8-11 呪いの箱
手鏡に反射したライトの灯りは、さっき入った小部屋に行く廊下の途中にある部屋を照らした。
ほとんど仕切りとして役を足してない、破れて傾いてしまっているフスマの隙間から飛び込んだライトの灯りは埃の舞う暗い部屋にサーチライトのような線を描いている。
「この部屋暗いな。雨戸が閉まってるのか?」
そう言いながら冬弥がライトで部屋を照らしている。と言うか、少々おかしなところでも平気でズカズカ入っていく冬弥が入り口で様子を窺っているだけでもその部屋の異常性を表している。
「……ここ、入るの?」
思わず僕がそう言うのも仕方のないことだと思う。
「明らかに雰囲気が違いますね。ここは私が……」
そう言うと、がたつくフスマを無理やり開けて穂積さんがその不気味な部屋に足を踏み入れた。
「うっ……」
そして、腕で鼻を覆うようにして上半身を逸らした。
「穂積さん!なんかあったのか?」
「冬弥さん、入らないで!」
穂積さんの様子を見て、部屋の中を見ようとした冬弥を普段より強い口調で穂積さんが止めた。
「ここが呪いの大元で間違いないようです。目的も果たして月日も経っているので、薄まっているはずなんですが……」
穂積さんは、冬弥と僕に部屋の中に入って来ないよう真剣な顔つきで言いつけると、外の明かりが全く入って来ない暗い部屋の中に足を踏み入れた。
そして、左右に振れるライトの灯りが一点に止まる。冬弥と並んで廊下からそれを見ていると、ライトの灯りは床の間に置かれた明らかに意味深な箱を照らしていた。
埃に塗れた紫色の座布団の上に置かれたその箱は、四隅に金属の飾りがあり、側面にも絵なのか彫刻なのか装飾がしてある。
この部屋以外で見つけたなら、大切な物を仕舞う箱に見えるかもしれないけど、異様な雰囲気を肌で感じるこの部屋の中にあると酷く不気味に感じた。
「これは……」
注意深く周りを照らしながら床の間に近づいた穂積さんは、その箱を調べようとして伸ばした手を途中で止めてためらっている。
途中まで伸ばした手を止めたまま、ライトの灯りを当ててじっと見つめたあと、穂積さんは僕たちのところまで戻ってきた。
「……行きましょう。あの箱の呪いはまだ生きています」
手に持っているライトの反射で見える顔を青ざめさせながら、穂積さんはそう言うと冬弥にも有無を言わせない態度で無理やり傾いた襖を元通りの位置くらいまで閉めた。
そして、僕たちを促して元来た方に戻るように言ってくる。
その様子に、さすがの冬弥も逆らうことなく来た方向に足を向けた。
「あれ……開いてる」
すると、さっきはピッタリと閉じてびくともしなかったはずの玄関の戸が隙間をあけている。
「呪いが元通りの向きに戻ったからでしょう。ともかく外に……。このお屋敷に長くいるのはまずいです」
足を止めた僕と冬弥をせき立てるようにして、穂積さんが外に出るように背中を押してくる。
それまではどんなに冬弥が興味津々に廃墟にある物を触れようとも、一歩引いたところから見ていた穂積さんが、強引とも言える様子でそう言うのを見て、僕は冬弥と顔を見合わせながらそのお屋敷を出た。
「ふう……」
外に出ると、不思議な息遣いの深呼吸のようなものをした穂積さんは、ようやくいつもの様子に戻った。
それを見て、冬弥もようやく安心したのか初めて口を開いた。
「穂積さん、そんなにやばい物だったの?」
冬弥がそう聞くと、まだ少し青ざめたままの表情で穂積さんはコクリと頷いた。
「あれは、ダメなやつです。呪いが薄まっていないのもですが、元々無差別に呪いを振り撒く物を鏡を用いて特定の相手に向けるようにした物だったんでしょう。この小島家の人たちが呪術を行っていたようには見えませんから、本職を招いたかやり方を聞いて大橋家を呪っていたのでしょう」
「それじゃあ、手鏡を元に戻したのはまずかったんじゃ……」
冬弥がそう言うと、僕はハッとなった。
もしかしたら手鏡を元の位置に戻してはいけなかったのか。
