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レッテリオは自軍の状況に呼吸を荒げ、視線を彷徨わせながら纏わりつく敵軍を見る。
西の軍は、うるさく矢を放ちながら変わらず後尾に張り付き、南の小勢は騎兵となって縦横に駆け回り、好き放題に騎射しては去ってゆく。
そして、東では逃げ去ったはずの敵がいつの間にか現れ、勢いのままに突撃して前陣を突き崩している。
レッテリオも手をこまねいていた訳ではなく、騎兵に的を絞って弓の斉射で対抗したり、精兵を編成して逆撃を仕掛けたりした。
しかし、敵は素早く反応して後退するか、堅固に守って逆襲に転じるのである。
もはや、レッテリオの頭は真っ白で、乾いた笑いすら浮かんでいた。
「レッテリオさま、このままでは」
部下の蒼白な顔によって、レッテリオも動かしようのない事実を悟る。
焦点の定まらない虚ろな顔のまま、掠れた声で負けたのだな、と小さく呟いた。
かすかな声を捉えた部下は、大音声を響かせて軍令に変えた。
「全軍退却! 城まで帰還する!」
張り上げられた声により、俄かにレッテリオの軍は向きを転じたが、退却の命令を出すのがあまりにも遅すぎた。
前陣では突き崩されながらも、かろうじて踏み止まっていた兵士の心を折り、後陣では兵士たちが盾に隠れながら次々と南へ走り逃げ、止めどなく軍列を離れる兵士によって軍は崩壊した。
くびきを打ち込むように突撃したギルベルト隊が、崩れ逃げる敵軍の中を、そのまま穿つように追撃してゆく。
ギルベルト隊の勢いに、ラウレンツ隊が焦燥の色を浮かべて空を眺めていると、ハーピーからようやく待ちわびた合図があった。
「よし、ローマン、テオベルトは好きにしろ。残りは俺に続け。雑兵には目をくれるなよ。あの赤いトサカ兜が上官で、トサカ兜にマント付きは将官どもだろう」
部下へと視線を巡らせたラウレンツが、深く息を吸い込み右手を上げた。
「突撃!!」
ローマンとテオベルトが十人の部下を引き連れ、先を争うように飛び出した。
獲物を見つけた猟犬のようなふたりに、テオベルトも口の端を上げ、逃げ惑う敵軍に暴威の視線を向ける。
直家の隊でも、十人長ふたりが騎馬隊となって追撃に入り、逃げる敵の背に食いついていた。
残る歩兵は直家の下知で隊伍を整え、足を速めながらも乱れることなく進んでゆく。
巨大な影に気付いた直家が顔をあげれば、メロウズがバサバサと風を伴って舞い降りた。
「ウキタさま、宰補と思われる者は二十騎ほどの集団で先頭を駆けております。おそらくは……」
「届かぬか、城へ逃げ込んだなら、それはそれで構わぬ。暫くは立ち直れぬであろう」
頷くメロウズも同様の考えだ。
しかし、予想外の展開に、直家を見つめる顔には驚愕の色がありありと浮かぶ。
「正直、これほどの勝利は想像していませんでした。眼下を眺めれば、寡兵でもって巧みに進退させて攻める様は、まるで雛鳥を猫がいたぶるようでありました。私の不安など杞憂に過ぎませんでしたな」
くぐもるような笑い声をあげて喉を鳴らすメロウズに、直家は距離の離れていく戦場から向き直り、苦笑で返した。
「私も驚いた。予想した敵の動きではなかったが、部下たちがよくやってくれた。今後が随分と楽になろう」
メロウズからすれば、三方のいずれの戦場も直家の思うがままに推移したように見えた。
レッテリオからすれば、どのように相手取ればいいのか悪夢のようであったろう。
「驚いたとのことですが、レッテリオはどう動くとお考えだったのです? いや、むしろ逆の立場でしたら、ウキタさまはどうされましたか?」
「可笑しな奴だ。そのような事が気になるのか」
小さく笑うと、馬上で揺られながら機嫌よくメロウズに答えてゆく。
「初めて会ったときにお前が心配したように、我らはレッテリオの軍兵と比すれば寡兵である。然すれば、槍を合わせぬよう進退を迅速にすることしか出来ぬ。だが、いつまでも敵も許すまい…」
メロウズの見た当初の戦場は、直家が話した通りの展開であった。
「当然、防ぎきれぬ敵が迫ることになる。然ればまともに当たらぬよう大きく退避し、その隙に土城の三将軍と合流するつもりであった」
腑に落ちる話ではあるが、直家が想定しなかったように実際は違う。メロウズは口にした疑問が再び頭を巡り、眉を寄せた怪訝な顔で答えを求めた。
「ふふ、何も難しく考えずともよい。寡兵での戦いなど嫌がらせしか出来ぬのだ。放っておけばよい」
直家の答えに納得していないメロウズは、小首を傾げて不満顔で問いを重ねる。
「しかし、激しい矢によって敵は苦しめられ、とても放ってはおけなかったでしょう」
「それも誤算であった。我が領の者は狩猟を生業として、獣の骨や腱で作った弓を巧みに使い、弓手の強い者が多い。しかし、他領の兵と違いがあるとは思わなかった」
嬉しい誤算であったようで、直家は不敵な笑みで答えると、追撃戦を遠目にして少し眉を上げた。
「さて、強弓にて煩わしき寡兵が三つであったな。放ってもおけぬなら、ただ、陣を厚くして粛々と押せばよいのだ。本来は、狙われた一軍がどこまで逃げれるか、どれほど支えられるか、そして素早く壁を崩し、どれほど早く三将軍と兵を併せられるか、そういう戦いであったのだ」
話を聞き終えたメロウズは再び大空へと戻り、南へと逃げ惑う者の流れと、それを呑み込むような追撃者の奔流を眼下におさめる。
兵士たちの流れを眺めると、メロウズは当初の兵力差の不安など忘れたように、宰補の軍はどうすれば勝てたのだろう、と眼下の不思議さに頭を巡らせた。




