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第三話 鈴音の家に引っ越し!? 同居生活の始まり?

安森が鈴音の家に引っ越し、二人の新しい同居生活がついにスタート! 慣れない共同生活の第一歩は、温かいワンタンと少しだけドキドキする夕食から始まる。

試験が終わって三日目。


市立病院の循環器内科で実習を始めた安森は、その日の夕方、回診や血圧測定、カルテの整理よりも頭の痛い問題に直面していた。


――引っ越しである。


「はぁ……やっと終わった!」


寮の建物の前で、安森は腰をかがめ、両手を膝につきながら大きく息を吐いた。


額から流れ落ちた汗が頬を伝い、ぽたぽたと地面に落ちていく。ただでさえ濃い目の下のクマも、今は疲労のせいでさらにひどくなっていた。


安森は顔を上げ、見慣れた寮の建物を見つめると、深いため息をついた。


「まったく……この寮を建てた人は、学生が卒業するときのことを考えなかったのか?」


話は一時間ほど前にさかのぼる。


林おばあさんの熱心な勧めに加え、病院周辺の家賃があまりにも高かったこともあり、安森は最終的に鈴音の家の空き部屋を借りることにした。


なんとなく釈然としないものはあったが、よく考えてみれば、しばらく部屋を借りるだけの話だ。普段から鈴音のことを少し気にかけ、林おばあさんが入院している間、話し相手にでもなってあげればいい。


林おばあさんが提示した月三百元という家賃にも、特に不満はなかった。


何しろ、家賃が高騰しているこのご時世だ。これほど安い部屋を借りられるなんて、宝くじにでも当たったようなものだろう。


もっとも、林おばあさんのあの意味ありげな笑顔については、ひとまず考えないことにする。


一人で家具や荷物を運ぶのはさすがに無理があるため、安森は同城配送サービスを手配し、寮に置いてある荷物をまとめて運んでもらうことにした。


最初は、服や本、生活用品、それにちょっとした家具をまとめてしまえば、あとは配送業者に任せるだけだと思っていた。


ところが、いざ荷造りを始めてみると、自分がこれほど大量の荷物をため込んでいたことに気づかされた。


特に問題だったのが、医学関係の教科書や参考書である。


床に積み上がった何冊もの分厚い本を見つめ、安森はしばらく黙り込んだ。


「……俺、いつの間にこんなに本を買ったんだ?」


もしかすると、試験勉強のストレスで頭がおかしくなった夜に、医学図書館を丸ごと買い取ってしまったのではないだろうか。


そんな馬鹿げた考えまで浮かんでくる。


とはいえ、今さら本を捨てるわけにもいかない。


結局、配送業者が到着するまで、安森は延々と荷物を運び続ける羽目になった。


しかも、彼の部屋があるのは六階。


エレベーターはない。


重たい本の詰まった段ボール箱を抱え、何度も階段を上り下りするたびに、安森の脳裏には同じ後悔が浮かんだ。


――あのとき、参考書をあと二冊くらい買わずに済ませていれば……。


最後の荷物をようやく建物の外まで運び終えた頃には、安森の足はすっかり棒のようになっていた。


「はぁ……今度、誰かに運動すれば体力がつくなんて言われたら、そいつに引っ越しを手伝わせてやる……」


額の汗を拭いながら、トラックに積み込まれた荷物を見つめる。


その表情には、ようやく苦行から解放された者の安堵が浮かんでいた。


幸い、ここから先は自分で荷物を運ぶ必要はない。


それに、鈴音の家は一階にある。


そう考えただけで、安森は今回の引っ越しもそれほど悪くないと思えてきた。


少なくとも、もう一度六階まで階段を上らずに済むのだから。


……


夕方、配送トラックは光明街の住宅街に到着した。


助手席に座っていた安森は、窓越しに周囲の景色を眺めた。


病院周辺の高層ビルが立ち並ぶ騒がしい通りとは違い、この辺りはどこか落ち着いた雰囲気がある。


住宅街には木々が植えられ、道沿いには昔から営業していそうな小さな店が並んでいた。夕方ということもあり、散歩をする老人や子供の姿が時折見える。遠くからは、調理器具の触れ合う音も聞こえてきた。


