8-12 小島家と大橋家
「呪いが消えることはないんだね?」
つい苦笑しながら言うと、咲さんは悲しそうに頷く。
「はい。小島家縁故の子供達だけではなく、父本人の命さえ使ってかけた呪いですから……」
やはり穂積さんが推測していたように、アレはコトリバコのような呪物みたいだ。
「お客様は何かご存知のようですが、あれはこの地方に古くから伝わる呪いでございます。……かつて、代々村の代表として務めてきた小島の家でしたが、時代と共に没落して財力のある大橋家が台頭してきました」
咲さんは、視線を虚空に向けて穏やかな口調で話し始めた。
口調は穏やかだけど、その表情はとても悲しそうに見える。
「別にそれはよいのです。時代が進むにつれて庄屋が小作人を抱えるようなこともなくなりましたし、小島の家が代々続く名家といっても、それは名ばかりのものになっておりました。ただ、大橋家の当主、喜久一からは目障りだったらしく、村人を巻き込んで何かと対抗してきたのです」
村という狭いコミュニティで、大橋家は名ばかりといっても代々続く名家である小島家のことを目の敵にしていたということか。
いつの時代もマウントをとりたがる人っているんだな。
心の中でそう思いながら、咲さんの話に耳を傾ける。
「父は耐えましたが、父が下手に出るたびに喜久一は無理難題を言うようになり……最後には私の身を差し出すよう言いました。……父はさすがに許せないと憤っておりましたが、私が我慢すれば争いが収まると考え、私は父を説得して親子ほども年が離れた喜久一に輿入れしました。ですが……」
そこまで話すと、咲さんは目を伏せて口をつぐんだ。
「あの……咲さん?僕はもう帰るし、今回のことはもう怒ってもいないから。だからつらいことを無理して話さなくても……」
思わず咲さんの背中に触れて、僕はそう言った。
言い方は悪いかもしれないけど、もうここに来ることもないだろう。
しかし咲さんは小さく首を振る。
それから咲さんが語ったのは、僕たちの推測とだいたい同じような内容だった。
小島家としては関係の改善としての婚姻のつもりだったけど、大橋家にとっては上下関係をはっきりさせるための人質のようなものだった。
雑に扱われ、使用人と同じような待遇だった咲さんは、身体を壊してしまう。
「そんな中、私は喜久一との子をみごもりました。経緯はどうあれ、跡取りとなり得る子を宿したことで、今度こそ関係が改善されると思ったのですが……」
いつの間にか、咲さんの目から涙が流れていた。咲さんはその涙を拭おうともせずに話を続けた。
「子を身籠ったことを知った喜久一は……ますます私につらく当たりました。喜久一は私に言いました。小島の血が混じった者に大橋を継がせるものか。と……」
「ひど……。めちゃくちゃだ」
思わずそう口にした僕に、咲さんは少しだけ力無く微笑んだ。
「結局子は流れ、落胆した私も体調を崩してしまい……」
咲さんがそう言うと、場面が変わった。
薄暗く質素な部屋に布団があり、そこには咲さんが横たわっている。
今見えている咲さんと違って、布団に寝ている咲さんは酷く痩せ細っていて、看病する人もいない。
「このままお医者さまが呼ばれることもなく、この部屋で一人で最後を迎えました。そして息を引き取った私は、父の元に戻されます。呆然とする父に喜久一は言いました」
--欠陥品を返しに来た--と。
「そんな……」
あまりのことに僕も言葉が出てこない。その時の咲さんのお父さんの気持ちを考えると……。
「……私を埋葬したのち、父は小島の家の使用人達全員に暇を出して、あの呪いの仕掛けを作ったのです。大橋家の者に気づかれないように、小島の家の中に呪いの箱を置いて、鏡で指向性を持たせた呪いは喜久一の命を奪い、その家族にまで及びました」
また場面が変わり、大橋家のお屋敷で人が次々と倒れていく様子が見えた。
