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見える僕と見えない彼女 心霊奇譚  作者: こばん
第八話

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8-6 朱色の手鏡

「いや、お手伝いとかじゃないな……。ほら、この着物なんて柄がきれいだろ?こんな手の込んだ着物は、立場のある人が着るもんだ」


冬弥がそう言って、置いてあった着物を少し広げて見せたが、正直よくわからなかった。

着物の良し悪しもわかるのか、そこはさすがだと思う。


「お!見ろよ。なんかのお札が貼ってあるぞ?これは何の意味があるんだろうな」


……せっかく感心したのに、それがなければなぁ。


僕が呆れて見つめていると、冬弥は再び首を傾げる。


「このお札……どこかで」


そう呟き、しばらく考え込んだ冬弥はちょっと待ってて、と言い残して部屋を出て行った。

それを不思議に思っている時だった。


「あ、あれ?ペンライトが……。充電切れちゃった?」


僕が持っているペンライトの灯りが急に消えた。さっき見た時、充電のゲージはマックス近かったはずなのに。


そう思いながら、スイッチを入り切りしたりライトを振ったりしていると、何かの拍子にパッとつくがまた消える。


これは……接触不良かなぁ。


そう考えながら、スイッチを触っているときだった。


パッと一瞬灯りがついて消える。その灯りがついた瞬間、部屋の奥に人が立っているような気がした。


「うっ!」


慌てて人影が見えたところを見るけど、暗いし何も見えない。


「…………っ!」


意識は人影が見えたところに持っていかれて、無意識に動いていた指が、ライトのスイッチを押していた。

次に灯りがついて、消えたその瞬間……。


確かに見た。涼しげな花柄の着物をきた女の人が、暗い表情で、僕の方をじっと見ていた。


「うわわああっ!」


僕はもう動けなくなり、その場でライトのスイッチを押しまくる。

暗闇のなか、カチカチというスイッチの音と一緒に音が聞こえてきた。


ミシ……ミシ……


畳を踏む足音だ……。


冬弥じゃない。冬弥ならもう少し勢いよく歩く。聞こえてくる足音は、子供がそっと足音を忍ばせるような小さい物だった。


「ひいいぃ……」


近付いてくる足音に、僕は金縛りにあったように動けなくなる。ミシと聞こえてくるたびに心拍が跳ね上がり、もう僕のすぐ近くに足音に主が立っている。そんな気さえして震えていると、すぐ近くからカランという音がした。

半泣きの状態で顔を上げると、部屋の中央にさっきまで無かった物がある事に気付いた。


「え……?」


それは古びた手鏡だった。元はたぶん鮮やかな朱色だったと思われるその手鏡は、立てて置ける台座と一緒に畳の上に転がっている。


「あ……」


遅ればせながら、なぜ手鏡が見えるのか気付いた。いつの間にかペンライトは普通に点灯していた……。

震える手を伸ばして、その手鏡を手に取る。いきなり出てきた古びた手鏡だ、いつもの僕なら気味悪がって触ろうなんてしないはずだけど、この時はなぜかそうしないといけないように感じたんだ。


埃で鏡の表面はぼんやりとしか映してきれない。裏は朱色の漆で仕上げてあったんだろうけど、ほとんどが剥がれてしまい、黒い下地が見えている。そばに転がている台座もほとんど同じ状態だ。