どこからともなく、夕食のいい匂いが漂ってくる。


暮らすには、なかなかよさそうな場所だった。


「運転手さん、すみません。前に見える建物のところで止めてもらえますか?」


安森が前方を指さすと、トラックはゆっくりと速度を落とし、建物の前に停車した。


ドアを開けて外に出た安森は、見覚えのある人影に気づいた。


建物の入り口に、一人の少女が立っていたのだ。


清潔な普段着に、低い位置で結んだポニーテール。両手を前で重ね、こちらを待っている様子だった。


鈴音である。


安森が車から降りると、彼女の目がぱっと輝いた。


「安森お兄ちゃん!」


「おう、鈴音」


安森は軽く手を振り返したが、すぐに疲れ切ったようなため息をついた。


「やっと着いた……。もう少し遅かったら、俺ごとトラックに積んで、そのまま家まで運んでもらおうかと思ったよ」


鈴音は一瞬きょとんとしたあと、口元を手で押さえてくすくすと笑った。


「安森お兄ちゃん、そんなにたくさん荷物があったんですか?」


「たくさんなんてもんじゃないよ」


安森は荷台に積まれた荷物の山を指さし、複雑そうな顔をした。


「特に本がひどくてさ。俺が勉強してるのは医学じゃなくて、荷物運びの専門知識なんじゃないかって思えてきたよ」


「荷物運びの専門知識……?」


鈴音は不思議そうに首をかしげた。どうやら、突然飛び出した言葉の意味がよくわからなかったらしい。


「いや、何でもない。忘れてくれ」


安森は手を振り、説明を諦めた。


その間に、配送業者のスタッフが荷台を開け、荷物を降ろし始めていた。


二人も急いで手伝うことにした。


安森は残りの荷物を自分で運ぶつもりだったが、鈴音も進んで手を貸してくれた。


「安森お兄ちゃん、これは私が持っていきますね!」


彼女は衣類や生活用品の入った段ボール箱を抱え、建物の中へ運ぼうとした。


「おい、ちょっと待って」


安森は慌てて後を追った。


「その箱、見た目ほど重くないかもしれないけど、女の子が一人で持つには大変だろ。俺に渡してくれ」


「大丈夫です!」


鈴音は振り返り、真剣な表情で答えた。


「もう子供じゃありませんし、このくらいなら全然重くないです」


そう言って、彼女は自分がちゃんと持てることを証明するように、箱を少し持ち上げてみせた。


安森は、懸命に自分の力を示そうとする彼女を見て、困ったように笑った。


「わかった、じゃあ頼むよ。でも、疲れたら無理しないで、すぐに言うんだぞ」


「はい!」


鈴音は元気よく頷いた。


こうして二人は何度も荷物を運び、ようやくすべての荷物を家の中に入れ終えた。


最後の段ボールを床に置いた瞬間、安森は久しぶりに幸福というものを感じた。


そう――もう荷物を運ばなくていいのだ。


「助かった……本当に……」


彼は壁にもたれかかり、そのままゆっくりと床に座り込んだ。


そんな安森を見て、鈴音はくすくすと笑った。


「安森お兄ちゃん、少し休んでいてください。私が家の中を案内しますね」


「そうしてもらえると助かるよ……」


安森は力なく片手を上げ、これ以上動けそうにないことを示した。


……


しばらく休憩してから、安森はようやく家の中を見回す余裕を取り戻した。


正直なところ、林おばあさんの家がこれほど広いとは思っていなかった。


家全体でおよそ百五十平方メートル。三つの寝室に、リビング、キッチン、そして浴室とトイレを備えた、かなりゆったりとした造りになっている。


内装は特別豪華というわけではないが、家具はきちんと整理され、部屋の中も清潔に保たれていた。


リビングの窓からは住宅街の緑が見え、夕方の光が差し込んで、部屋全体を柔らかな色に染めている。


テーブルの上にはいくつかのコップが置かれ、その隣には途中まで読まれた本が一冊あった。


ここには、ここなりの日常がある。


そんなことを感じさせる、温かな空間だった。


「安森お兄ちゃん、ここがリビングです」


鈴音は玄関の近くに立ち、小さな案内係のように丁寧に説明を始めた。


「左側がキッチンです。おばあちゃんは調理器具や食器をいつも決まった場所に置いているので、使うときは自由に使ってくださいね。あちらが浴室とトイレです。洗面用具は棚に置いても大丈夫です」


