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第二話 えっ、パンダさんがうちに住むの!?

私は中国人の作者なので、物語の設定や登場人物の名前など、日本の作品とは少し異なる部分があるかと思います。申し訳ありませんが、どうかご理解いただけると幸いです。


それでも、皆さんに楽しんでいただける物語を書けるよう、精一杯頑張っていきます!これからもどうぞよろしくお願いいたします!

試験が終わって三日目


窓の外がようやく白み始めた頃、安森はベッドに横たわったまま、ぼんやりと天井を見つめていた。


今日から市立病院の循環器内科で実習が始まる。


そう思い出し、寝返りを打ってベッドから起き上がる。何気なく顔に手をやると、目の下には相変わらず濃いクマが浮かんでいた。


……また何かの動物に例えられたりしないだろうな。


そんな不吉な予感を振り払い、安森は身支度を整えた。


「安森君、今日は李先生の回診についていって、まずは病棟の雰囲気に慣れてきてくれ」


指導医は研修生の名簿に目を落としたまま、淡々と指示を出した。


「七階の307号室に入院している林さんという患者さんがいる。六十八歳の女性で、リウマチ性心疾患に慢性心不全を合併している。今は病状も落ち着いていて、主に経過観察と療養が中心だ。まずは患者さんの状態を把握して、今後のバイタルチェックや日常的な処置を担当してもらう」


「わかりました、先生」


安森は白衣の襟元を整え、胸元の名札をきちんと留め直すと、主任の後について病棟へと向かった。


早朝の病棟には、消毒液特有の匂いが漂っていた。


ブラインドの隙間から差し込む朝日が、床の上に明暗の縞模様を描いている。


安森はカルテを手に、歩きながら患者の情報に目を通していた。そして307号室の前まで来ると、扉を開けた。


その瞬間、聞き覚えのある、思いがけない声が耳に飛び込んできた。


「……あの子ったら、学校が終わると毎日ここに来るんですよ。来なくてもいいって言ってるのに、ちっとも言うことを聞かなくて……」


穏やかな声には、困ったような響きと、孫を案じる優しさがにじんでいた。


安森が顔を上げると、ベッドの上の老婦人と目が合った。


二人とも、一瞬きょとんとした。


白髪をきれいに整えた老婦人は、上半身を起こしたベッドにもたれ、使い込まれて色あせたハンカチを手にしていた。


彼女は安森の顔をじっと見つめていたが、やがて目を大きく見開き、その瞳にぱっと喜びの色を浮かべた。


「あらまあ!」


林おばあさんは手にしていたハンカチを揺らしながら、安森を指さした。


「あなた、もしかして……あの日、うちの鈴音を助けてくれた青年じゃないの!」


安森は危うく手にしていたカルテを取り落としそうになった。


口を開きかけたまま、視線がベッド脇の患者名札へと吸い寄せられる。


氏名:林淑華。


年齢:六十八歳。


診断名:リウマチ性心疾患、慢性心不全。


「えっ……。じゃあ、鈴音のおばあちゃん、なんですか?」


自分でも驚くほど、声が上ずっていた。


「そうよ、そうよ!」


林おばあさんは顔中のしわをくしゃくしゃにして笑うと、ベッドの柵に手をかけ、身を起こそうとした。


「鈴音が帰ってきてね、目の下にクマを作った、まるでパンダみたいな親切な人が助けてくれたって話してくれたのよ。おまけに肉まんまでごちそうしてくれて、家まで送ってくれたってね。あのときは、まだまだ世の中にはいい人がいるんだなあって思ったものよ。直接お礼を言えなかったのが心残りだったけど……まさか、こんなところで会えるなんて! これも何かのご縁ねえ!」


安森の耳が、じわじわと熱くなった。


思い出されるのは、あの日、鈴音に言われた「パンダさん」という呼び名。


まるで今も耳元で響いているかのようで、安森の胸には何とも言えない痛みが走った。


「お、おばあさん、あまり興奮しないでください。横になっていてくださいね」


安森は慌ててベッドのそばに歩み寄り、手慣れた様子でベッドの角度を調整した。おばあさんが楽な姿勢でいられるよう、背中の位置も整えてやる。


「俺はたまたま通りかかっただけですから。あんな状況を見たら、誰だって放っておけませんよ」


「またまた、そんなこと言って」


林おばあさんはひらひらと手を振った。目は相変わらず、楽しそうに輝いている。


「あの路地は人通りも少ないし、あんな朝早くから、わざわざ助けに入ろうなんて人はそうそういないわよ。鈴音もね、帰ってきてから目を輝かせて話してくれたの。『パンダさんって、すごく強かったんだよ! 一発で一人ずつやっつけちゃったの!』ってね」