そして、呪いの箱が置いてあった小島家のあの部屋でも、咲さんのお父さんが倒れていた。
「呪いは、その対象だった大橋家と呪いをかけた父の命を奪いました。話はそこで終わるはずだったのですが……」
場面は誰も住む人がいなくなった小島家に変わった。
「あ、誰か入ってきた……」
無人のお屋敷に入って来た男は、部屋を物色して……あの鏡も懐に入れると出て行った。
「あの男が鏡を盗んで行ったことで、小島と大橋だけの問題だった呪いは村中に広がっていき……この村は死に絶えてしまったのです」
その言葉が終わると同時に、場面は最初にいた大橋家のお座敷に戻った。
暖かい日差しと庭に咲き誇る綺麗な花達。
美しく気持ちいい光景のはずが、今はどこか薄ら寒く感じてしまう。
「小島と大橋の間での呪いが無差別に振り撒かれ、それを気にするあまり私もこの場に縛り付けられてしまいました。そこにお客様がやってこられたのです」
原因となった小島家と大橋家の間だけでの呪いならまだしも、装置の一部だった手鏡が盗まれて無差別に広がってしまった。
しかも元々の要因に、自分の父も深く関わっている。
それを悔やむあまりに咲さんは地縛霊になってしまう。
「そこに波長の合う僕がやって来た……。」
そう言った僕の言葉にコクリと頷いた咲さんは、申し訳なさそうに言う。
「恥ずかしながら、この場に縛り付けられていたとしても私にはどうすることもできず、お客様にすがってしまいました。本当に申し訳なく……」
また土下座の体勢になった咲さんを慌てて止める。
「わわ、もういいから!もう終わったし」
咲さんの誘導で手鏡を元の場所に戻して、少なくとも呪いが無差別に広がることは防げた。
あれ……無差別?
「あの……咲さん?僕たちが来たときは無差別に呪いが広がってたんだよね?それって僕たちは大丈夫なのかな?」
ほとんど丸一日僕と冬弥、そして穂積さんはあの村で過ごしたのだ。
呪いが無差別に広がっている状態の場所で……。
その問いに、ようやく頭を上げてくれた咲さんが答えた。
「それは大丈夫です。呪い自体だいぶ薄まっておりましたし、お客様のお姉様が守っておられました」
「お姉ちゃんが!?」
驚いて聞き返すと、咲さんは少し微笑みながら頷いた。
「はい。少しだけお話もさせていただきました。お客様達に呪いが及ばぬように必死に守っておられましたよ?今は力を使いすぎて薄くなっておられますが……」
咲さんが言った言葉に、守ってくれていた感謝よりも心配が先に立つ。
「薄くなってって……。その、お姉ちゃんは大丈夫なんですか?」
そう言えば、この村に来る前後からお姉ちゃんの声を全く聞いていない。
思わず腰を浮かせて、咲さんにすがるように聞く僕を、安心させるような口調で咲さんは言った。
「時間が経てば元通りになるかと。この場所に縛り付けられている私と同じように、お姉様はお客様と深いところでつながっているようですし」
咲さんが言うには、お姉ちゃんの力が弱まっても、つながっている僕から力が流れるから消えてしまったりすることはないだろうとのことだった。
「よかった……あっ!」
ホッとする僕を咲さんが微笑みながら見ていることに気づいて、なんだか恥ずかしくなって僕は目を逸らした。
「ふふ……。お互いに大事に思ってらっしゃるのですね?」
咲さんはそう言って微笑んだ後、姿勢を正した。
「此度は本当にありがとうございました。このご恩を咲はずっと忘れません」
そう言いながら、咲さんは深々と頭を下げた。
「あ、また……」
正座をしたまま、深々とお辞儀をするのって土下座と同じ格好じゃないか。
頭を上げてもらおうと思ったけど叶わなかった。
僕が眠りから覚めようとしているのか、周りの景色が急速に薄れていってるのだ。
最後に咲さんを見ると、微笑んで小さくこちらに手を振っている姿が見えた。




