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頭上を擦るように低空飛行するハーピーに、練武場の兵士たちは動きを止めて警戒する。
素早く弓を取りに走る者や、木槍を捨てて真槍を構える者、無数の視線を集めるなか、ハーピーがひらひらと手紙を舞わせる。
ぱさりと落ちたそれを確認した兵が、直家のもとへと急ぎ駆けて行った。
混乱する兵が興奮して早口に捲し立てるが、その先を軽やかに駆ける直家は落ち着いている。
「武器を収めよ! かの空を舞う者は、殿よりの使いである。手出し不要」
命じられた兵士たちが武器を下ろしても、ハーピーは暫く旋回していたが、直家が手招きすると警戒しながらも降りて来た。
大きな翼と鳥の下半身の女が、勝ち気そうな鋭い目を油断なく向けている。
「心配せずともよい。殿に仕えておることは聞き及んでおる」
「ふーん、ヤマナさまが言ってたけど、あなたも言葉が分かるのね」
「ふむ?」
気付いてみれば、先ほどの会話も妙であった。
周囲の唖然とした反応で、すぐに直家の理解が進む。
「そなたの言葉が分かるのは、殿と、弾正殿だけなのか?」
「そうなの。人間以外には通じるんだけどね。人間の言葉をわざわざ覚えるなんて、エルフやドワーフくらいかな。それに覚えても、牛頭鬼なんか発音できないと思うわ」
「なるほど、面白いな」
悦に入る直家の様子に、ハーピーは変な人間だとクスクス笑った。
「さてと、渡す手紙があるなら待つけど、用がないなら帰るわよ」
「うむ。手紙をしたためよう。そなたと話したい事もある。ついて参るがよい」
兵舎内で執務室としている部屋へ案内すると、さらさらと筆を走らせる。
直家に命じられて煎茶を給する兵士は目を見張り、無遠慮に好奇の目をハーピーに向けた。
パーピーは翼を閉じるように茶器を抱えて、居心地悪そうに飲んでいる。
「ほう。器用なものだな」
眼ざとく様子を見ていた直家が、驚きと感嘆を含んだ声をあげる。ハーピーは少しはにかんだ笑顔で視線を合わせた。
「ウフ。軽い物なら持てるのよ。ヤマナさまは鉄砲を持たせようとして、無理だと分かると凄くガッカリしてたわ」
直家も笑みを返して目を細めた。
「さもあろう。そなたらが空より撃てば、敵する者はおるまい。察するところ、そなたらの為すのは使いと物見であろう」
「そうよ。今は仲間も増えて、色んなところを飛び回ってるわ。安心して眠れる場所があるから、くたくたになってもへっちゃらよ」
翼をパタパタと動かして、ハーピーは働きを誇らしげに話す。
穏やかな笑みで相槌を打つ直家は、内心では激しく高揚していた。
彼女らが空を舞えば、いち早く敵の動きを知り、陣容を丸裸にするのである。
「そなたらの仲間は見たことがないが、どこで会えるのだ? こちらでは姿を見せぬのか?」
ハーピーは頰を膨らませて声を高めた。
「当たり前でしょ。人間に見つかったら、私たちを殺しに来るんだから。みんな隠れて棲んでるのよ」
「そうか、すまぬな。そなたらの扱いを知らなんだのでな、許されよ」
笑みを消して真剣な表情で頭を下げる直家に、ハーピーはわたわたと慌てて羽を舞わせた。
「書にもしたためたが、そなたらのうち何名か、此方に来てもらえぬだろうか。出来るだけ望むような暮らしを叶えるつもりだ」
「うーん、ヤマナさまが許可すればいいわよ。でも戦いじゃ役に立たないわよ」
「なんの。そなたらが空から眺めるだけで、万人の働きがあるのだ。殿も存じておるはずだ」
明け透けに褒められて、せわしなく羽を動かし、勝ち気な顔は笑み緩んだ。
「驚いた。ヤマナさまも同じように褒めてくれたわ。うん、私からもヤマナさまにお願いしてあげる」
豊への手紙を渡すと、ハーピーは明るく羽をふって部屋を後にした。
入れ違いに入ってきたピノは、恐怖に呼吸を荒げ、蒼白の顔で直家に叫んだ。
「ウキタさま! 魔物が! つい先ほどすれ違いました」
うるさそうな表情で座るように手ぶりで促すと、山名軍の兵であると説明した。
ピノも動悸を感じながら、魔物の軍という噂に思い当たり腑に落ちる。
「申し訳ありません。あれほど間近で出会ったのは初めてで狼狽えてしまいました。しかし、よく暴れずに言うことを聞きますな。ヤマナさま魔物を操る魔導でもお使いなのでしょうか?」
「殿は、魔物と呼ばれる者と話が出来るのだ」
ピノは一瞬動きを止め、次いで弾けるように爆笑した。直家は弱りきった顔で溜め息を吐き、体をよじるピノの笑いが収まるのを辛抱強く待った。
「さて、何か変わったことがあったか?」
「エルルーンさまの声が届き、四日前から戦いが激しさを増しておることはご存知でしょう。そのいきさつはご存知ですか?」
「どこからの話だ。聞かせてみよ」
ピノが語ったのは、エルルーンが出馬要請を受けてからの話であった。
レッテリオは土城側の抵抗による膠着状態を嫌い、エルルーンの鼓舞を求めたのである。
戦意高揚や狂戦士化によって土城を抜き、三将軍と決着をつけようとしたのだ。
しかし、エルルーンが戦場に響かせた声は、
「戦いをやめて下さい。私はどちらの勝利も敗北も望みません」
レッテリオが予想してない、厭戦を呼ぶものであった。レッテリオは繰り返し鼓舞を求めたが、戦場には悲哀を帯びて同じ響きが届いたのである。
全てをぶち壊しにするエルルーンに、忍耐の限界を越えたレッテリオは激怒した。
すぐに送り返して城の一室に閉じ込め、エルルーンを軟禁したのである。