「お、おばあさん!」


安森は危うく自分の唾にむせそうになった。


顔が一気に熱くなる。


「俺のことは、安森でいいですから! お願いですから、その……パンダっていうのだけは勘弁してください!」


安森の困り果てた様子を見て、林おばあさんはますます楽しそうに笑った。


その笑い声のおかげで、どこか重苦しかった病室の空気まで、すっかり明るくなった。


こうして安森は、林おばあさんの担当実習生となった。


それから数日間、安森は毎日のように病室を訪れ、血圧を測り、心拍数を記録し、必要な処置を行いながら、林おばあさんと言葉を交わした。


おばあさんは明るく気さくな性格で、入院中だというのに元気も十分。安森を見つけるたびに、あれこれと話しかけてくる。


そんな日々を過ごすうちに、安森も気づき始めていた。


林おばあさんは、どうやら本気で自分のことを頼りになる若者だと思ってくれているらしい。


「小安君、あなたの処置って、昨日来てくれた看護師さんよりもずっと丁寧ねえ」


林おばあさんは枕にもたれながら、安森が手際よく古いガーゼを取り外す様子を眺めていた。


「鈴音が小さい頃は、転んで膝をすりむいたりするたびに、私が薬を塗ってあげていたのよ。あの子ったら、痛いのが苦手でね。ちょっと触っただけですぐ泣いちゃうんだから。それに比べて、あなたは手つきが落ち着いているわねえ」


「まあ、慣れですね」


安森は下を向いたまま、消毒液を含ませた綿球で患部をそっと拭った。


「医学部じゃ、学生同士で注射の練習をしたりしますから。痛いのが苦手だなんて言っていられませんよ」


「若いのに大変ねえ……」


林おばあさんはしみじみとため息をついた。


そして、安森の目の下にある濃いクマへと視線を移す。


「ところで、小安君。昨夜もあまり眠れなかったの? 初めて会ったときより、クマがひどくなっているじゃない」


「はは……」


安森は苦笑した。


「試験が終わったと思ったら、そのまま実習ですからね。さすがにちょっときついです。それに……」


そこまで言いかけて、安森の手がふと止まった。


「最近、住むところも探していて。大学の寮ももう使えないので、病院の近くで部屋を借りようと思ったんですけど、家賃がびっくりするくらい高くて。実習中は給料も出ませんし、今まで貯めていたお金だけじゃ、あまり長くは持ちそうにないんですよね」


そこまで話してから、安森ははっとした。


患者相手に、自分の生活の愚痴をこぼすなんて。


「……あっ、すみません。こんな話をするつもりじゃなかったんです」


慌てて話を切り上げようとする安森だったが、林おばあさんは気にするどころか、ぱっと目を輝かせた。


「何を言ってるの。そんなの、気にしなくていいのよ!」


そう言って、少し身を起こす。


まるで、今の話を聞くのをずっと待っていたかのようだった。


「若い人が働き始めたばかりの頃なんて、みんなそんなものよ。私だって昔は、鈴音のお父さんを育てるために、少ないお金をやりくりしていたんだから……」


そこで一度言葉を切ると、林おばあさんはふと思いついたように話題を変えた。


「ねえ、小安君。病院から少し離れたところに住むのは嫌かしら?」


「……え?」


安森は手にしていた綿球を持ったまま、きょとんと顔を上げた。


「病院のすぐ近くじゃないけど、そんなに遠くもないところよ」


林おばあさんは声を少し落とし、何やら含みのある口調で続けた。


「光明街の住宅街って、知ってるでしょう? 鈴音が住んでいるところよ。うちの家は二部屋あるんだけど、今は私と鈴音が一緒に使っている部屋以外、もう一部屋が空いているの。もともとは息子が使っていた部屋なんだけどね」


