1話 秘密
春休みが残り、一週間となった。
時刻は夜の八時。
晩飯を終えて食器を洗った後、居間でのんびりとテレビを視ていると、
「再婚しようと思うんだ」
突然、親父が新聞を片手にそんなことを言ってきた。
「は……?」
「だから、再婚だよ」
「いや、聞こえてるけど」
ただ、突然そんな衝撃発言をされたせいで頭がついていかないだけだ。
親父はそんな俺を無視して、話を続ける。
「結城も知ってる人だ。雪音ちゃんて覚えてるか?」
「ユキネ……?」
「髪が白い……いや、銀色だっけな」
「あっ! ユキちゃんか!」
髪が銀色と聞いて、思い出した。
あの臆病な女の子のことを。
「そうだ。結城の初恋の女の子、ユキちゃんだ」
「そうそう初恋の……て、違うわ!」
親父はニヤリと笑う。
「子供の頃、結城言ってたけなー。『俺が一生ユキちゃんを守ってみせる。だから、妹になってください』て」
「なんで、知ってんだよっ!?」
それは俺の黒歴史の一つだった。
一人っ子だった俺は兄弟というものに憧れた。ゆえに、親しかったユキちゃんに妹になってほしいと言ったのだ。結果は、ユキちゃんを怒らせてしまい、しばらく口を利いてもらえなくなった。
「で、雪音ちゃんのお母さん、里美さんて言うんだけどな。里美さんと再婚をしようと思うんだが、どうだ?」
親父はそう言うと、黙り込んだ。さっきまでのチャラけた表情ではなく、真剣な表情だ。
「……親父が決めた相手なら良いと思う」
少し考えた後、再婚に賛成した。
返事を聞いた親父は、
「ありがとう」
真剣な表情から、いつもの表情に戻った。
「さっそく、日曜日に顔合わせを兼ねて、食事にでも行こうと思うんだが」
「その日は開けとくよ」
「助かる」
◆◇◆◇
日曜日の夕方。駅近くの回転寿司店の前。
俺は一人で三人が来るのを待っていた。
親父は突然、休日出勤が決まり、会社からここに来ることになっている。
残り二人――親父の再婚相手の里美さんとその娘ユキちゃんは、まだ姿が見えない。もしかしたら、迷っているかもしれないな。
駅から流れてくる人達を眺めていると、
「うん?」
一瞬、白いなにかが視界に入った。気になって、目で追う。少し経って、人の壁がなくなりその全貌が明らかになった。
「っ!?」
かわいい女の子だった。しかも飛びきりの。
まず目についたのは、腰まである長い白髪。
幼さを残す顔立ちに、大きな青い瞳。小さくて華奢な身体。
そんな少女を見ていると、どこか、別の世界にいる気分になってくる。
「……っ!?」
少女と目が合ってしまった。
慌てて、逸らそうとするも、それを惜しいと感じてしまう。
すると、少女はなぜか俺に近づいてくる。
もしかして、俺に用があるのか? 違うな。俺にこんなかわいい女の子の知り合いはいない。きっと、後ろの店にきたに違いない。
俺は道を開けようとした。しかし、少女は目の前で立ち止まった。そして、無言で睨んできた。
「……えーと、俺になんかようですか?」
少女は答えずに、さらに近づいてきた。
俺は後ずさる。少女はまた近づいてくる。
何度か繰り返す内に、背に壁が。
「えーと……」
俺は少女から目を逸らした。
少女の顔が目の前にあった。息づかいが聞こえるほどの距離に。
青く透き通った瞳が、俺の心を見透かすように見詰めて、口を開いた。
「ユウキくん?」
「え?」
突然、名前を呼ばれて困惑する俺。
なんで、俺の名前知ってるの?
