8-10 鏡の置き場所
「古いからか、こっちの家の方が嫌な感じがするな……」
こちらのお屋敷の方が年数が経っているためか、床も壁もかなり傷みが激しい。
先頭の冬弥が慎重に歩いていると言ったらどれくらいかわかると思う。
「しかも窓が少ないからか、だいぶ薄暗い……って言うか、逢介!閉めてくるなよ、暗いじゃないか」
ギシギシと鳴る床をそっと歩いていた冬弥が、そう言いながら振り返る。
その視線を追って僕は首を傾げながら後ろに目をやると……
「いや、閉めてないし……」
僕たちが入ってきた裏口の戸がきれいに閉まっている。
もちろん僕は閉めていない。だって怖いじゃないか……。
そう言いたげな視線を冬弥に向けると、何も言わなくても理解したのか冬弥は無言で入ってきた裏口のところまで戻ると、閉まっている戸を開けようと手を伸ばす。
「うん、開かねえわ。お約束だな」
そう言ってまた先頭に戻る。
「いやいや、開かねえじゃないから!お約束とか言ってないで開けようよ!」
思わずそう言う僕を見て、冬弥は肩をすくめる。
「開きそうになかったんだよ。さっき俺が開けた時の感触とまるで違って、古くて開きづらいとかじゃなくて、まるでガッチリ固定してあるみたいにビクともしなかったんだよ」
そう言う冬弥に胡乱げな視線を向けながら、僕は裏口のところまで戻って戸に手をかける。
そして、力を入れて……体勢を変えて全力で……うん。開かないね……。
ガタガタと戸を開けようとしていると、穂積さんも戻ってきてレールの部分や鍵などを調べだす。
「……まるで元々開かない戸だったみたいにピッタリと固着してますね。開ける時はそこそこスムーズだったように見えましたが……」
穂積さんが冬弥に視線を向けると、冬弥は頷く。
「うん、ちょっと古くてガタつきはあったけど、さっきはスムーズに開いた。ありがちだよな、どうせ進むつもりなんだから行こうぜ」
さらっと言うと、冬弥は先に進みだす。穂積さんも何も言わずに冬弥に続いて歩きだした。
「ええっ……なんでそんな冷静なの?閉じ込められたかもしれないのに……」
冬弥の背中と開かなくなった戸を交互に見ながら僕も後に続く。
お約束ってなんだよ、お約束って……。
軋む廊下の床を抜けないか確認しながらソロソロと歩いていく。
それほど広くない畳の部屋が両手にあるけど、床が畳ごと陥没していたり、ぱっと見で何もなかったりしているからか、冬弥は真っ直ぐに廊下を進んでいく。
奥に進むにつれて、どんどん薄暗くなってくるからか、ポケットからライトを取り出した冬弥がそれをつけると、後ろにいる僕の方に光が跳ね返ってきた。
「わっ……僕を照らしてどうすんのさ。眩しいって」
思わず文句を言いながら冬弥を見ると、冬弥は首だけを後ろに向けて、体はまっすぐ前を向いている。つまり、手に持っているライトで僕を照らしているわけではない。
「ああ、奥にも鏡が置いてある。それが反射したんだろ」
なんてことないように言いながら、冬弥はその鏡に近づいていく。
九十度に左に折れている廊下の角の部分に、僕の背丈ほどもある大きな鏡が立て掛けてある。
「ふむ……」
冬弥はその鏡を調べて、立ち位置を調整しながら先の方や後ろにも視線を通すように眺めている。
「冬弥?」
何してんだよ、という問いを言葉に込めて声をかけると、冬弥はすぐに得心したように頷いて言った。
「この鏡、角度がついてるだろ?これ、意味があって置いてあるんだよ、多分。こっちからこうして見ると……」
そう言いながら、冬弥は廊下を曲がったところから鏡に向かってライトを照らした。すると……。
薄暗い廊下で埃も多いからか、ライトの明かりがはっきりと見える。
そして鏡に向かって照らしてあるはずのその明かりは、黙って立っている僕の顔の部分に当たっている。
「…………」
そっと横にずれると、明かりは裏口の方にまっすぐ伸びていき、入ってすぐのところに立ててあった姿見に反射して開かなくなった裏口を照らし出す。
「光が反射して……?」
角度も調整して置いてあるんだろう。鏡に反射したライトの明かりはそれぞれの鏡の真ん中に当たって反射している。
「なるほど……。するとこの奥にも鏡はありそうですね。この鏡を辿っていけば原因がわかるはずです。行きましょう」
廊下の端に立って、鏡の反射したライトの明かりを見ていた僕に、穂積さんも先に進もうと促してくる。
「そうだな。行こうぜ」
◆◆ ◆◆
「おかしい。鏡の反射する角度から考えて、この部屋のはずなのに……」
廊下をさらに奥に進むと、小さな和室があり反射角度から見ても、鏡はそこを指している。
四畳半くらいの和室は、床もしっかりしているものの、何も置いていないし収納もない。
パッと覗いただけで何もないことがすぐにわかる。
「っかしいなぁ……。こっちにも鏡があってどこかに反射してるか、呪いの原因があると思ったんだけどなぁ……」
そう呟きながら、その和室に入った冬弥が部屋をを見渡す。見渡すと言っても狭いし何もない部屋だから、すぐに異常がないことがわかってしまう。
部屋の中を調べた冬弥が、部屋側から廊下の鏡を見てライトを当てたりしている。真っ直ぐに伸びたライトの明かりは角にある鏡に当たり裏口へ伸びていく。
明かりの通り道を邪魔しない位置を歩いて僕もその部屋に向かって歩く。
すると、途中の部屋の中から異様な気配を感じることに気づいた。ふすまが半分くらい開いた状態で傾いている。
見ると、ふすまが通る溝が腐れて外れかかってるみたいだ。
そして、その部屋の入り口の廊下……ちょうどライトの明かりが通っている下に四角い台がある。
廊下には他に何も置かれていないのに、その台だけがポツンと置かれている。
僕の視線に気づいた穂積さんが無言で寄ってきて、部屋を覗いてからその台を見た。
「電話か何かを置いていたんでしょうか……。埃の積もり方が……あっ!」
廊下にポツンと置かれている台を見ていた穂積さんが何かに気づいたのか、パッと僕の顔を見た。
「どうしたの……。ああ、なるほど!この奥の部屋に何もないわけだ。逢介、ここ見ろよ」
そう言って冬弥が台の上を指す。近寄ってよく見てみると、台の上に積もった埃に模様が見える。
「ああ、なるほど……」
ようやく僕も気づいて、ずっと握っていた手鏡をその台の上に置いた。
その上に積もっている埃の薄さでどう置かれていたのかもわかる。模様に見えたのは、ここに何かが置かれていて、積もる埃の量が違っているからだ。
「うん、ピッタリだ。この手鏡は元々ここに置いてあったんだ」
そう言いながら向きを微調整する。
「こうして手鏡を置けば、ここで反射して……」
「ちょっとそのまま待ってろよ?」
そう言うと冬弥は廊下を戻って、角の向こう側に立ってライトを鏡に向けた。
まっすぐ伸びた明かりは、角に置かれた鏡に反射して……
さらに僕が置いた手鏡に反射して、半分開いたふすまの隙間から部屋の中に入っている。
僕が、先ほど異様な気配を感じた部屋の中に……。




