2話 お兄ちゃん
家族が増えて一週間。
今日から新学年。
俺はいつもの通り、早く起きて朝飯と弁当を作り始める。しかし、前のように一人ではない。家族が増えたことで、家事を一緒にやるパートナーができた。
「おはよう。ユウキくん」
見なくても声だけで分かる。ユキちゃんだ。
いつもの通りあいさつを返そうと、視線を上げる。
「おは……っ!? おはよう。ユキちゃん」
動揺を隠しつつ、あいさつする。
なんと今日のユキちゃんは制服姿だった。
「どう、似合うかな?」
ユキちゃんはその場でクルリと、回る。スカートがフワリと捲れて、白い下着が見えた。
「に、似合うと思う」
「ありがとう」
ニコッとユキちゃんは嬉しそうに微笑む。
どうやら、パンツを見たことはバレてないみたいだ。
「よし」
ユキちゃんはピンクのエプロンを制服の上から着けて、気合を入れる。
「それにしても、ユキちゃんが料理できたなんてな……」
「わたしもユウキくんと同じで、お母さんが仕事で忙しかったから……。後、何回も言ってると思うけど、女の子は料理できて当然だよ」
「……俺の知ってる限りでは、ユキちゃん以外に料理できないけど」
あれは家庭科の調理実習の授業だった。
作るものはオムライス。クラスメートは、作り方が記されたプリントを確認しながら料理する中、俺だけは違っていた。
玉ねぎを刻み、鶏肉を小さく切る。それらをフライパンで炒めて火が通ったら、塩、こしょうで味付け。更にケッチャップを加え、軽く炒める。それにご飯を投入してチキンライスの出来上がり。
次に卵を溶いて、フライパンで薄く焼く。それを皿に盛り付けたチキンライスに、乗っけて形を整えてオムライスの完成。
もちろん、プリントなんて見ていない。
それを近くで見ていたクラスメートは、
『料理が出来るなんてすごいね』
『おいしそー』
『どうやんの?』
それが次第に、
『菊地て、ハンカチとかティッシュとかいつも持ってるよな』
『菊地くんて、女子力が高いね』
そしていつのまにか、女子力=俺という方程式が成り立っていた。
「どうしたの?」
「いや、なんでもない」
俺は苦笑いで、誤魔化した。
「言っとくけど、わたしは料理だけじゃなくて、洗濯も掃除もできるんだから」
「知ってるよ。ユキちゃんやってたもんな。おかげで、家事の負担が減ったよ」
「知ってるならいいや」
こうして、料理を一緒にやる人がいるのは楽しい。
それが、ここ一週間の朝の風景であった。
◆◇◆◇
昇降口前、クラスが張り出されていた。
「あった!」
「何組だった?」
「一年一組。ユウキくんは?」
「俺は二年一組」
「同じ一組だね」
「そうだな。学年は違うけど……」
談笑しながら、俺は視線を周りに向ける。同じくクラスを見に来ている生徒が多数いた。
やはり、ユキちゃんの髪色が珍しいのかチラチラと生徒が見てくる。動物園にいるパンダになった気分だ。
「じゃあ、俺はこっちだから」
「うん。後、帰りは一緒に帰ろうね。終わったらメールするから」
「わかった。俺も終わったらメールする」
「またね」
こうして、ユキちゃんと昇降口で別れて、自分の教室に向かう。扉を開けて、中に入る。黒板に張り出されている席順を確認して、自分の席につくと、前の席に誰かが座った。
「また、同じクラスだね。結城」
「そうだな、大地。後、お前はそこの席じゃないだろ」
「大丈夫。加藤さんには許可は貰ってるから」
大地は一人の女子生徒に手を振った。女子生徒は顔を赤くして手を振り返す。
「さすがはイケメン」
「どうも」
「褒めてない」
長谷川大地。
髪を茶色に染め、耳にはピアス。ブレザーの下にカーディガンを着込んでいる。
そんな不良みたいな格好なのに、顔は良い。いわゆる、イケメンというやつだ。
そんな冗談を交えつつ、会話を楽しんでいると、大地が「そうだ」となにかを思い出したかのように言った。
「知ってる? 一年生にかわいい女の子がいるんだって」
「かわいい女の子て……。一年生て今日始めて学校来たばっかだろ」
