八話 後日談
「……夢、か」
穂積さんが運転する軽自動車の後部座席で、僕はうとうとしていたらしい。疲れていたというのもあるんだろうけど……。僕には咲さんがお礼を言いたくてそうさせたのかもしれない、そんな気がしていた。
窓から外を見ると、車は陰九毘村のあった山から出ていないようで、まだ細くくねった道が続いていた。
前の座席では、小島家にあった呪いの箱について冬弥と穂積さんが意見を交わしていた。基本的に冬弥が推測を語って穂積さんが矛盾点をついて否定する流れになっているけど、本人から聞いて真実を知っている僕としては、それを話す気にはなれなかった。
……軽々しく話すには悲しすぎるもんな。
そう考えて。
咲さんは小島家と大橋家の仲を改善させたかっただけなのに、結果村中に呪いが広がることになってしまった。でも、言ってしまえば咲さんは被害者であって一ミリも悪くないのだ。
もし、僕が実際に聞いた話を広げてしまったらどうなるだろう。
咲さんに同情が集まって、もし咲さんの幽霊を見ても悲しい幽霊だと思われるようになるかもしれない。
でも、中には噂に信憑性が出て興味半分で来る人もいるはずだ。
この土地に縛られてしまっている咲さんを見たら喜ぶ冬弥みたいな連中が来るようになると咲さんも落ち着かないだろうし、薄まったとはいえ呪いが振り撒かれていた村だ。何か悪いことがあるかもしれない。
--うん、やっぱり黙っておこう。
咲さんにはもうゆっくりしてほしいから。
後方に流れる木々を眺めながらそう考えていると、視界にうつる自然がまばらになっていき道も整備されたものに変わっていた。
「あ、逢介さん。起きてらっしゃったんですね。もうすぐ街に入りますよ。近いコンビニで一度停まりますので、そこで休憩にしましょう」
外を眺める僕に気付いた穂積さんがそう話しかけてきた。僕は何となくしんみりしてしまったのを気づかれないように、少し冗談っぽく言った。
「よかった、やっと文明が発達した所に戻れる。大橋家も小島家も立派なお屋敷だったけど、実はトイレが怖くて……。コンビニでトイレに行きます」
そう言うと、穂積さんは「ああ!」と納得して、「実は私もです」言って笑ってくれた。あの村に一晩泊まらせてもらったけど、僕たちが眠った大橋家のお座敷。埃が積もっていてだいぶ汚れていたけど、それはまだ我慢できた。でも、古い造りのトイレには全く馴染めなかった。
当然和式だし、虫がたくさんいるし……。なにより床の下に排泄物を溜める便槽が直接あるのが不安で仕方なかったのだ。もしこの床が抜けたらどうしようとか、考えると怖くて出る物もろくに出なかったのは本当のことでもあった。
「そうだよな、あんな長い時間スマホ触らなかったの初めてかもしれない」
冬弥もそう言いながら、さっそくスマホをいじっている。まだ山を下りている途中なので圏外のようだけど、まもなく電波も入るようになるだろうな。
丁度そう考えている時だった。
ピロン
なんだか久しぶりに聞く気がする、メッセージアプリの着信音が冬弥の持っているスマホから聞こえた。
「あ、電波入ったぜ」
そう言いながら冬弥はスマホを操作しだす。「うわぁ、やっぱたくさん来てる。半分以上は高橋だけど」
そう言いながらスマホを運転している穂積さんに見せる。
「ふふ……。心配だったのでしょう。状況は伝えてあったのですが」
穂積さんは笑いながら言うと、大きくハンドルを切った。車は、山に通じている細い道からそこそこ交通量もある県道に入った。
「あれ?そういえば、僕のスマホ……」
ポケットに入れてある僕のスマホは沈黙したままだ。ほとんど丸一日放置していたのに、一つもメッセージが来てないとか寂しすぎる。少しだけ焦りながらスマホを取り出そうとしているんだけど、ズボンのポケットに入れていると、座ったままの状態では取りにくいんだ。
「おいおい、逢介。いくら基本ぼっちだからって、誰からも来てないとかないだろ」
少しニヤニヤしながら冬弥がわざわざ後ろを向いてそう言ってくる。
「うるさいな。普段からあんまりメールでやりとりしないんだよ!」
万が一本当に何も来ていないときのための予防線を張りながらスマホを取り出す。
「あれ……なんか引っかかって、なかなか……よいしょ、やっと取れた」
どうせ圏外だからと、電源を落としていたスマホのスイッチを押す。やがて画面が明るくなって、スマホのメーカーロゴが表示される。
そのロゴが消えた次の瞬間。
ピロン
ピロン
ピロン
ピロン
ピロン
ピロン
ピロン
「わ、わっ!止まらない、ちょっ……」
