幕感 55
「気に入らぬ…」
午前中の日課でもある槍の稽古中だが、知らず呟くほどにワシは不快だったらしい。
槍の稽古といっても、ワシら牛頭鬼の怪力を持ってすれば、ぶん回せば人間どもは軽々と弾け飛ぶのだ。
おっと、そういえば例外もおったな。
人間にしては大きいトビアスという男は、ワシと真っ向から打ち合える。
それどころか、息をつけば力任せに連撃を叩きつけてくる厄介な奴だ。
しかも、トビアスとやり合えば、稽古用の木槍を散々に折るので、ロルフの爺さまの小言が待っているというオマケ付きなのだ。
それと、もう一人おった。
共に領内を回ったこともあるイザークという男で、細々と気を遣ってくれる気のいい男なのだが、こと稽古に関しては違う。
ワシの剛力で振るう槍をいなし、目にも止まらぬ速さで槍を突いてくるのだ。
胸を肩を易々と突き、喉を突く時などはワシを痛めぬよう軽くトンと押すほどの余裕を見せる。
しかし、そうした時は、普段は見せぬ嫌らしい笑みを浮かべて勝ち誇るのだ。
だが、奴らはいい。
ワシが気に要らぬのはハウザーだ。
ワシら牛頭鬼は、ヤマナさまのもとで人間の襲撃に怯えぬ暮らしを与えられた。
ヤマナさまを守り、生活を守るために、ワシら牛頭鬼こそが、最も頼りになる者であると認めて貰わねばならない。
それなのに、あの鬼人族の族長は、我らの代表面してヤマナさまの側へ侍っておる。
そして、手合わせすれば、鬼人の機敏さでもって槍を躱し、ワシら牛頭鬼と変わらぬ膂力で打ち込んでくる。
しかも、散々にワシを打ち据えるや、見下した表情で手を差し伸べてくるのだ。
そして、先の戦で手柄をあげたハウザーは、ますます高慢ちきな面をしておる。
悔しいが馬に乗れぬ為に、ワシの参戦は見送られてしまったのだ。馬と並んで走るなど、ワシの脚なら楽勝であるのに、奴ひとりに手柄をあげさせることになってしまった。
今も庭石に腰掛け、眠そうに見ておられるヤマナさまに何かいいところを見せねば、
「ブオォーーー!!」
気付いたら鬱屈した心のままに叫んでしまった。
マズイ…、驚いたヤマナさまが、ワシに駆け寄って来られた。
「ど、どうしたのバルドルさん?!」
取り繕うことも考えたが、昂ぶる気持ちのまま思いを聞いてもらうことにした。
牛頭鬼の者たちが活躍したがっていること、鬼人に決して劣らぬこと。
ワシらが役立つ者であることを熱心に説いたのだ。
「もちろん、分かってるよ。これから活躍するところはいくらでもあるし。出来れば仲良くして欲しいけど、切磋琢磨するのも大事だしね。でも、鬼人族との優劣なんて考えなくていいよ」
「ありがとうございます。次の戦いでは、是非ともワシらを加えて下さい。鬼人族よりも、人間を殺すのは得意です」
ワシが鼻息荒く訴えると、ヤマナさまは複雑な表情で了承してくれた。
次いでといっては何だが、やられっ放しの稽古についても相談してみよう。
忌々しいが鬼人どもとの稽古について話し、よい知恵がないか尋ねてみた。
「ああ、なるほど。うーん、そうだなあ…」
ヤマナさまは様々な案を考えて下さった。
そして、そのひとつに、ワシをにんまりさせる素晴らしい案があった。早速、試してみよう。
「おい!ハウザー、稽古の相手をしてくれ」
他の者と稽古していた手を止め、ワシのもとに歩み寄るや、ハウザーは露骨に眉をひそめた。
「それは何のつもりだ」
ワシは特注品である大楯を構えて、ハウザーに対峙していたのだ。
「ワシが戦さ場で戦うのはこの姿だ。大楯を持たねば稽古になるまい」
呆れたように木槍を構えるハウザーに、開始の合図とともに駆け寄った。
そして、ハウザーに大楯を突き出して、ぶちかましたのだ。
たたらを踏んだハウザーを、簡単に打ち据えた。
その後も迫る大楯に対処出来ず、ハウザーは不様な姿を晒し続けたのだ。
奴を赤子のように捻ったのは、ヤマナさまに教わったシールドバッシュという技である。
ハウザーは歯噛みして睨みつけたが、ワシは転がる奴に優しく手を差し伸べた。
だが、翌日から変化が起きた。
左手の大楯を躱すように、ハウザーの奴が大きく右側へと回り込むようになったのだ。
ワシが体を向き直せば、奴は更に素早く反応して飛び込んでくるようになった。
ぐぬぬ…、まだ勝ち越しておるが、このままではマズイ。
その後も色々と試しつつ、ハウザーの奴とやり合ったのだが、どうにも上手くいかない。
小手先の技ではダメだ、何かもっと根本から考えねば…。
ワシは数日間を悩んで過ごしたが、突如として閃き、これ以上ない答えを得たのだ。
足取りも軽く、ヤマナさまのもとへ向かった。
「ヤマナさま、もっと大きな盾を作ってよろしいでしょうか?」
「あ、うん。いいけど持てるの?」
ワシは会心の笑みで頷いた。
グフフフ、ハウザーの奴をやり込めるのも、次の戦いで活躍するのも決まったようなものだ。
これでヤマナ軍の最高戦力は、我ら牛頭鬼になろう。




