3話 ユキちゃんの噂
数日が経ったある日の昼休み。
自分の席に座っていると。
「ねえ、知ってる。あの白い髪の女の子の噂」
「知ってる! 知ってる! すごくかわいいんでしょ!」
「そうそう。しかも、入学してからまだそんなに経ってないのに、告白された数は二桁だって。それも男女両方から」
「マジで、それじゃ、選び放題じゃん。それとも、付き合って人とかいんのかな?」
「いないみたいだよー」
「えー、何で何で?」
「わたしが聞いた話だと――」
そんな噂話が耳に入った俺は前の席に座っている大地に話しかけた。
「なあ、大地」
「うん?」
大地はケータイを操作するのをやめて、顔を上げた。
「ユキちゃんて結構モテるのか?」
「今頃、気づいたの……?」
大地は呆れてため息をはいた。
「それはモテるよ。あんなに可愛い子だしね。ラブレターも毎日貰ってる見たいだし。告白された回数も二桁に昇るて噂だよ」
「本当?」
「本当だよ。本当。雪音ちゃんから聞いたことないの? てか、結城と雪音ちゃんて、普段どんな話してるの?」
「どんな話て言われても……普通の話だけど。晩飯何作るかとか、面白いドラマの話とかだな」
「本当に普通だね……」
「兄妹だからな」
「兄妹ね……」
大地はまたため息をはいた。
そんなにため息をして、何か悩みでもあるのだろうか。
「ねえ、結城。食後になにか飲みたくない?」
「何だ? 奢ってくれるのか?」
「違う違う。じゃんけんでどっちが買ってくるか決めようとこと。もちろん、負けた方の奢りでね」
「ああ、いいぜ」
俺も何か飲みたいと思って、勝負を受ける。結果、俺は一発で負けた。
「何がいい?」
「紙パックのコーヒー牛乳」
「購買までいけ、てか?」
「うん。そう」
「はぁ、わかったよ」
「んじゃ、お願いね」
大地に手を振られ、教室を出ていく。廊下を歩いていると、校舎の影に入っていく白い髪の少女を見かけた。
間違いなくユキちゃんだろう。でも、何であんなところに。気になって、そこに行ってみると、ユキちゃんの他に男が一人。
連れがいるとは知らなかった俺は慌てて身を潜めた。
「俺と付き合ってくれない?」
まさかの告白現場だった。そうだよな。人気のいない場所といったら、普通告白だよな。
「ごめんなさい」
ユキちゃんは断った。しかし、男は食い下がる。
「もしかして、好きな人がいるの?」
「いえ、特には……」
「だったら、良いじゃん。好きな人がいないんなら、試しに付き合ってみようよ」
男はユキちゃんに手を伸ばした、ユキちゃんはそれを振り払う。
「や、やめて」
「チッ、別に良いだろ?」
再度、男がユキちゃんに手を伸ばそうとした時だった。
「おい、お前」
「あぁ? 誰だてめえ?」
「ユウキくんっ!?」
見ていられなくなった俺は、二人の間に割り込み、男の腕を掴んでいた。
「ゆうき? ああ、確か噂で聞いた話だとこの女の兄だったな」
「ああ、そうだ」
「すみませんが、お兄さんは黙っててくれませんかねー。今、この女と大事な話をしているところなんで」
「それは出来ないな。いくら大事な話と言っても妹が嫌がってんのに黙ってやる理由なんてない」
「そうすか……。それじゃ、黙らせてやるよっ!」
「っ!?」
腹に痛みが走り、後に吹き飛んだ。
男に蹴られたのだ。
「弱っ! 口だけかよお前。邪魔しといてこれだけで済むと思うなよ。今からお前を――」
言葉が途切れ、ドンッと音が響いた。
視線を上げると男が壁に叩きつけられていた。
そして、男の立っていたところにはユキちゃんが立っている。どうやら、助けるつもりがユキちゃんに助けられてしまったようだ。
「大丈夫っ!?」
ユキちゃんが制服を汚れるのを気にも止めず、俺を抱き抱えた。女の子の柔らかさと、甘い匂いにドキッとする。
「立てる?」
「ああ」
俺は立ち上がる。男に蹴られた影響で、腹が痛いが耐えられないほどではない。
「ひとまず、ここを離れるか」
「うん」
伸びている男を放置して、校舎裏から離れ、ベンチに並んで腰かけた。
「本当に大丈夫?」
「大丈夫だ」
そう言うも、ユキちゃんの表情は暗い。
「ごめんね。迷惑かけて」
「気にするな。兄として当然のことをしただけだ」
こういう時、頭を撫でて励まそうと思うが、さすがにそんな勇気はない。
「ユキちゃんはいつもあんな目に合ってるのか?」
「いつも、て訳じゃないよ。ただ、あんな風にしつこく迫ってくる人もいる、てだけ」
「それって、危険じゃないか」
今回はどうにかなったものの、次もどうにかなる保障はない。
「これからは、会うのはよした方がいい」
注意するが、ユキちゃんは首を横に振った。
「ユウキくん。それは出来ないよ」
「なんでだ?」
ユキちゃんは胸に手を当てた。
「……わたしは経験ないんだけどね。告白することて結構勇気がいると思うの。勇気を出して告白してくる人を蔑ろには出来ないよ。でも、その人の想いには答えられない。だから、せめてね、その気持ちを聞いて、ちゃんと断ろうと思うの。その人が前に進められるように」