連続で鳴る通知音に戸惑って、どうしたらいいのかわからなくなっていると、冬弥がサッと僕のスマホを取ってメッセージアプリを立ち上げた。
ピロン
すると一回だけ鳴って怒涛の通知音は止まった。
「ほら。アプリを立ち上げればいいんだよ。アプリを立ち上げれば、もう通知する必要はないんだから」
冬弥がそう言いながら僕の手にスマホを戻す。
「びっくりしたぁ……。あんな連続で鳴るなんて」
そう言いながらスマホの画面を見て、言葉が止まった。
画面にはメッセージアプリで友達登録している人が並んでいるけど、一人だけ新規メッセージの数がめちゃくちゃ多い人がいる。
「やっぱり紗羅かぁ。怒ってないといいけど」
そう言いながら紗羅の名前をタップすると、ずらりと短文のメッセージが表示された。
「おーちゃんいまどこ?」
「おでかけ?」
「今おーちゃんの部屋」
「まだ帰ってこないの?」
こんな感じで所在を聞く内容が並んでいる。なにしろ黙って出てきている上に何も言わずに外泊までしてるわけだから無理もない。
「うわ、逢介……。しっかり蒲生にバレてんじゃん」
僕のスマホをのぞいた冬弥が苦笑いしながらそう言った。
「バレるも何も……。紗羅は屋根伝いに僕の部屋に来たりするから、いないことはすぐに気づくよ」
画面をスクロールしながら言うと、冬弥が前のめりになって聞いてくる。
「え、なになに!蒲生は逢介の部屋に頻繁に来たりするの?屋根伝いにって、何のマンガだよ」
しまった。こんな反応をするのが分かりきってたから、言わないようにしてたのに。
「いいだろそんなこと……あれ?」
食いついて、顔を寄せてくる冬弥を押し返しながらメッセージを見ていくと、だんだん紗羅の様子が変わっていく。
「冬弥君も連絡取れなかった。一緒にいるの?心霊スポットに連れていかれたの?」
「帰ってきたらお話しがあります」
どうやら紗羅は僕に連絡がつかないことから、冬弥にどこかに連れて行かれたという所に考えが至ったらしい。
「あーあ、冬弥。これはお説教されるやつだよ?」
「げ……。まぁ仕方ないかぁ」
さすがに何も言わずに丸一日消息不明になるようなことをしたら怒られるのも仕方ない。冬弥もおとなしく叱られに行くようだ。
と、そこまではよかった。
いつもの行いから、どうせ冬弥が僕を心霊スポットに連れて行ったんだろう。その考えに至るのはもはや当然の流れだと思う。実際そうだし……。
でも、そうだろうと思っていても不安だったのか、紗羅の質問の雰囲気が変わる。
「ねえ、冬弥君と一緒にいるんだよね?」
「無視してるわけじゃないよね?」
「おーちゃん?」
この時点で当日の深夜。夜中になっても返信どころか既読もつかないことに紗羅は不安になったのか、「まだ?」とか「ねえ」とか短文のメッセージが連続で入っている。
「これは……。怒ってるって言うよりも、めちゃめちゃ心配してるよね。これ、なんて返信したらいいと思う?」
いくら夏休みとはいえ、明け方まで紗羅のメッセージは入っている。
これはかなり心配をかけている。
「いや……、どうだろう?なんか軽く返してみたら?ごめんごめん!とかってさ」
「適当に言ってないか?どんな反応が来るか怖いんだけど……」
そう言ってなかなか返事を返せないでいると、いつのまにかコンビニに着いていて、穂積さんがサイドブレーキを引いた。
「それは別の心配だと思いますよ?冬弥さんと一緒だということをちゃんと伝えないと、後が大変になると思います。ここは冬弥さんが連絡して事情を話して謝った方がいいかと」
穂積さんがそう言うと、冬弥はわかりやすく嫌そうな顔をした。
「ええ……、それってめっちゃ怒られるやつじゃん。逢介、なんか適当に返事しろって」
「適当にって、だからなんて返せば……」
そう言い合っていると、僕がメッセージアプリを開いたことで、紗羅の方でも既読がついたんだろう。
電話がかかってきた。
……正直この時の着信音は、心霊スポットで聞く不審な音よりもずっと怖かった。
廃村の怪異
村の有力者同士の争いを収めようとした女の子の後悔が原因となっていた。
逢介は実際に話して深く同情したのか、詳しい話は教えてくれなかった。
帰ったら蒲生にめっちゃ怒られた。黙って行ったこと、逢介を危険な目に合わせたこと、すぐに連絡しなかったこと。全部で二時間くらい説教されてたと思う。
でも、それだけ説教している間、逢介のそばからずっと離れない蒲生の様子を見て、ちょっとだけ逢介を羨ましく思ったのは内緒だ。
信ぴょう性 A
危険度 C




