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疑念を抱いているような豊の視線が、使者の男の緊張を高めた。
「おかしいな、ニコラスって男の人だよね。女性の領主だって聞いたけど」
「我が君のご母堂が後見役となっておりますので、風聞はそれによるものでしょう」
豊から訝しさが消えたのを感じて、使者は目に力を込めた。村の様子を一瞥して、疑惑は確信に変わっている。
「役義によりお尋ねします。7領へと侵攻されたのは如何なる理由がおありか? 4の村で無辜の民を惨殺し、掠奪して火をもって灰燼とされた。これ程の蛮為に至るには正当な理由がございましょうな?」
男の気迫のこもった言葉に、豊も真剣な表情で答えを返す。
「当然だけど、村を襲うのに正当性なんかない。オレのエゴ……、えっと利己主義によるものだ。オレの望みを叶える為に、この世界に不幸を撒き散らす覚悟を決めたんだ。理解することは出来ないだろうけど、これが理由だ」
男は一語一句違わず伝えるため、何度も反芻したが意味不明だった。しかし、開き直りともとれる態度だけは伝わった。
「正当な理由もないのであれば、7領としては戦争も辞さないつもりです。ですが、ヤマナさまが謝罪されて賠償に応じるのであれば、我が君も慈悲を示されるでしょう」
ぽかんとした様子の豊は、我に返ると感心したように何度も頷いた。それを見た男は、打ち合わせた被害額や8領への罰則を素早く思い返す。
「いや、驚いたよ。謝ってお金を払えば許すなんて、7領は思ったより先進的な考えなんだね」
「それは謝意を示すと受け取ってよろしいか?」
大慌てで手を振ると、困惑した顔をみせる。
「そうじゃない。話術で駆け引きなんて出来ないから担当直入に言うけど、7領は滅ぼして直轄地にする予定だ。ただ、早期に降伏するなら、領主の扱いは考慮する」
途中で使者の男が小さく声をあげたが、豊は無視して言い切った。驚愕していた男だが、もはや表情を隠すことなく怒りで顔を朱に染めている。
「ご存知なかろうが、7領は不落不敗! この村など忽ち馬蹄にかけられますぞ。その言、後悔なさいませぬか?!」
「後悔するかは分からないけど、そのまま伝えて役目を果たしてくれたらいい」
睨みつける男に、豊はぺこっと会釈すると、立ち上がりすたすたと奥へ去って行った。
残された男は憤懣やる方ない様子で、足を踏み鳴らし、怒りの視線を散らしながら帰ってゆく。
豊はそのまま台所から屋敷を出て、長屋の方へと足を運んだ。
7領の使者とのやり取りを気にかけて、兵士たちは集まって待っていたのである。
兵士たちは聞き終わるや、人が魔物が雄叫びをあげて鬨の声のようであった。
豊は好戦的な彼らに引き攣った笑みで応えたが、頼もしく嬉しくもあった。
「あるじ、使者をからかい過ぎであろう」
「えっ? からかってないけど、真剣に答えたんだけどなあ」
品の悪い笑顔の弾正に、目を瞬いて答える。
その答えに喉を鳴らし、更に悪どい笑みを深めて問いかけた。
「滅ぼすとか、降伏しろだとか、あれではカンカンにもなろう。怒らすつもりなら見事に策にはまっておるが」
「いや、きちんと主張しただけだよ。それに7領は降伏なんかしない。負けたことがないから、過剰な自信だけはあるんだよ」
弾正の見たところ、随分と落ち着いている。
もはや、開戦したといえるのに、以前の自暴自棄となった姿はどこにもない。
「なんぞ、妙に自信ありげじゃな。領軍と戦った時とは大違いじゃ」
「自信がある訳じゃないけど、今は兵力もあれば補給の心配もない。規模こそ違うけど、7領は領軍ほど厳しくない」
「ほう。不敗と聞いて青くなっとったのに、珍しく強気じゃな」
可笑しそうに目を細める弾正に、豊は気まずそうに目線を逸らした。
「強気じゃないし、油断もしてないよ。でも、7領はつけ込む隙が多い。金をばら撒いて調べたんだから、弾正さんも分かってるよね」
あご髭をしごいて興味深そうに聞く姿勢をとり、弾正は先を促した。
「他領が恐れて攻めないから、7領は大戦を百年以上経験してない。つまり、7領の自信は先祖の威光であって、自ら勝ち取ったものじゃない。それなのに勝利を疑っていない。実戦経験もなく、相手も違うのに、何故か結果は同じだと思ってるんだよ」
「カッハハハッ、いかさま左様じゃな。先の使者の言い草じゃと、村を踏み潰すとのことじゃが、鳥どもに見られとるのも知らんのじゃろう」
侵攻する前から、7領深くまで多数のハーピーが偵察を密にしているのである。
増えたのはハーピーだけでなく、オーガやミノタウルスも北西の森に入り仲間を募っていた。
8領では山名軍と公称していたが、魔物の軍という異名も広まっていたのである。
「襲撃戦で宝玉も3個増えたから、大砲に必要な15個を一応残して火縄銃に変えるよ。これで百二十丁になるから相当な戦力になる。宇喜多さんにも渡しておこう」
弾正は機嫌よく納得の頷きを続けていたが、直家の名が出ると、途端に警戒の色をみせて視線を鋭くさせた。
「あの毒虫には必要あるまい。あるじは異を唱えるじゃろうが、いずれ牙を剥いて叛旗をひるがえすじゃろう」
また始まったと、豊は肩を竦めて呆れているが、弾正は厳しく射抜くような目で訴える。
「途中で死ねばよいが、あの毒虫の相手になるほどの者はそうそうおるまい。であるから、わしらは一兵でも優位に立たねばならんのだ」