記憶を探りながら、改めて少女を見る。
白だと思っていた髪は、キラキラと光る銀色だった。
そして、その銀色の髪が特徴の知り合いと言えば――
「……もしかして、ユキちゃん?」
「うん」
少女――ユキちゃんはニコッと笑って頷いた。
「久しぶりだね。ユウキくん」
「……そ、そうだね。久しぶりだね。ユ、……ユキネさん」
昔みたいに呼んでいいか悩み、他人行儀みたいになってしまった。
「ユキネさんて……そんな他人みたいな呼び方じゃなくて、昔みたいに『ユキちゃん』で、良いよ。わたしも『ユウキくん』て、呼ぶから」
「わかった。だったら、遠慮なく。ユキちゃん」
「うん。ユウキくん」
久しぶりに名前を呼ばれて嬉しかったのか、ユキちゃんは笑みを浮かべた。
そんなユキちゃんに、見惚れながらも、
「後、一つお願いがあるんだけど……」
「なに?」
「いい加減離れてくれない? この体勢だと色々な誤解を生むと思うんだけど……」
壁に背を預けている俺に、ユキちゃんは片手を壁につき、身体を俺の方に傾けている。
それは、女がまるで男に迫るようで、本当は男女が逆なんだけど。周りから見れば、うん、あれだ。
「あっ、ごめん!」
ユキちゃんは現状に気づいて、顔を真っ赤にさせて、慌てて飛び下がった。
そんな初な反応をされると、俺まで恥ずかしくなってくる。
「……そう言えば、里美さんと一緒に来るて聞いたけど。里美さんは?」
「里美さん……あ、お母さんなら……と、電話。ちょっと、でるね」
ユキちゃんは、両手を合わせて謝ると、電話に出た。
「もしもし、お母さん。……うん、見つけた……。今から場所言うから――」
聞こえてくる会話だと、母親からの電話みたいだ。
ユキちゃんが電話を続けること数分。
「ごめんね。待たせてー」
「遅いよ。お母さん!」
里美さんが到着した。
後は、親父だけだな。
「結城くんも、ごめんね」
「いえ、大丈夫ですよ」
里美さんは俺を、頭から爪先まで見てきた。
「結城くん。ずいぶん大きくなったわね」
「もう高校生ですから。最後にあったのは、小学生の時でそれは大きくなりますよ」
「ええ、そうよね。後、凄く男らしくなったかしら」
「本当ですかっ!?」
「ええ」
普段から家事をやっているおかげで、俺は家庭科は得意だった。そのせいで、女子力が高いとからかわれていたが、男らしくなったと言われて、嬉しかった。
「雪音もそう思うでしょ?」
里美さんはユキちゃんに、話を振る。
もしかして、ユキちゃんもそう思っているのではないだろうか。期待して耳を澄ませた。
「うーん。どうだろう?」
「……」
小首を傾げるユキちゃんに、どう反応していいのか困る俺。
それから、会話をしていると、
「すまん。遅くなった」
ようやく、親父がやって来た。
◆◇◆◇
「それにしても、雪音ちゃん。キレイになったなー」
「あらあら、直人さん。いくら雪音がかわいいからって、手を出してはダメですよ」
「安心しろ。手は出さない。なんたって、俺には里美がいるんだからな」
「もう、直人さんたら」
居心地が凄く悪い。なんつーか、目の前で親がイチャイチャしてると、気まずい。
自然と熱々の親から目を離して、前に座るユキちゃんに目をやった。
「……」
ユキちゃんはお寿司に夢中だった。
ウニ、マグロ、サーモン、イカなどがユキちゃんの前にあり、どれから食べるか決めかねているようだ。
ようやく決めて口に運ぶと、表情を華やかにした。
見てて飽きないなー。
「ほう」
「なんだよ」
隣からオッサンの声がして、不機嫌になる。
「惚れたか?」
「バカを言うな。妹になる女の子に惚れてどうする」
「妹と言っても、あれだけかわいい女の子だ。惚れないやつなんか、ホモか下半身が枯れているやつだけだ」
「……」
つまり、何が言いたいんだ?
俺は視線でそう問いかけると、親父はニヤリと笑う。
「無理やりというのはいかんが、合意の上なら構わんぞ」
「……そんなことしたら色々と不味いだろ」
「そん時はそん時に考えればいいさ。まあ、それ以前にー、ヘタレで学校では女子力が高い男て、からかわれているおまえには手を出す勇気があるか怪しいがな」
「大きなお世話だ」
俺は苛立ちながら、口に寿司を放り込んだ。
てか、なんで女子力が高いてからかわれてること親父は知ってるんだ?