「だけど、それじゃユキちゃんが……」
「わたしなら大丈夫。ちゃんと撃退法があるから」
「撃退法?」
「うん。すごく簡単な方法でね、気絶するまで殴るの。中学生の時に考えたんだけど、今では一撃で気絶させることができるんだよ」
「……へー、そうなんだ。もしかして、さっきのも?」
「うん。そうだったんだけどね。さっきは、ユウキくんを助けなきゃて思って、力加減間違えちゃた」
「ま、間違えたんなら仕方ないな……」
去り際に、チラと見えた男の亡骸、もちろん、生きてる、を思い出して、苦笑い。
「でも、いくら撃退法があっても危険だから。もし会うなら、これからは人目のあるところであった方がいい」
「うん、わかった。ユウキくんがそう言うなら……」
「……あんまり無理はするなよ。俺はユキちゃんの兄なんだから。いつでも頼ってくれ」
「……ありがとう。ユウキくん」
ユキちゃんは嬉しそうに笑った。
昼休み終了のチャイムが鳴る。
「さてと、教室に戻るか」
「うん。またね、ユウキくん」
その場でユキちゃんを見送った後、教室に戻ろうとした時、
「あっ、コーヒー牛乳忘れてた……」
◆◇◆◇
「おかえりなさい」
「里美さん?」
「お母さん?」
ユキちゃんと一緒に家に帰ると、エプロン姿の里美さんが出迎えてくれた。
「今日は早く仕事が終わったから、夕食作ってたの」
「手伝いますか?」
「一人で大丈夫よ。それに、たまにはわたしがやりたいの。後、ケーキ買ってきたから、着替え終わったら食べにきてね」
そう言って台所に消えていく里美さん。
俺とユキちゃんは各々自室で制服から私服に着替え、リビングに。
テーブルにはイチゴのショートケーキと湯気があるコーヒーが各々二つ。
座ると、私服姿のユキちゃんがリビングにきた。
「里美さんて料理できたのか?」
目の前に座ったユキちゃんに問いかける。
「そうだよ。だってわたしはお母さんから、料理を教えて貰ったんだもん」
「そうだったのか」
台所に目をやると、里美さんは鼻歌を歌いながら、料理をしている。匂いからして、晩飯はカレーだな。
「ユキちゃんは何か部活入るのか?」
「たぶん、何もやらないと思う。あっ、でも、百合ちゃんは生徒会に入るて言ってたよ」
「生徒会? そう言えば、大地も生徒会に入ってたな」
「大地さんも? でも、大地さんて……」
きっと、大地の格好を思い浮かべているのだろう。生徒会は生徒の模範にならなくてはならない。しかし、大地の格好は髪を茶色に染め、両耳にはピアス。模範というよりは不良に近い。
「大地は格好はチャラいけど、成績優秀で授業も真面目に出てるから、先生からの信頼は厚いだよ。それにうちの学校、校則緩いからな。ピアスや茶髪にしても大丈夫だろ。まあ、明らかに目立つ、金髪に染めれば注意はされると思うけどな」
「わたしの髪は大丈夫かな……」
ユキちゃんは心配そうに自分の髪を撫でる。
「大丈夫だろ。ユキちゃんの髪の色は地毛なんだから。それに、ユキちゃんの髪は綺麗だから染めてほしくないな」
「えっ、そうかな……?」
「ああ」
頷くと、ユキちゃんは頬を微かに赤くした。
「そう言えば、ユウキくんは何か部活やってるの?」
「いや、何もやってない。でも、料理部からは何度か誘われてる。まあ、断ってるけどな」
「何で入らないの?」
「料理部に女子しかいなかったからだ」
「それって、男の子にとっては嬉しい状況じゃないの? 確か、ハーレムて言うんだっけ?」
「まあ、嬉しいと思う奴もいるだろうな。俺はただ気不味いだけだけど」
「もしかして、ユウキくんは女の子よりも男の子と一緒の方がいいの?」
「まあ、そっちの方がいい」
「ユウキくんて、ホモなの?」
「なぜそうなる?」
「中学生の時、友達が言ってたの。男の子はみんなホモになる素質を持っている、て」
「そいつは病気だ。頭がおかしいからすぐに病院に連れてった方がいい」
そう言ってコーヒーを飲むと、扉が開いた。
「おかえりなさい。直人さん」
「ただいま、里美」
抱き合う親父と里美さん。
「今日の晩飯は里美が作ったのか?」
「ええ、今日は早く仕事が終わったから」
「そうか、んじゃ、何かご褒美を上げないとな」
「それだったら、直人さん。お願いがあるんですけど……」
甘えた声でねだる里美さん。
その後の未来が予測出来て、頭を抱えたくなった。目の前に座るユキちゃんも同じ気持ちだろう。
「なんだ? 言ってごらん」
「キスがいいです」
「わかった」
と、子供の前で躊躇うことなくキスする二人。もしかして、見せつけてるのではないだろうか。
ユキちゃんは顔を俯かせる。俺と同じ表情をしてるだろう。そして、同じことを考えているだろう。
――恥ずかしいっ!
と。
「結城と雪音ちゃんも帰ってたのか。すまん。里美がかわいすぎて、ついキスしてしまった」
「もう、直人さんたら」
笑い合う、親父と里美さん。
夫婦が円満なのは良いが、そう言うことは子供がいないところでやってほしい。
俺は心底そう思った。
ありがとうございました。