そう言いながら、鈴音は安森を連れて家の中を案内していった。


「それから、こっちの二部屋が寝室です。一つは私とおばあちゃんが普段使っている部屋で、もう一つは……」


そこで鈴音は少し言葉を切った。


そして、廊下の突き当たりにある扉を指さした。


「ここが、安森お兄ちゃんの部屋です」


安森は彼女の指さす先を見た。


「へえ、ここが空いていた部屋か」


鈴音が扉を開けると、中には安森が想像していたよりも広い部屋があった。


ベッドに机、クローゼットに本棚。窓際には椅子も置かれている。


しばらく人が住んでいなかったはずなのに、部屋はきちんと掃除されており、床も机もきれいだった。


安森は部屋の中を一通り見回し、満足そうに頷いた。


「悪くないな。前の寮よりずっと広い」


もちろん、何より重要なのは、六階まで階段を上らなくて済むことだ。


それだけで、ここに引っ越してきた価値は十分にある。


「そういえば、鈴音」


安森はふと思い出して尋ねた。


「さっき、この部屋はお父さんが使っていたって言ってたよな?」


「はい」


鈴音は頷いた。


「前はお父さんとお母さんもここに住んでいたんですけど、二人とも仕事で海外に出張することが多くて。今は一年のうち、何度かしか帰ってこないんです。おばあちゃんの話だと、海外に長く滞在しなきゃいけない仕事みたいで……」


鈴音は、ごく当たり前のことを話すように続けた。


「だから、小さい頃から、私の面倒はほとんどおばあちゃんが見てくれているんです。お父さんとお母さんも、たまに電話をくれますし、プレゼントを送ってくれることもあります。でも、普段何かあったときは、やっぱり最初におばあちゃんに相談します」


そう話す彼女の表情は、自然と柔らかくなっていた。


「おばあちゃんは、ちょっとおしゃべりで口うるさいところもあるけど……私にすごく優しいんです」


それを聞いた安森は、すぐには返事をしなかった。


彼はこれまで、鈴音が一人で暮らしているのは、祖母が入院している間だけだと思っていた。


しかし、実際には彼女の両親は仕事の都合で長期間海外に滞在し、家に帰ってくることも少ない。ずっと彼女を育ててきたのは、林おばあさんだったのだ。


だからこそ、あの老人は入院している今でさえ、鈴音のことをあれほど心配しているのだろう。


鈴音にとって、林おばあさんは単なる祖母ではない。


ずっとそばで自分を見守り、育ててくれた、大切な家族なのだ。


そう思うと、安森は自然と小さく息をついていた。


「そうだったのか……」


彼は鈴音を見つめ、少し真面目な口調で尋ねた。


「じゃあ、鈴音も今までいろいろ大変だったんじゃないか?」


鈴音は一瞬、驚いたように目を瞬かせた。


まさか、そんなことを聞かれるとは思っていなかったらしい。


やがて、彼女は小さく首を横に振った。


「そんなことないですよ。もう慣れていますし、おばあちゃんも少しずつ元気になってきていますから。おばあちゃんが早く退院できれば、それで安心です」


そう言って、鈴音はそっと微笑んだ。


安森はそれ以上、深く尋ねることはしなかった。


誰にだって、それぞれの事情がある。


そして鈴音にとっては、祖母が元気でいてくれることが何より大切なのだろう。


ただ、彼は心の中で一つ決めた。


せっかく自分がここに住むことになったのだから、できる範囲で鈴音のことも気にかけてやろう。


それも、林おばあさんが自分に部屋を貸してくれた理由の一つなのだから。


「そうだ、もう一つ聞いてもいいか?」


安森はふと思い出したように、鈴音に尋ねた。


「鈴音は普段、どこの学校に通っているんだ?」


「光明街中学校です」

「光明街中学校か。あれ、確か市立病院のすぐ近くだったよな?」


「はい! 病院から通りを一本挟んだところにあります」


鈴音は小さくうなずいた。


「へえ、そんなに近いんだ。じゃあ、学校帰りにおばあさんのお見舞いにも来やすいな」


「はい。授業が終わったら、できるだけおばあちゃんのところに来るようにしてるんです」


そう答えた鈴音の表情が、ふっと柔らかくなった。


「おばあちゃんも、鈴音ちゃんが来てくれると喜ぶだろうな」


「えへへ……そうだといいんですけど」


鈴音は照れくさそうに笑った。


その笑顔を見て、安森は心の中でそっと息をついた。両親がほとんど家に帰ってこない生活は、きっと寂しいことも多いだろう。それでも、鈴音は毎日を一生懸命に過ごしている。


