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兜の下、金髪から汗を滴らせるテオベルトは歯噛みしていた。
敵を突き倒しては部下に任せて首を落とし、自らも足を止め下馬しては首を断ち切ったりした。
しかし、赤い羽根飾りを付けた将官の兜は見当たらず、それどころか、少しでも逃げる足を速めようと敵兵の多くが兜を脱ぎ棄てている。
逃げ惑う敵の中に視線を巡らすが、価値ある首はどれなのか判別出来ない。
「クソォ!」
領軍との戦いでは、ダミアーノの首に僅かに届かずラウレンツの後塵を拝した。結果、あげた手柄はローマンにも劣ったが、同列の十人長として賞されたのであった。
今回こそはと、命を惜しまず敵と斬り結ぶつもりであったが、ようやく弓を手放してみれば、戦況は逃げる敵を追うだけに変わっていた。
追撃戦の雑兵首など価値はなく、苛立ちながらもテオベルトは揉み込むように流れに食いついた。
焦燥と自己顕示欲、そして殺意をない混ぜにした大太刀を振るって血を降らせた。
テオベルトが逃げる敵の中を猛りながら突き進み、ローマンはその背を見ながら自分の部下を振り返れば、好きに散って敵を追っている。
右手を上げて、短く叫んだ。
「集え!」
こんな追撃戦で、まかり間違って部下を失う訳にはいかない、と目立つ武功を諦め、自らに連なるように隊列を整えさせる。
馬の足をゆるめ、遅れた部下が追ってくるのを待っていると、黒地に銀の半月という揃いの旗指物が遠目に見えた。
「あいつか」
ローマンの声音も表情も好意的なものではなく、見下している感すらあった。
しかし、ジギスの率いる隊から目を離すことが出来ない。
同じ軍装の十騎ほどの馬群は、進む道でも分かってるようにスルスルと敵中を進み、ひとつの生き物のように纏まっていた。
ジギス隊の動きに目を見張り、嫌な予感を覚えると怒号を放った。
「遅れるな! オレに続け!」
先ほどの部下への労りなど忘れ、ローマンは我武者羅に突っ込んで行った。
留守を任せていた予備隊に迎えられると、レッテリオは馬を預け、隊長に上擦った声を掛けた。
「敵が来る。迎え討つ用意を急げ」
ハッと短く答えて頷くと、レッテリオの言葉に首を捻りながら視線を転じた。
城へと続々と帰還する兵士たちへ隊長が胡乱な目を向けてみれば、その手には盾がなく、多くの者は兜や剣すら身に付けておらず、中には鎧まで脱ぎ棄てて息を荒げていた。
三将軍に負けたことを理解すると、一瞬にして血の気を引かせ、慌ただしく喚きながら指示を出して走り回った。
自軍の騎馬隊が追い抜いていくのを横目にすると、ギルベルトは息を切らしながらも威厳を含む声を轟かせた。
「足を休めよ! 止まって隊伍を整えるぞ」
肩を激しく上下しながら、隣へ足を運んだディルクと視線を同じくする。
「地図からすると、城へ着く頃は暗くなりますね」
目を細めるふたりの視線の先では、怒声と悲鳴を通り過ぎて沈みゆく太陽が赤みを帯びていた。
頷くギルベルトは汗を拭い、重い足を引きずるように集う兵士たちを眺めて限界を悟る。
首を回してハーピーの姿を求めると、大きく手を回して合図を送り、兵士たちに向き直った。
「我らは此処でウキタさまを待つ。陣を構えて装備を確認したら、体を休めるがいい。ただし、いつでも戦えるよう心構えはしておけよ」
辛うじて足を進めていた兵士たちは、へたり込みたい気持ちを自負心で抑え、隊列を整えながら命をこなしていく。
激しく呼吸するアロイスは、先頭のふたりに大股で歩み寄ると小首を傾げて口を開いた。
「城攻めでしょうか? 一戦交えたら、ヤマナ領へ戻るとのことでしたが」
「そうだな、これほど敵が崩れたとあれば、攻城戦も視野に入れておくべきだろう」
ギルベルトが向こう傷をなぞるように汗を弾いて答えると、ディルクとアロイスは揃って頷いた。
ふたりは領軍との戦いで、凄まじい追撃戦を体験している。一昼夜にも及ぶ激しい追撃戦は、敵味方も動けぬほどに続き、ふたりも倒れるように地に埋まって眠ったのを覚えている。
直家のもとに軽やかに舞い降りたメナスは、慌ただしく地図を要求した。
「此処です。ギルベルト隊は陣を敷いて、ウキタさまを待つと。宰補と思われる敵は、城まで逃げ着いたようです。他にも城へ向かわず、この林を抜けたり、西の川沿いを走り逃げる敵も結構いました」
羽根先を地図へ落とし、推移する戦場を説明するメナスに、直家は大きく頷いて透き通るような笑みを返した。
「さすがだな。鳥翼人の者たちの働きで、敵味方の動きが手に取るようだ。では、各自の判断で追撃を中止して、ギルベルトの元へ集えと命じてくれ。くどいようだが、矢の飛び交うなかを無理に降りぬようにな」
明け透けな賛辞に、メナスはくすぐったそうに頷くと、はにかんだ笑みを見られないよう急いで飛び立った。
その姿を直家は眩しそうに見上げると、使番をふたり呼んで、負傷兵たちへの戦況の伝令と、三将軍への言葉を伝える。
「こう申せ。我らレッテリオの居城まで寄せて、降伏の勧告を為す。返答の有無で戦いとなるであろう戦況は予断を許さず、三将軍は速やかに山名軍の旗のもとへ集い助力されたし。これを復唱して違うことなく伝えよ」
風にたなびく黒母衣を眺めやり、薄く笑みを浮かべると、笑みを伴わない冷めた目を細めて独りごちた。
「さて、立場を明確にしてもらおう」