「そうなんだよ。噂になるのが早すぎるて思うよね。でも、実際に噂になった。一日も経ってないのに。つまり、相当かわいい女の子か、なにか特徴があるのか、それとも両方か、てことになるね」
特徴と聞いて思い当たる節があった。もちろん、かわいくもあるが。
「なあ、大地。その女の子の名前て――」
大地に聞こうとした、瞬間。教室が騒がしくなった。
「ねえ、あの子だよね」
「うん。間違いない」
「キャー、かわいい!」
最初に騒いだのはドアの近くにいた女子達。次第に波打つように教室に広がる。そして、その原因の女の子と目があった。
「ユウキくん!」
「ユ、ユキちゃんなんでここに?」
そう口走った瞬間、教室が沈黙した。俺はクラスメートの視線を一線に集めてユキちゃんの元へ。
「お弁当忘れてたでしょ」
「あ、……そうかも」
言われてみれば、そうだった。
「渡そうと思ってたんだけどね。さっきまで忘れてて……はい」
ユキちゃんは弁当を俺に渡す。
「あ、ありがとう」
「じゃあ、入学式があるから。またね」
「ああ、また……」
ユキちゃんが去っていくのを俺は見送った。
さてと、
「結城」
「大地」
大地はガシリと俺の肩を掴むと、振り向かせて、
「詳しく聞かせてほしいな」
爽やかなイケメンスマイルでそう言った。
◆◇◆◇
放課後。携帯にユキちゃんからメールが来ていた。
『校門前で待ってるね』
それを確認した後、俺は鞄を持って教室を出る。すると、大地が付いてきた。
「何だ?」
「結城の妹をもう一度見てみたくて」
「……はぁ」
俺はため息をついた。
ユキちゃんが弁当を届けに来た後、クラスメートから質問攻めにあった。その勢いは、テレビで見る謝罪会見のようだった。そのせいで、今日の休み時間はほとんど潰れた。
そして、校門前。
ユキちゃんの隣に一人の女子生徒がいた。
髪型はポニーテール。赤いフレームの眼鏡をかているものの、大人しい印象は与えず、人懐こい笑みを浮かべている。更に、眼鏡の奥の瞳は、爛々と輝いていた。
ユキちゃんの友達かなと思っていると、隣から声が発せられる。
「あれ、百合じゃん」
「あっ、兄貴!」
「あっ、ユウキくん」
と、各々反応を見せる。出遅れた俺は悩んだ末。
「えーと、君は?」
見知らぬ女子生徒、おそらく大地の知り合いに話を振った。
「君が雪音のお兄さん?」
「……えーと、そうだけど」
「へー」
と、言いながら俺を観察するように見てくる女子生徒。
「百合。結城が困ってるよ」
「あっ、ごめんね」
女子生徒は謝ると後ろに下がる。
「この子は?」
「この子は――」
「初めまして! あたしは長谷川百合です! 雪音とは同じクラスで、そこにいる兄貴の妹です!」
元気に大地の妹――長谷川百合は自己紹介をした。
「良かったら、少しお話しませんか?」
◆◇◆◇
近くの喫茶店。
「改めまして、お兄……兄貴がいつもお世話になってまーす。雪音と同じクラスの長谷川百合でーす。よろしくー。雪音のお兄さん。あたしのことは気軽に百合でいいですよー」
「結城の親友で、そこにいる百合の兄の長谷川大地です。よろしくね。雪音ちゃん」
改めて自己紹介をした長谷川兄妹。
大地は俺の隣に座り、テーブルを挟んで、長谷川妹とユキちゃんが座っていた。
「それにしても、お兄さん」
「うん? ……ええと」
「百合で、いいですよー」
「そうだよ、結城。遠慮しないで名前で呼んであげて」
「んじゃ、百合ちゃん。で、なんの話?」
「なんで、雪音ちゃんはこんなにかわいいんですかー?」
そう言いながら、ユキちゃんに抱きつく百合ちゃん。
「そんなこと言われても……」
「なるほど。お兄さんは、雪音ちゃんがかわいくないと?」
「そ、そんなことは思ってない!」
慌てて否定して、ハッとなる。これでは、かわいいと告白しているようなものではないか。
案の定、ユキちゃんは顔を赤くして、目を逸らした。
百合ちゃんはニヤリと笑う。
「まあ、雪音ちゃんがかわいいのは自然の摂理として……。雪音ちゃんとお兄さんて顔にてないよねー。名字も違うみたいだし。なんでですか?」
次なる質問をしてきた。
「百合。そう言うことは簡単に聞くものじゃない」