そこまで説明すると、林おばあさんは安森の顔をうかがった。


「私はまだしばらく退院できそうにないし、鈴音が一人であの家にいると思うと、どうにも心配でね。もし小安君さえよければ、あの空いている部屋を使ってくれないかしら?」


「俺が、ですか?」


「そう。家賃はほんの気持ち程度でいいわ。その代わりと言ってはなんだけど……鈴音のことを少し気にかけてくれると、私も安心して治療に専念できるのよ」


安森は完全に言葉を失った。


「林おばあさん、それは……さすがにまずいんじゃないですか?」


ようやく我に返り、慌てて首を横に振る。


「俺と鈴音は一度会っただけですし、俺は男ですよ? 鈴音はまだ中学生ですし……」


「何がまずいのよ!」


林おばあさんは、たしなめるように安森を見た。


「鈴音はまだ子供でしょう。それに、あなたはもうすぐお医者さんになる人じゃない。私があなたを信用しているんだから、何も心配することはないわよ」


そう言いながらも、その表情には孫を案じる気持ちがにじんでいた。


「それにね、あの子は一人でいることが多いから。私はまだ入院しているし、あの子が怖い思いをしていないか心配なのよ。あの日みたいなことが、また起きたらと思うとね……」


安森は口を開き、何か言い返そうとした。


そのとき、病室の扉がそっと開いた。


入り口に立っていたのは、リュックサックを背負った少女だった。


きちんと洗濯された制服に、低い位置で結んだポニーテール。両腕には保温ジャーを抱えている。


鈴音だった。


彼女は、病室に祖母以外の人がいるとは思っていなかったらしい。扉のところでぴたりと足を止めた。


そして、白衣姿の安森に目を向けた瞬間――まるで時間が止まったかのように固まってしまった。


目が少しずつ大きくなり、口がわずかに開く。


腕の中の保温ジャーが、かすかに揺れた。


「……お、お兄ちゃん?」


羽のようにか細い声だった。


安森も振り返り、入り口に立つ鈴音を見つめた。


半月ぶりに見る彼女の顔から、あの日の傷はすっかり消えていた。かすかな痕跡が残っている程度で、もうほとんど目立たない。


その代わり、今の鈴音は驚きと戸惑い、そして言葉ではうまく説明できないほどの輝きを帯びた瞳で、じっと安森を見つめていた。


「鈴音、学校が終わったのね?」


林おばあさんは、入り口で固まっている孫の様子など気にも留めていないかのように、にこにこと笑いながら声をかけた。


「ほら、前におばあちゃんが話していたでしょう? あの日、あなたを助けてくれた安森お兄ちゃんよ。まさか病院で会うとは思わなかったでしょう? 今日から実習に来ていて、これからはおばあちゃんの面倒も見てくれるんですって!」


鈴音は動かなかった。


ただ入り口に立ち尽くし、保温ジャーの持ち手を無意識にぎゅっと握りしめている。


安森は、彼女の耳の先がゆっくりと赤く染まっていくのに気づいた。


「わ、私……」


鈴音は小さく口を開き、安森と祖母の顔を交互に見た。


そんな孫の様子を見て、林おばあさんはここぞとばかりに追い打ちをかけた。


「そうそう、鈴音。おばあちゃんね、さっき安森お兄ちゃんに、うちの空いている部屋に住んでもらえないかってお願いしていたところなのよ。そうすれば、あなたも夜に一人で家にいなくて済むし、安森お兄ちゃんも病院に通いやすくなるでしょう? あなたはどう思う?」


ガタンッ!


鈴音の腕の中で、保温ジャーが扉の枠にぶつかった。


彼女は勢いよく顔を上げた。頬がみるみる赤く染まっていく。


「お、おばあちゃんっ!」


「どうしたの? あなた、夜に一人で寝るのが怖いって、よく言っていたじゃない」


林おばあさんは、何もわかっていないような顔で首をかしげた。


「安森お兄ちゃんはお医者さんになる人だし、あなたを助けてくれた恩人でしょう? そんな人がうちに住んでくれるなら、おばあちゃんだって安心だわ。それに、さっきだって扉の外で……」


「ち、違うのっ!」


鈴音の顔はさらに赤くなった。今度は首筋まで、ほんのりと桃色に染まっている。


そこでようやく、安森はあることに気づいた。


……まさか、この子。さっきからずっと、扉の外で話を聞いていたんじゃないだろうな?


