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レッテリオが視線を巡らせば、戦場から外れたような騎馬隊の姿があり、南では半分ほどの敵勢に押されている有り様で、明らかに味方の劣勢であった。
そして、麾下の軍は怒鳴り散らしても進むことを恐れて用を為さない。
レッテリオは顔を歪め、苦い物を呑み込むような気分で退却を命じた。
先陣へと合流すべく退いてゆけば、しつこく纏わり付いていた敵が追ってくる様子はない。
南で戦っていた軍も、陣形など霧散しながらも合流しようと退却していた。
僅かに安堵するが、胸中の鬱屈は拭い去ることが出来ない。
(いったい何が悪かったというのだ。軍を止めて逆進したことか。それとも、両方を相手にしたことか)
苦悩するレッテリオだが、ふたつに分けて進んだ軍は、いずれも敵に倍する兵力であったのだ。
その両面で退却せざるを得なかった将兵の不甲斐なさに、罵倒する言葉を永遠に吐けそうであった。
うごめく先陣を遠目にすれば、伝令が駆けて来る。
「追撃は一時中断とし、全軍を迎え入れるべく、かの地にて陣を構築しております」
一時中断という言葉に引っかかりを覚えたが、どよめく兵の声に思考を止められた。
レッテリオが振り返れば、またも追いかけようと動き始めた敵が見える。
呻きたくなるような思いであったが、兵士たちは北を見やって騒いでいる。
レッテリオが慌てて視線を転じれば、土城から出た百名足らずの兵が隊伍を組んでいた。
「駆けよ! ともかく先陣に合流するだ」
この命によって兵たちは退却というより、逃亡といってよい程に乱れた。
悲痛な顔で駆ける兵士たちに怒鳴りつけたくなったが、敵軍の緩慢な様子が怒気を堪えさせた。
直家の軍では少なからず被害があり、負傷した者たちが苦痛に呻いていた。
そして、土城から続々と現れる兵士に気付いた。
「お前たちは戦場の見えるところで身を隠せ。動けぬ者には、浅手の者たちが手を貸すのだ」
そして、土城前で兵士が集うのを遠望すると、直家は使番を呼んで耳打ちした。
離脱者を埋めるように隊列を整えていると、馬群の群れを伴ってテオベルトが現れる。
「宇喜多さま、軍馬二十二頭です」
空馬の群れを眺め、直家の目は冷ややかさを含んでいる。
「少ないな」
直家の短い言葉に、テオベルトは苦しげにうつむいた。直家は考えを巡らして薄く笑むと、冷たい視線でテオベルトを射抜く。
「ラウレンツの考えか? まあ、お前たちが煽ったのであろう。しっかりと働きで見せてくれるのであろうな」
ハッ! と高らかに答えると、笑みを伴ったテオベルトは颯爽と騎乗して去って行った。
そのテオベルトは、待っていた不安そうな面々を可笑しそうに眺めて歯を見せる。
「ウキタさまは手柄をあげろとよ!」
ラウレンツ隊は轟きのような歓声をあげ、槍を振り上げて勇躍した。
彼らは、ギルベルト隊のもとへ軍馬を届けるのは難しいと断念し、隊内で話し合うと、全員を騎兵とすることにしたのだ。
直家に届けられのは、全員が騎乗したのちの余剰の軍馬であった。
モデストたちの前で下馬したのは、噂通りの異風な軍装の男であった。
兜には魚を象った銀の飾りがあり、黒鎧の肩口や腰元は色とりどりに縫われている。
背中には骨組のある黒布を膨らませ、あまりの奇妙さに思わず見入ってしまっていた。
「ウキタイズミより申し上げる! 我が軍の兵は猛り狂って見境いなき有様。既に軍令を聞き入れること叶わず。貴軍においては充分に警戒されるがよろしかろう」
呆気に取られた様子の三将軍だったが、それぞれが違う反応の変化を見せる。
老将のモデストは肩をすくめて顔を何度も擦り、諦めの溜め息を吐いた。
初老のサバスは締まりのない顔で苦笑いして、使番を見やって何度も頷いている。
「な、何様のつもりだ! 宰補と我らと同時に敵するつもりか。勝手にしゃしゃり出て、好きに出来ると思うなよ」
最も若いソフロニオは激昂して、唇を震わせながら怒声を放った。
そのソフロニオに、後ろからサバスが肩に手を載せ、ゆっくりと首を横に振る。
使番の兵は素早く頭を下げると、そんな三人を一瞥することなく馬に鞭を入れた。
「疲労が見て取れる我が軍では、眺めるのが似合いであろう。それに、あの者にまで手を出しては、もはや先行きが見通せぬ。8領の兵を入れる隙を与えた、わしらと宰補が愚かなのだ」
そう言って目を閉じたモデストは、希望的な見通しを捨てていた。
(ピノという商人が訪ねて来たのが始まりか。8領での掠奪を嘆き、レッテリオの圧政を憤り、我らの義挙を礼賛していた)
モデストは記憶を辿ると、憤りの収まらぬ若き将軍に向き直り、自嘲の笑みを浮かべる。
「お前たちはどう見ておった? わしは、8領を守るに汲々として、領主に近付こうとする男としか思わんかった。レッテリオに袖にされたから、わしらを頼ったのだろうとな」
頷くサバスも肩を落とし、眉を下げた顔には自らの浅はかさを嘆く色があった。
「わたしも気にしてませんでしたよ。所詮は3の砦も取り戻せない8領の将官だと。わたしらは侮ったまま8領には侵攻しないと奴に恩を着せ、不利な宰補との戦いに助力を頼みました。それが、まさか、こうなるとはね」
うーん、と大きく唸って、遠い目をしたサバスは誰に言うでもなく言葉を続けた。
「エルルーンさまの和平を願う声に応じたと、この9領に軍を入れたようですが……、エルルーンさまに宰補、わたしら三将軍、あのウキタという男は、誰を味方として、誰を敵とするんでしょうね」
ふたりの言葉に拳を握りしめるソフロニオは、厳しく口許を結んで眼前の戦場を睨みつけていた。




