第3話「勇者、干されて燃えて落ちる」
最強のはずの勇者は封印の腕輪でレベル−100、泣き虫で剣も持てない。
国家随一の魔法使いはサディストで、仲間を実験材料扱い。
忍者はなぜか高確率でハト。
そしてそこに、何も知らない冒険初心者の少女――『初心者ちゃん』が加わった。
雑すぎる王国と、じわじわ崩壊していく世界の中で、
彼らは今日も笑って、泣いて、叫んで旅をする。
ゆるいけど危険、危険だけど笑える。
そんなドタバタ勇者パーティーの冒険譚が、今はじまります。
人食い樹の幹が不気味にうねり、まるで獲物を逃すまいとする執念の塊のように、蔦を勇者さんの首へと伸ばしていく。蔦の先端は鋭く尖り、まるで蛇の舌のようにぴくぴくと動いていた。
「ひぃぃぃいい! 死ぬぅぅぅぅ!!!」
勇者さんの絶叫は、もはや森のBGM。鳥も獣も逃げ出し、風さえもその叫びに合わせて震えているようだった。
「ふふ……良いねぇ、この絶望のハーモニー。録音して目覚ましにでもしたい」
魔法使いさんは手を叩きながら、まるで舞台の観客のように楽しげに笑う。彼のローブの裾がふわりと揺れ、焚火のような炎が指先で踊っていた。
私は木刀を握り直し、痛む額をこらえて再び立ち上がる。足元の落ち葉が舞い上がり、決意の一歩を踏み出そうとした、その瞬間。
「……仕方ない」
低く、静かに響く声。
枝の上にいたハトが、まるで煙のように霧散した。空気が一瞬だけ張り詰め、次の瞬間には漆黒の影が森を駆け抜けていた。
シュッ、シュババッ!
蔦が切り裂かれる音が連続して響き、まるで風そのものが刃となっているかのよう。忍者さんの姿は残像すら見えず、ただ蔦が次々と地に落ちていく。
「な、なにこの速さ……!」
私が目を見開いた時には、勇者さんの身体を縛っていた蔦はほとんど斬り払われていた。勇者さんは空中で一瞬だけ静止し――
ドスンッ!
「ぎゃあああああっっ!!」
地面に落下。顔面から着地した勇者さんは、土と涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっていた。
「ふん。こんな木ごとき、忍の敵ではない」
忍者さんは背を向け、枝へと跳び移ろうとした――その瞬間。
「クルッポー!」
……再びハトに戻ってしまった。
「えぇぇぇぇえええ!?!?」
羽ばたきながら勇者さんの頭にとまり、胸を張って「助けたのは自分だ」とでも言いたげに鳴く。その表情は、どこか誇らしげ。
「ぼ、僕を落としたの絶対わざとだよね!?ねぇ!?!?」 「クルッポー!」
魔法使いさんは肩を震わせ、笑いをこらえながら言った。
「ふふ……良い余興だったね。……さて、人食い樹本体はまだ元気だよ」
振り向けば、切り落とされた蔦の断面からさらに無数の蔦が生え、まるで森全体が生き物のように蠢いていた。
地面が揺れ、木々が軋み、空が暗くなる。
「ぎゃああああああ!!!」
勇者さんの泣き声が、また森にこだまする。
その声は、もはや森の一部となっていた。
蔦の群れは、森の地面を這うように蠢き、まるで怒り狂った大蛇の巣。
切り払われたはずの蔦が、地面の奥から再び生え出し、空気を裂くような音を立てて勇者さんに襲いかかる。
「ひっ、ひぃぃぃ……! 息が……でき、な……」
勇者さんの顔はみるみる青ざめ、唇は紫色に染まり、白目を剥いた瞳が虚空を彷徨っていた。蔦は首と胴を同時に締め上げ、まるで命の灯を絞り取るかのようにぎゅうぎゅうと締め付けている。
「わわわわっ! ほんとに死んじゃう! 勇者さんが干物どころか木の肥料にぃぃ!」
私は必死に木刀を振り回すが、蔦はまるで鋼のように硬く、刃が当たってもびくともしない。足元の落ち葉が舞い、焦りで呼吸が浅くなる。
「ふふ……」
魔法使いさんは一歩、ゆっくりと前に出る。
森の木漏れ日が彼の横顔を照らし、その笑みはまるで慈悲深い聖者のよう――だが、その瞳には冷たい残酷さが宿っていた。
「やれやれ……ここまで面白がったんだ。そろそろ、見物料を払わないとね」
指先がぱちりと鳴ると、空気が一変した。
森の湿った匂いが焦げたように変わり、木々がざわめき、鳥たちが一斉に飛び立つ。
風が止まり、時間さえも凍りついたような感覚。
「待って! 勇者さんまだ巻き込まれてますよ!?」
「構わないよ。彼の命なんて、木屑と同じくらいの価値さ」
「本人の前でサラッと最低なこと言わないでぇええ!」
魔法使いさんが掲げた杖から、淡い光が溢れ出す。
それは一瞬、優しい月明かりのように見えた――が、次の瞬間には空気を裂くような鋭い輝きに変わり、森全体がその光に飲み込まれた。
「――灰燼」
その一言が落ちた瞬間、轟音と共に炎が爆ぜた。
地面が揺れ、木々が軋み、蔦は悲鳴のような音を立てて燃え上がる。
炎は赤く、青く、そして白く輝き、まるで神の怒りが降り注いだかのよう。
勇者さんの身体は蔦から解放され、宙に放り出される。
「ぎゃああああああああああ!!!」
空中でくるくると回転しながら、彼は地面に落下。
今度はお尻から着地し、衝撃で跳ね回りながら涙目で叫ぶ。
「うぅ……燃えるし落ちるし、なんで僕ばっかりぃぃ!」
魔法使いさんは涼しい顔で杖を肩に担ぎ、にっこりと微笑む。その笑顔は、まるで「これが芸術だ」と言わんばかりの満足げなもの。
「ふふ、勇者くん。君が一番頑丈だからさ。あの爆発で無傷だなんて……だからこそ、壊すのは楽しいんだけどね」
森には煙が立ち込め、焦げ臭さが鼻を突く。
木々の葉は焼け落ち、地面には黒い灰が積もり、まるで死の絨毯のように広がっていた。
魔法使いさんは一歩踏み出し、焼け焦げた蔦を踏みしめながら言う。
「これで道も拓けたし、効率的だったろう?」
私は勇者さんを見下ろしながら叫ぶ。
「効率的って……! 勇者さんのライフはもうゼロですよぉ!!!」
勇者さんは地面に突っ伏し、かすれた声でつぶやいた。
「……僕、もう……干されるのも、燃えるのも……いやだぁぁ……」