「わ、わざと聞いていたわけじゃないんです!」


鈴音は慌てて両手を振った。保温ジャーが腕から滑り落ちそうになる。「ただ、その……ちょうど来たところで……それで……その……!」


言葉が続かなくなった彼女は、保温ジャーをベッド脇のキャビネットに置くと、くるりと背を向けた。


「わ、私、お湯を汲んできますっ!」


「え? でも、ポットのお湯ならまだたくさん……」


林おばあさんが言い終えるより早く、鈴音は病室から飛び出していった。廊下の向こうへと遠ざかっていく足音は、まるで何かから逃げ出すかのように慌ただしかった。


病室には、安森と林おばあさんだけが残された。


安森はこめかみがぴくぴくと脈打つのを感じながら、ゆっくりと祖母のほうを向いた。


そこには、してやったりと言わんばかりの笑みを浮かべた林おばあさんがいた。


「……林おばあさん、わざとやりましたね?」


安森が呆れた声で尋ねる。


「わざとだなんて、人聞きが悪いわねえ」林おばあさんは枕元に置いてあったハンカチを手に取り、のんびりと畳み始めた。


「あの子は小さい頃から怖がりでね。でも、誰かのことをあんなに気にかけるなんて、めったにないことなのよ。入院してからだって、毎日のように『パンダさんがね』『パンダさんってね』って、あなたの話ばかりしていたんだから」


「パンダさん」の四文字が、四本の矢となって安森の胸に突き刺さった。


「うっ……!」


安森は両手で顔を覆い、苦しげなうめき声を漏らした。


「とにかく、家のことはこれで決まりね!」林おばあさんは、きっぱりと言い切った。


「今夜からでも荷物をまとめて、うちに引っ越してきなさい。鈴音に鍵を渡させるから。家賃は月に三百元。水道代と電気代は別。それなら、あなたも困らないでしょう?」


安森は指の隙間から、いかにも抜け目のなさそうな笑みを浮かべる林おばあさんを見た。


……なんだか、助けたはずの俺が、いつの間にか捕まって、値段までつけられて売り飛ばされそうになっている気分なんだが。


そんな妙な錯覚に陥りながらも、安森は少し考えた。確かに、病院の近くでこれほど安い部屋を見つけるのは難しい。


それに……


鈴音が慌てて逃げていったときの、真っ赤な耳。


逆光の中で、保温ジャーを抱えて立っていた姿。


そして半月前、あの小さな口からこぼれた、か細い「パンダさん」という呼び声。


それらが、次々と頭に浮かんでくる。


「……わかりました」


安森は顔を覆っていた手を下ろし、小さく息をついた。それでも、口元にはいつの間にか、かすかな笑みが浮かんでいた。


「それじゃあ、林おばあさんと鈴音にお世話になります」


「いいのよ、いいのよ!」


林おばあさんは満面の笑みを浮かべ、安森の手の甲をぽんぽんと軽く叩いた。


「そうそう、安森。あなた、またクマが濃くなっているみたいね。夜更かしして勉強ばかりしていないで、もう少しちゃんと寝なさいよ?」


「おばあさんっ!」


安森は胸を押さえた。


……また一発、食らった。病室を飛び出した鈴音は、廊下の突き当たりにある給湯室へと駆け込んでいた。


両手で真っ赤になった頬を包み込み、少しでも熱を冷まそうとする。


目の前のタイル張りの壁に映る自分の顔を見つめながら、鈴音は小さな声で、何度も何度もつぶやいた。


「パンダさんが……うちに住むの……?」


蛇口から勢いよく流れ出す水の音が、どんどん速くなっていく彼女の鼓動を、静かに覆い隠していた。

あとがきでは、中国に関するちょっとした豆知識も紹介していく予定です! 皆さんに楽しんでいただけたら嬉しいです。これからもよろしくお願いします!中国では、医師を目指す人にとって、病院での臨床実習は欠かせない過程です。通常、1年間の病院実習を行い、患者さんの受付や情報登録の方法、患者さんとのコミュニケーションの取り方などを学びます。何より重要なのは、実際の医療現場で患者さんの治療について学ぶことです。手術室に入って手術を見学し、医師たちの技術や処置の方法を間近で学ぶこともあります。


こうした実習を終えて初めて、実習修了証明書が発行され、その後、医師資格試験を受験することになります。


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