「だってー、気になったんだもん」
「はぁ、ごめんね。百合は人一倍好奇心旺盛なんだ」
「別に構わない。ユキちゃんも話して、大丈夫か?」
「うん」
ユキちゃんはコクリと頷いた。
「親父とユキちゃんのお母さんが再婚したんだ。それで、俺とユキちゃんが兄妹になった。だから、似てないのはそのせいだ。名字が違うのは……あれ、なんでだ?」
「お母さんとおじさん籍入れてないからだよ」
「初めて聞いたな」
百合ちゃんが爛々と目を輝かせる。
「ねえねえ、なんで籍入れてないの?」
「百合」
「痛っ!? 酷いよ、お兄ちゃん! 妹の頭叩くなんて!」
「百合がバカだからだよ。後、兄貴からお兄ちゃんになってる。恥ずかしいから他の人の前では、兄貴て呼ぶんじゃなかったかい?」
「な、なななんで言うのー! お兄ちゃんのバカ! 鬼畜! ドS! 女たらし! 下着泥棒――」
百合ちゃんは顔を真っ赤にしながら人前でははばかれるような罵声を大地に浴びせる。
しばし、聞いていた大地だが立ち上がると、
「ごめん。少し説教してくる」
妹の口を手で塞いで店を出ていった。
「あれは、相当怒ってんな……」
「そうなの?」
「ああ、大地は笑顔で怒るからな。もっとも普通は気づかないが……」
「ユウキくんて大地さんのことよく見てるんだね。もしかして」
「ホモじゃないぞ」
「いや、親友て言おうと思ったんだけど……」
「そうだったのか……」
早とちりだったようだ。
俺はコーヒーを一口飲むと、ユキちゃんに問う。
「なんで、親父と里美さんは籍を入れてないんだ?」
「うーん。……大人には色々と事情があるんだよ」
「そっか」
「うん」
それから、十分後二人は戻ってきた。大地は爽やかな笑みで、妹の方は何故か顔を赤くして。
一体、なにがあったんだ……?
◆◇◆◇
夜。晩飯を食べ終えて居間でのんびりしていた。
親父と里美さんは残業で遅くなるということで、ユキちゃんと二人。
「ねえ、ユウキくん」
「なにユキちゃん?」
「兄妹なんだから、呼び方て変えた方が良いかな?」
「無理に変える必要はないと思うけど……どうして?」
「あの二人を見てたらやっぱ変かなーて」
「あの二人て……長谷川兄妹のこと?」
「うん」
「んじゃ試して見る?」
「……わかった」
ユキちゃんはそう言うと、緊張のためか祈るように手を組んで、上目遣い。頬は恥ずかしさのためか赤くなっており、唇はきつく結ばれている。
そして、ユキちゃんは言った。
「……お兄ちゃん」
「……………………………………」
「……どうかな?」
「……………………………………」
「ねえ、ユウキくん? おーい。ユウキくん」
「…………はっ! ごめん。ちょっと、走馬灯見えてた」
「走馬灯て……大丈夫? 病院いく?」
「大丈夫」
俺は顔を伏せた。
すごく、可愛かった。めちゃくちゃ可愛かった。死ぬほど可愛かった。世界で一番可愛かった。
そんな小学生のような言葉を並べるが仕方のないことだった。なぜなら、どれを例に上げてもユキちゃんの可愛さを完璧に表現できるものはないからだ。
「で、どうだった?」
「うん? なにが?」
「わたしがお……。呼び方を変えて」
「……良かったと思う。これから……やっぱり良い。たまに呼んでほしいな」
「たまに……? なんで?」
「それはその……」
俺は口ごもる。
まさか、バカ正直に可愛すぎて身が持たないとは言えない。
「焦って兄妹になる必要はないと思うんだ。だって突然、親が再婚して兄妹になれて言われても無理だろ。なれたとしても、それは中身のない上部だけの兄妹だ。俺はそんなのは嫌だ。ユキちゃんのことを知って、ちゃんとした兄妹になりたい。だから、焦らずにゆっくりと時間をかけて兄妹になっていこう」
それっぽいことを言って俺は誤魔化した。
でも、ユキちゃんのことは知りたいとは思ってるし、兄妹になりたいとも思っている。
「ユウキくんて、そんなこと思ってたんだ……」
「うん。まあな……」
ユキちゃんは笑って言った。
「ありがとう……お兄ちゃん」
ありがとうございました。




