第11話「まるで人間カーリング」
ピンク色の煙が、まるで巨大な綿菓子が空から降ってきたかのように、路地裏の隅々までふわりと広がった。
空気は甘ったるく、鼻腔をくすぐる香りが妙に懐かしい。
だが、視界は完全に奪われ、目を開けていても閉じていても同じだった。
毒ではない――たぶん。
代わりに、耳だけが異様に敏感になっていた。
「けほっ…見えない! 全員ストップ! 動かないでください!」
私の声が煙を切り裂くように響いた、その瞬間――
ガンッ! ドガッ! ボコッ!
鈍い衝突音が連続して鳴り響く。
煙の中で、チンピラたちが互いに拳を振るい、肘をぶつけ、膝を蹴り合っていた。
「誰だ今オレのアゴ殴ったのはぁ!」
「お、お前だろ!? 俺の肘が俺の顔面に入ったわ!!」
敵を見失った彼らは、もはや自分たち同士で戦い始めていた。
これは戦術ではなく、もはや芸術的な
「自爆じゃないですかぁぁぁ!!」
私のツッコミは、煙に吸われて虚空へと消えていった。
そのとき、足元で「コロコロ…」と乾いた音が転がる。
ビー玉だ。
しかも大量。
「ちょ、待って! 誰、ビー玉撒いたの!?」
「クルッポー(撒いた)」
ハト(忍者さん)が誇らしげに胸を張って鳴いた。
その姿はまるで任務を遂行した英雄のようだが、やっていることはただの嫌がらせ。
ツルッ――ズドドドッ!!
チンピラAがビー玉で滑る → Bに突っ込む → Cを巻き込む → 人間ボウリング完成。
「ストラーーーイク!」
煙の向こうから、魔法使いさんが親指を立てて叫んだ。
いつの間にか現れた彼は、超絶いい笑顔で人様の無様を嗤っている。
「なに審判してるんですか!?」
魔法使いさんは必死に叫ぶ私をフルに無視し、静かに拍手をしながら言った。
「ふふ……視界がないなら、耳を惑わせればいいだろう。
二拍三連、“混沌のメトロノーム”」
彼の指先が淡く光り、路地の四方から「カン、カン、カンカン」と金属音が鳴り響く。
音の定位が狂い、出所が捻れて聞こえる。
まるで空間そのものが歪んだかのような錯覚。
「右だ! いや左だ! 上ぃぃぃ!?」
チンピラの剣が空を切り、仲間の棍棒にクリティカルヒット。
「ぐぇぇぇ!」
「君たち、連携いいね! 殴り合いの!」
魔法使いさんは楽しそうに掛け声を入れる。
私は飛んできた棍棒をとっさに木刀を胸の前で水平に構え、目隠しのままガード。
突進してきたナイフを偶然にも柄で受け止め、反動でチンピラAのおでこにコツン。
「がはっ!」
「……また当たった。私、偶然の才能だけSSRなんですけど!」
そのとき、別のチンピラBが腰につけていたランタンを煙の中へと投げた。
光が煙に反射して軌道が見えず、結果、自分の足元に落下。
ボンッ!
小さな爆発音とともに、彼の悲鳴が煙の中に吸い込まれていった。
「うぉらぁぁぁ!」
怒声とともに、別のチンピラCが灯りのランタンを振りかぶって投げた。
だが、ピンク色の煙が空中で光を乱反射させ、軌道は完全に見失われる。
――バシャッ!
ランタンは地面に落下。
火はつかず、代わりに中に入っていた油だけが豪快に飛び散った。
「すべったぁぁぁ!」
叫びとともに、チンピラAが足を取られ、見事なスライディング。
ズサー! ゴロゴロゴロ!
まるで即席スケートリンクが開園したかのように、次々と仲間たちが滑り込む。
魔法使いさんは肩をすくめ、杖を軽くひと振り。
「ふむ、これでは火はダメだね。店が燃えると違約金が高い。――“水のカデンツァ”」
シュバァァァッ!
彼の魔法は、油の周囲だけを都合よく局所的に洗い流す。
水がまるでスライムのように流れ、床を流し清めていく。
「やさし……くない! 金の話基準なんですか!?」
私は思わず叫んだが、魔法使いさんは涼しい顔で「経済は魔法より強い」とでも言いたげな沈黙を貫いた。
その横では、勇者さんが腰を押さえながら四つんばいで匍匐前進していた。
「み、みんな落ち着いてぇぇ…! や、やさしく……!」
声は震え、目は泳ぎ、動きはカメより遅い。
どう見てもこの場で一番落ち着いていないのは彼だった。
そして、煙の中を一直線に飛行する影――ハト(忍者さん)だ。
口にくわえていたのは、白い粉袋。
「クルッポー(目潰し)」
ぶわっ!
袋が破れ、白い粉が雨のように降り注ぐ。
煙と混ざり、視界はさらに混濁。
まるで粉雪のような幻想的な光景――だが現実は小麦粉。
「ぶえっくしょい!! い、いってぇ目がああ!」
「これただの小麦粉かぁああ!? 俺たちクッキー生地じゃねぇぞぉ!!」
むせ返ったチンピラDがフラフラと後退し、背後の樽に激突。
――バン!
樽が割れ、水が洪水のように溢れ出す。
油と混ざり、床はさらに滑りやすくなり、まるで地獄のウォータースライダー。
「うわわわわわ!!」
ズザザザザザーー!
チンピラたちは次々と滑り、回転し、ぶつかり合い、まるで人間カーリング。
誰も止まれず、誰も正気を保てない。