僕が見た咲さんはとてもつらそうにしていたし、必死な様子で頼みこんできた。
あれも、僕を騙して呪いを元に戻す演技だったんだろうか……。
密かにショックを受けていると、それを見透かしたように穂積さんが言った。
「いえ……。むしろああするしかないのです。本懐を遂げさせて呪いが薄まるのを待つしかありません。それほどのものがあそこには渦巻いていました。ともかく、もう村を出ましょう。呪いの指向性を正した今、大橋家以外に呪いが向くことはないでしょうが、ここに長居するべきではありませんでした」
そう言うと、足早に穂積さんはこの村に来た時の道を逆に歩く。
さすがに冬弥も逆らうこともなく、増水して帰れなくなったところを超えた辺りまで穂積さんは足早に歩いた。
「不思議だよな。今は水なんてまったく流れてないのに……」
冬弥がそこを見ながら呟く。確かに、僕たちの帰りを阻んだあれだけの水は、今は一滴もない。
言われなければ、そこが水路だったとはわからないくらいになっている。
「この水路が境界でもあったのでしょうね。ここまで来れば大丈夫でしょう。急かしてしまって申し訳ありません」
境界を超えて、ようやく安心したのかすっかりいつもの様子に戻った穂積さんは、そう言って冬弥に頭を下げた。
「いや、いいんだけどさ。それほどのものだった……ってことだよな?」
冬弥が言うと穂積さんは頷いた。
「村が滅んだ原因もアレかもしれません。こういう集落にはよくあることなのですが、昔からいる権力者である小島家と、新しくやってきた大橋家。きっと何かしらの利益を大橋家はもたらしたのでしょう。そして村が二つに分かれたのではないでしょうか」
いつものように後ろで僕たちを見守るような位置に戻った穂積さんがそう語った。そして険しい顔のまま呪いの正体を話してくれた。
「おそらくですが、あの箱の中には人の身体の一部が入っていると思います。それも複数……子供のものが」
苦い物を噛んだような顔で穂積さんが言うと、僕も冬弥も言葉をなくした。
「一時期有名になったと思います。冬弥さんや逢介さんなら聞いたことがあるのでは?」
穂積さんが僕たちを見てそう言ったが、僕はまず冬弥と並んでそう認識されていることに苦情を言いたい。
冬弥はともかく、僕は知りたくて知ってるんじゃなくて、冬弥が聞きたくなくても話してくるんだから。……まぁ、知ってるけど。
「咲さんも大橋家が憎かったのかなぁ」
なんだか騙されたみたいで、少し落ち込んでしまった僕がそう言うと、穂積さんはそれをやんわり否定した。
「いえ、おそらく咲さんは鏡の仕掛けが不完全なことで呪いを無差別に振り撒くことを止めたかったのではないでしょうか?誰が伝えたのか分かりませんが、あの呪いはそれだけの力がありました。後戻りのできない呪いです。ああして時間と共に薄れさせるしか方法がありませんから」
そう言った穂積さんは、少し悲しそうに村の方を振り返っていた。
◆◆ ◆◆
帰りの車内で僕は後部座席でのんびりと外の風景を眺めていた。
運転席と助手席では穂積さんと冬弥が、今回の件を推測を交えて話している。
その話を聞くとはなしにぼんやりと聞いていると、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
気付くと、僕はあのお座敷にいた。
外には沢山の花が咲いていて、そこに柔らかな日差しが降り注いでいる。
その花を撫でるように優しく吹いた風が僕の頬を撫でる。
そして、チラリと視界に綺麗な黒髪が風で揺れるのが見えた。
「あれでよかったのかな?」
僕が聞くと、僕の隣に座っている女の子、咲さんは顔を綻ばせて頷いた。
「お手数をかけさせてしまい、申し訳ありません。今では誰も住まぬ土地ですが、我が父がかけた呪いがいまだにあの土地を汚していると思うと……。父が行った呪いは強く、消すことはできませんが元に戻せば無差別に広がるようなことはないと思います」
そう言って、咲さんは少し寂しそうに微笑んだ。