◆◇◆◇
四人で帰宅して、夜。
自室でベッドに寝転がりながら、漫画を読んでいた。ページを捲る音だけが静かな部屋を支配する。
しばらくそうしていると、外から足音が聞こえた。その後、コンコンと扉を誰かがノックする。
ユキちゃんか里美さんだろう。
「はい」
扉を開けると、ユキちゃんが立っていた。そこまでは予想の範疇。しかし、俺は固まった。
風呂上がりなのか、パジャマ姿で首にはタオルを掛けている。頬を上気して赤くなり、銀色の髪は、乾ききってないため、湿っている。
そんな色っぽいユキちゃんの姿に、俺は顔を赤くする。
「……ユウキくん。部屋入ってもいい?」
「あっ! はい! どうぞ!」
昼間とは違い色っぽいユキちゃんに動揺しつつ、部屋に上げる。
いかんっ! 冷静になれ俺!
俺はイスに座り、ユキちゃんはベッドに腰かけた。
「ここが、ユウキくんの部屋かー」
「恥ずかしいから、あんまり見ないでほしいんだが……」
「あっ、ごめんね」
ユキちゃんはそう言っても気になるのか、チラチラと部屋を見ている。俺もユキちゃんが気になりチラチラと見る。
冷静になれないので、早めに話を終わらせよう。
「で、なにかよう?」
「……あのね。お礼を言いたかったの」
「お礼?」
「お母さんから聞いたんだけど……再婚のこと賛成してくれたんでしょ」
「うん。まあね」
ユキちゃんは表情を引き締めた。
「なんで、賛成したか聞いてもいい?」
「……親父に内緒にしてくれるんなら、話す」
「わかった。おじさんには言わない」
ユキちゃんは頷いた。俺はため息をついて、覚悟を決めた。
「親父には幸せになってほしいからだよ」
俺は語り始めた。絶対に親父の前では言えない本音を。
「母さんが死んでからさ、俺すごく悲しかったんだ。毎日、母さんの仏壇の前で『母さん』て、呼びながら泣いてた」
当時の悲しかった記憶を思い出していく。
「そんな時、親父は本当は自分も辛いのに俺の前で元気な振りして、必死に俺のことを元気付けようとしてれたんだ。でも、当時子供だった俺はそんなこと分からなくて、お母さんが死んだのになんで平気な顔してんだ、ていつも怒ってた」
話を続ける。
「そんなある日の夜、親父が酒飲みながら泣いてたんだ。母さんの名前を呼びながら。それで、親父も母さんが死んで悲しいんだてやっと気づいた」
思い浮かぶのは、いつものチャラけた親父ではなく、どこか寂しい親父の背中だった。
「でも、俺って素直じゃない? だから、腹立てやったことを謝れなかったんだよ。その代わりに、親父のために何かしたいて、思って家事を覚えたんだ」
最初の頃は苦戦してたものの、今ではすっかり主婦だ。
「こうして、今までやってきたてことだ。親父には本当に苦労をかけたと思う。だから、親父が再婚して幸せになれるなら、て思って再婚に賛成したんだ」
話を終えると、ユキちゃんは笑った。子供らしい笑顔ではなく、母性を感じさせるような微笑みで。
「話してくれて、ありがとう」
「いや……その……、どういたしまして」
そんな顔もできるだ……。
ユキちゃんの新たな一面を見れた。
「なんで、ユキちゃんは再婚に賛成したの?」
「それは……、聞きたい?」
「別に話したくないなら話さなくても良いよ」
「優しいね。ユウキくんは昔と変わらずに。でも、話すよ」
ユキちゃんは真っ直ぐに俺を見て言った。
「ユウキくんに会いたかったからだよ」
「えっ?」
「ごめん、半分ウソ」
「半分ウソて……。半分は本当てこと?」
「うん」
「じゃあ、もう半分は?」
「それは、秘密」
ユキちゃんは唇に人差し指を当てて、ウインクする。
「秘密か……」
「うん。秘密」
秘密ならしかたない。
ユキちゃんは立ち上がった。
「じゃあ、わたしは部屋に戻るね。色々と準備しなくちゃいけないから」
「手伝うことがあったら言ってくれ」
「うん。ありがとう」
最後にニコッと笑うと、部屋から出ていった。