だからこそ、せめて自分がここにいる間くらいは、少しでも安心して過ごせるようにしてやりたい。


「よし、じゃあ荷物の整理を始めるか。いつまでも段ボールだらけじゃ、落ち着いて寝られないしな」


「はい! 私も手伝います!」


鈴音は元気よく返事をすると、安森が運び込んだ段ボール箱の一つに手を伸ばした。


「おっと、待った待った。それ、医学書がぎっしり詰まってるから、かなり重いぞ」


「だ、大丈夫です! これくらい持てます!」


そう言って鈴音は箱を持ち上げようとしたが、ほんの少し浮かせたところで、顔をきゅっとしかめた。


「……お、重いです……!」


「ほらな。無理しなくていいって」


安森は苦笑しながら箱を受け取り、部屋の隅へと運んだ。


「鈴音ちゃんは、軽いものを整理してくれれば十分だよ。服とか、日用品とかさ」


「わかりました……」


少し悔しそうに唇を尖らせる鈴音だったが、すぐに気を取り直し、別の箱を開け始めた。


「じゃあ、こっちは私がやりますね!」


「おう、頼んだ」


こうして二人は、少しずつ部屋を片づけていった。


安森が本棚に医学書を並べている間、鈴音は衣類をクローゼットにしまい、洗面用具や生活用品を使いやすい場所に配置していく。最初はぎこちなかった二人のやり取りも、作業が進むにつれて、だんだんと自然なものになっていった。


「安森お兄ちゃん、この本はどこに置きますか?」


「それは机の横でいいよ。あとで読むから」


「はい!」


「それと、その箱に入ってるノートは上の棚に……いや、待て。やっぱり机の引き出しに入れておこう」


「ふふっ。安森お兄ちゃんって、意外と細かいんですね」


「意外とは余計だ。医学生は勉強道具の管理が大事なんだよ」


「そうなんですか?」


「そうなんです。……まあ、単純に片づけが苦手なだけかもしれないけど」


「えっ?」


「今のは聞かなかったことにしてくれ」


安森が真顔で言うと、鈴音は思わず吹き出した。


「ふふっ、はい!」


その笑い声を聞きながら、安森もつられて口元を緩めた。


引っ越しの荷物は思っていた以上に多かったが、二人で作業を進めたおかげで、夕方になる頃には部屋もずいぶん片づいていた。


窓から差し込む夕日が、整理された本棚と新しい寝具をオレンジ色に染めている。


安森は腰を伸ばし、疲れたように肩を回した。


「ふぅ……やっと一段落か」


「お疲れさまです、安森お兄ちゃん!」


鈴音は冷蔵庫から取り出した水を一本、安森に差し出した。


「おっ、ありがとう。助かるよ」


「えへへ。私もたくさん手伝えました!」


「うん、かなり助かった。ありがとうな」


安森が素直に礼を言うと、鈴音は一瞬きょとんとしたあと、嬉しそうに頬を緩めた。


「そ、そんな……私の家なんですから、これくらい当然です!」


「それでも、お礼は言わせてくれよ」


安森は水を一口飲み、ふと思いついたように鈴音を見た。


「そうだ。鈴音ちゃん、今から何か予定ある?」


「え? 特にありませんけど……どうかしましたか?」


「引っ越しを手伝ってもらったお礼に、何かごちそうしようと思ってさ。晩ご飯、外で食べないか?」


「えっ……! い、いいんですか?」


鈴音の目がぱっと輝いた。


「もちろん。何か食べたいものはある?」


「えっと……」


鈴音は少し考え込んだあと、遠慮がちに答えた。


「ワンタン……食べたいです」


「ワンタン?」


「はい。近所においしいお店があるんです。前におばあちゃんと一緒に行ったことがあって……」


そこまで言ってから、鈴音は慌てて付け加えた。


「あっ、でも! 安森お兄ちゃんが食べたいものでも大丈夫ですよ!」


「いや、ワンタンでいいよ。俺も久しぶりに食べたいし」


安森は笑って、玄関のほうへと歩き出した。


「じゃあ、案内してくれるか?」


「はい!」


鈴音は嬉しそうにうなずき、急いで靴を履いた。


二人が向かったのは、住宅街の角にある小さな食堂だった。年季の入った看板には、手書きで店の名前が書かれている。店内からは、スープの香りと食器の触れ合う音が漂ってきた。


