しきってる顔がいいね」
隣で魔法使いさんが、いつもの柔らかな笑みを浮かべていた。
だがその笑顔は、どこか底知れぬものを孕んでいる。
その目は、まるですべてを見通しているかのように冷静だった。
――嫌な予感。
その直後。
「わっ!」 ドンッ!
私の脇腹に何かがぶつかった。
小さな衝撃。反射的に振り返ると、すでにその影は通りの人混みに紛れていた。
勇者さんの腰袋が、見事に消えている。
「勇者さん…え、もしかしてさっきのって」
勇者さんは腰にに手を伸ばし、まるで魂を抜かれたかのように呆然と
「……す、掏られた!?」と絶望に満ちた声で叫んだ。
その声は、通りの喧騒にかき消される。
「……ねぇ勇者くん」
魔法使いさんは、まるで哲学者のようにさらりと告げる。
「盗まれる金貨なんて、最初から君の物じゃないのと同じだよ?」
「そんなわけないでしょおおお!!!」 勇者さんの叫びは、空に向かって虚しく響いた。
通りの先、路地裏へと駆けていくスリの少年。
小柄で身軽、ボロ布をまとい、素早く角を曲がって消えた。
その足取りはまるで風のように軽く、誰にも捕まえられないと確信しているかのようだった。
「勇者さん! あれ追いかけないと、宿代もご飯代もなくなりますよ!!」
私は慌てて声を上げる。街の物価は高い。あの金貨がなければ、野宿は確定だ。
しかもこの街、夜になると治安が悪くなるという噂もある。
「はっ、たしかに…! い、急がなきゃ!!」
勇者さんは涙目で立ち上がり、よたよたと走り出す。
その背中は、どこか哀愁を帯びていて、まるで運命に翻弄される若者のようだった。
魔法使いさんはその様子を見て、小さく笑みを浮かべた。
その笑顔には、どこか楽しげな悪戯心が滲んでいた。
――アラタナールの街は、歓迎と試練を同時に与えてくれるらしい。