袖で鏡の表面をそっと拭うと、鏡の部分だけはきれいに半泣きの僕の顔を映し出した。


「何してんの逢介。鏡なんて見つめて……。お前自分大好き人間だったっけ?」


そうしていると戻って来た冬弥が人をナルシストみたいに言う。その横に立っている穂積さんはじっと僕が持っている手鏡を見つめていた。

この手鏡が急に現れたなんて言ったら、冬弥がまた大興奮するのは目に見えているので、僕は適当に言ってごまかす。


「ふーん、まあいいや。ほら、穂積さん!このお札なんだけどさ?」


その辺に転がっていたという僕が言うと、冬弥はもう興味も無くなったのか軽く流して、穂積さんにさっき見つけたお札を見せていた。


「なるほど……ウチの流派で使うものとは違いますが、書かれている文言から、呪い避けみたいなものかと。」


お札を眺めた穂積さんはそう言い、部屋の中をきょろきょろと見まわす。


「どうやらこの部屋の中に呪いが及ばないようにしてあったようですね。ところで逢介さん、その鏡ですが……」


お札のことを簡単に説明した穂積さんは、そんなことよりも……と言う感じで、僕が持っている手鏡に言及しようとする。


「わ!あ……えっと、すごいですね見ただけでお札の効力とかがわかるもんなんですね?」


僕が鏡から話を逸らそうとしていることに気付いたのか、しばらく首を傾げて僕を見つめていた穂積さんは僕の話に合わせてくれた。


「はい。と言っても正確なことは分かりません。あくまで書かれている字や言葉から想像しただけです。ただ……」


穂積さんはそこまで言うと、再び部屋をぐるっと見回した。


「このお屋敷の方は、呪いに対抗する手段を探していたはずです。それなのに、お札が貼ってあるのがこの部屋だけとは……違和感を感じてしまいますね」


確かに……。冬弥が見つけてきた手帳には、神社やお寺に相談して霊能者まで探してきて対抗策を探していた。このお札が呪いに対して効果があるのなら、

家中に貼ってないとおかしい。


「ふーん、確かになぁ。この部屋には特に大事なものがあったとかか?こんな場所に娘さんの部屋があるのも変だしな?」


「なんで娘さんってわかる……ああ、着物か」


冬弥になんで娘さんだってわかるのか聞こうと思った僕は、さっき冬弥が着物を見ただけでお手伝いさんとかじゃないと言っていたことを思い出す。いや、でもそれだけじゃ奥さんの可能性もあるはずだ。


そう言うと、冬弥はニヤッと笑って言った。


「まぁ、逢介には着物の種類なんかわからないか!いいか?奥にいくつか着物が掛けてあるだろ?そこに小振袖がある。振袖は一般的に未婚の女性が着るものだし、色合いや柄を見ても若い女性が着るようなものだからな」


そう言ってどや顔をしている冬弥を見ながら、僕は思わず持っていた手鏡を握りしめる。


「き……着物なんて普段全く見る機会もないのに、種類なんてわかるはずないだろ……。」


……未婚の若い女性、朱色の元はきれいだったと思われる手鏡。そこに何の関係もないとは思えない。

そう考え、背中にゾクリとしたものを感じながら、僕はその考えを振り払うように、少し強がって言い返していた。


「でも冬弥さん、娘さんの部屋にしてはおかしくないですか?」


また部屋を見ながら穂積さんがそう言って、冬弥は頷いた。


「そうなんだよな。お札の種類からその理由が分からないかなぁって思ったんだけど」


冬弥がそう言うと穂積さんは首を振った。


「いえ、お札には特別な文言は見られません」


何がおかしいのか全く分からない僕は、遠慮がちに口を挟んだ。


「何がそんなにおかしいのさ?」


そう聞くと、穂積さんが優しく教えてくれた。


「この部屋は位置的に身分の低い人が使う部屋なのです。部屋の広さも狭く、玄関やお不浄に近いこの部屋は、通常であれば住み込みのお手伝いさんなどが使う場所です。このお屋敷が使われていたのは、残置物などから察するに昭和にもなっていない頃……明治くらいだと想定されます。まだまだ身分の差がしっかりしていた時代ですので、このお部屋を血縁の方が使っていることは変なのですよ」


「へえ、なるほど……そうだったんですね」


丁寧に説明してくれた穂積さんの言葉に感心しながら相槌を打っていると、穂積さんがスッと顔を寄せてきてこっそりと話してくる。


「変と言えば逢介さんが先ほど持っていた手鏡もですよ?呪物の可能性もありますから、後で見せてくださいね」


さらりとそう言われ、僕は無意識のうちにずっと後ろ手に隠していた手鏡をぎゅっと握りしめた。


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