「いらっしゃい! 二人かい?」


店のおばさんが、明るい声で迎えてくれた。


「はい。二人です!」


鈴音が答えると、おばさんは彼女の隣に立つ安森をちらりと見た。


「あら、鈴音ちゃん。今日はお兄さんと一緒なの?」


「えっ!? ち、違っ……!」


鈴音の顔が一瞬で真っ赤になった。


「お兄さんっていうか、その……安森お兄ちゃんは……!」


「ははは、そんなに慌てなくてもいいじゃないか」


安森は苦笑しながら、さりげなく助け舟を出した。


「最近、鈴音ちゃんのおばあさんにお世話になりまして。今日からこちらのお宅に住まわせてもらうことになったんです」


「あら、そうなの! それじゃあ、これからはご近所さんね。よろしくね!」


「こちらこそ、よろしくお願いします」


安森が軽く頭を下げる横で、鈴音はまだ赤い顔をしたまま、うつむいていた。


(安森お兄ちゃんと……二人でご飯……)


ただ一緒に食事をするだけ。それなのに、どうしてこんなに胸がドキドキするのだろう。


鈴音は自分でもよくわからず、そっと胸元を押さえた。


「鈴音ちゃん? どうした、ぼーっとして」


「な、何でもありません!」


鈴音は慌てて顔を上げた。


「ほら、座ろう。お腹も空いたしな」


「は、はい!」


二人は窓際のテーブル席に腰を下ろした。


ほどなくして、湯気の立つワンタンが運ばれてくる。透き通ったスープの中には、つるりとした皮に包まれたワンタンがいくつも浮かび、刻みネギの香りが食欲をそそった。


「わあ……おいしそう!」


鈴音の顔がぱっと明るくなる。


「じゃあ、いただきます」


「いただきます!」


二人はそろって箸を手に取った。


熱々のワンタンを一口食べると、安森は思わず感心したようにうなずいた。


「おお、これはうまいな。スープもあっさりしてるし、ワンタンの餡もしっかり味がついてる」


「ですよね! 私、このお店のワンタンが大好きなんです!」


鈴音は嬉しそうに笑いながら、もう一つワンタンを口に運んだ。


「おばあちゃんも、ここのワンタンが好きなんですよ。元気な頃は、よく一緒に食べに来ていました」


「そっか。じゃあ、おばあさんが退院したら、また三人で来ような」


「……はい!」


鈴音は一瞬驚いたあと、満面の笑みでうなずいた。


その笑顔を見て、安森は何となく安心した。


新しい家、新しい同居生活。


まだ慣れないことも多いだろうが、こうして少しずつ距離を縮めていけばいい。安森はそんなことを考えながら、残りのワンタンを口に運んだ。


一方、鈴音の胸の中では、別の思いがぐるぐると回っていた。


(これから、安森お兄ちゃんが毎日うちにいるんだ……)


朝起きたときも、学校から帰ってきたときも、家の中に安森がいる。


そう考えただけで、胸がくすぐったくなるような、不思議な気持ちになった。


(ど、どうしよう……!)


鈴音は熱くなった頬を隠すように、スープへと視線を落とした。


そんな彼女の様子に気づくこともなく、安森はスマートフォンで翌日の予定を確認していた。


「……明日も朝から病院か。うーん、もう少し早く寝ないときついな」


「安森お兄ちゃん、何か言いました?」


「いや、明日のことをちょっとな」


「そうですか……」


鈴音は小さくうなずき、再びワンタンを口に運んだ。


こうして、安森の新しい同居生活は、静かに幕を開けたのだった。


鈴音はほとんど間を置かずに答えた。

あとがきでは、中国に関するちょっとした豆知識も紹介していく予定です! 皆さんに楽しんでいただけたら嬉しいです。これからもよろしくお願いします!中国の同城配送サービスについてですが、ドライバーは基本的に荷物の運搬を手伝ってくれないため、荷物の積み下ろしは自分で行う必要があります。ただし、到着がとても早いのが特徴です。スマホで注文すれば、遅くとも30分ほどで来てくれますし、料金もかなりリーズナブルです。


それから、第2話に登場した家賃の600元は、日本円に換算すると約12,000円になります。学生である安森にとっても、それほど大きな負担ではありません。何より、鈴音の家が病院からとても近いこともあり、安森は彼女の家に引っ越すことを承諾したのです。


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