26
ダミアーノは領内の最高権力者である。
その自分に向けられる筈のない、余りに無礼な口上に唖然とした。
が、すぐに憤激が体を震わせ目を吊り上げた。
「これは9領を攻める軍だ。敵対の意思を捨て、領主が降伏すれば命は必ず保証しよう」
貴様は殺す、と拳を震わせて睨みつければ、遠いながらも何やら薄く笑ってさえいる。怒りに目が眩みそうだった。
「戯れ言など不要! その方が見事腹を切れば、領軍兵士の命だけは助けてやろう」
「そうか、そんな死にたいか」
ダミアーノの声は怒りに震えて直家まで届かず、自軍へ戻ろうとする背に鋭い声がかかった。
「待て!」
馬を向き返せば、一人の騎兵が駆け寄って来る。
ローマンは剛胆にも、ダミアーノたちの近くまで馬を進め、赤黒い包みを放り投げた。
側に控えた親衛隊の一人が包みをほどけば、男の首が転がり現れた。
「まさか、カ、カルロ守備隊長…」
親衛隊の二人は青ざめて絶句し、ダミアーノも憤激はそのままに目を見開いて驚愕している。
「領軍の兵士ども聞けえ! 第1砦隊長カルロは宇喜多和泉守が討ち取った! 第1、第2両砦は我らが領主に降った。逆賊として討たれたくなくば、武器を捨てただちに領軍を離れよ」
うねりのような騒めきが領軍を揺らす。
自陣へと馬を進める直家は涼しげな顔に歪んだ笑みを浮かべ、つき従う二人は顔を引き締め、身の内に激しく猛る心を感じてた。
直家が緩やかな登り坂を駆けていると、遠く弦楽器のような響きが昇る。
早くも動きはじめた様子で、隊伍を乱さずゆっくりと進んでくる。
弾正の陣立ては、五人組を間隔とって六つの前陣とし、後陣は間を埋めるように配した。
前面はゆるやかな坂だが、左右は手を掛けて登らねば厳しいほどに抉れた地だった。
(横撃を殺したとはいえ、倍以上の敵と野戦でまともにやり合わなくてはならんとわ)
弾正がそう思った矢先、敵が喚いて足を早めている。先を争うように銀の塊が崩れながら迫ってきた。
押し寄せる敵の重圧が、恐怖と興奮を呼ぶと誰ともなく叫び始めて大きく鬨の声をあげた。
「弓を射よ。天に掲げるように射てい! 」
「我らも急ぎ馬を繋いで弓を構えよ」
直家の声を遠く聞きながら、矢の雨が敵軍に向かうのを目で追う。だが、もっと密度の濃い矢の雨が飛来して襲いかかった。
「教えた通りに顎を引け、敵の矢は具足が弾く、刺さっても通りはせん! 射殺してやれい」
わらわらと群れて押し寄せる喚き声と殺気は、上げた盾の陰に僅かに表情まで見え始めている。
「ようし! 弓は下げて陣に迫る者を射よ。石もどんどん投げい。大楯に寄せるまで休まず射よ」
緑の緩やかな坂を、呑み込むように迫る銀の群れは、目と鼻の先から石と矢を受けて、ある者は倒れ、ある者は転がり、次々と群れから弾かれてゆく。
しかし、殺意の群れは止まらず、味方を踏みしめ喚き散らしながら進んで迫る。
何枚も連なった大楯を、つっかえ棒ごと圧し潰すように敵兵が殺到した。
「前陣、槍で叩き殺せ! 後陣は髭が見えるほど近づいて射て」
剛力に任せてぶんっと唸る槍の群れが、次々と人の群れを叩き伏せてゆく。冑を潰すほど打ち据え、肩を砕いて切り裂く。
だが、丸い盾と剣も数えきれぬほどに激しく動いている。至るところで、興奮の叫びと呻き声が重なっていた。
(いけるわい、耐えられる。突破出来ずに広くただ群がっとる。いま少しで敵は退く)
弾正も肩に折れた矢を立てたまま、回り込む敵を駆けずって必死に突き伏せていた。
だが、予想とは裏腹に、怒涛の群れが連ねた大楯を踏みつぶし、前陣をこじ開けながら敵兵がなだれ込んで来た。
後陣の者たちは槍に持ち変えて飛び込み、凄まじい乱戦となっている。
ロルフたちの一族も駆け寄り、豊も守られながら滅茶苦茶に薙刀を振るって叫んでいた。
組み打ち合う姿がいくつも見られ、敵兵がとめどなく溢れてくる。
そんな殺意と興奮の叫びがまとまりなく続く戦場に、突如として味方の大歓声があがる。
直家とラウレンツに別れた騎馬隊が、斜めに下りながら敵兵を斬り裂いていた。
大太刀が死の風切り音を奏でながら、敵兵を斬り裂き血を撒き散らす。
大きく回って再び折り返し、また斜めに駆け上がりながら大太刀が連なり唸った。
やがて陣の中になだれ込んだ者たちが血溜まりに沈むと、それから新たな侵入者はなく、怯えた敵兵の群れが背を向けて遠ざかっていた。
時を置かずして、始まりと同じ響きが戦場を走り抜け、この小さな戦いの終わりを告げた。




