8-5 かすかな気配
僕は反射的にガバッと振り向いた。
しかし、そこには暗闇が広がるばかりでなんの音もしなければ誰かがいるような気配もしない。
「どうしたんだ逢介?……もしかして何か見たのか?」
嬉しそうに言う冬弥に、逢介は肩を落としながら自分が見たものを伝えた。
「ふんふん、さすがだな逢介!!もしかしたらこの屋敷の主人かもな。どっち行った?」
追いかける気満々か!
「なんでわざわざ近づくんだよ……。やだよ、言わない」
そう言って顔を逸らした僕に、冬弥は少し考えてこう言った。
「そうか、わかったよ。でも向こうは逢介を気にしてるみたいだぜ?」
「ええっ!」
こっちの方を気にする素振りはなかったのに。そう思いながら振り返って、さっきの人が消えて行った方向を見る。
「……え?あっ。」
冬弥は僕を見てニヤニヤしている。やられた……。
「お前は素直だなぁ!」
そう言って僕の肩をポンポンと叩くと、玄関から見て突き当たりを右に行った奥の方。さっきの人が向かった方に冬弥は歩いて行った。
「…………」
足を上げては引っ込め、戻るには気になる。進むも戻るもできないでその場で足踏みしているうちに、調べてきたのか冬弥は戻ってきた。
「何してんの、そんなとこで足踏みして」
「……何でもない。それより何かいた?」
僕がそう聞くと、冬弥は曖昧な返事をしてくる。
「いや……まぁ、いつも通り俺には何も見えないんだけどさ?代わりに見つけたのが……」
そう言って古びた手帳を見せてきた。
「それは?」
「あの奥は、小さめの部屋があったんだ。多分ここの主人の部屋なのかな?そこにあったんだ。日記みたいなものでさ、その日あったことなんかを書いてあったんだけど……」
珍しく口が重い。なんでもずけずけ言うタイプの冬弥にしては、珍しい反応だ。
これは聞かないほうがマシのような気がして、言わなくていい。そう言おうとしたけど、冬弥が話す方が早かった。
「ちょっとしか読んでないんだけどさ、多分ここと仲が悪いっていうもう一つの家、小島家っていうらしいんだけど、もうこれでもかってくらい書いてあった」
少し顔を引きつらせながらそう言った冬弥に、思わず聞いてしまった。
「え、何が?」
「その小島家に対する悪口。言いがかりだろってのも含めて毎日毎日……。なんかいつも邪魔するとか、生意気だとか……。しまいには天気が悪いのとか、米の出来が悪いのも小島のせいだとか書いてある。なんか、こんな立派な屋敷の主がみっともねーなってくらい……」
冬弥がそこまで言うくらいだから、相当書いてあったんだろう。
「でもよ、面白いことも書いてあったんだ」
「おもしろいこと?」
僕が聞くと、冬弥はニヤリと笑って言った。
「……呪いについて」
それを聞いて、僕は嫌な予感でいっぱいになった。そんなもん見たら冬弥が試すに決まってる。
そう思っていると、冬弥は僕を見て苦笑いの表情になった。
「俺がやりそうって思ってるだろ、確かに興味はあるけどな?残念だけどこの手帳によると、呪いをかけるんじゃなくて、防ぐ方法を探していたみたいだな。あちこちから霊能者とか呼んだとも書いてあるし、神社やお寺なんかにも相談していたみたいだ。どうやらこの屋敷の主人は、その小島家から呪いをかけられているって思いこんでいたみたいだな」
そして結果的に村は廃村になっている。でも、その原因が呪いだっだとは限らないはずだ。過疎化が進んで廃村になった小さな集落ぐらいいくらでもある。
「でもよかったよ。ほんとにそこに呪いのかけ方がかいてあったら、冬弥を止めないといけないからね。呪いなんてものやると、ロクなことがないに決まってる」
「さすが逢介さん。全くもってその通りです」
「ひょっ!」
冬弥に向かって話していると、急に暗がりから声が聞こえ、僕の口から変な声が飛び出る。
見ると、穂積さんが立っていた。足音くらいさせてほしい……。
「昔から人を呪わば穴二つとはよく言ったものです。呪いとは本来自分の身を捨てて相手を不幸にするものです」
「ふ……ま、まぁそうだよな。ロクなもんじゃないよな。……ふふっ」
穂積さんは少し申し訳なさそうな顔をしながらそう言って、冬弥もそれを納得しているようだけど、笑いを堪えながら言ってるから全然真面目に聞こえない。
……とりあえず肩にパンチしておく。
「このお屋敷は高台にあるためか、場所によってはギリギリスマホの電波が入る場所がありました。何度も途中で切れましたが、なんとか高橋さんと連絡がとれて、こちらの状況は伝えてあります」
穂積さんはどうやらうまく連絡をとってくれたらしい。
「向こうでも調べてくれたのですが、枯れ川が急に水で溢れた原因は、もともとあった農業用の溜池が決壊しているとのことでした」
意外にちゃんとした理由があった。冬弥は「なんだ、霊の仕業とかじゃないのかよ……」と、残念がっている。
「いえ、これまで何事もなかった溜池が急に決壊した理由は不明です。一概にそうは言えないかと……」
穂積さんが付け加えた言葉に、僕の顔は引きつり冬弥は喜んだ。
「まだワンチャンあるな!」
「なくていいよ、もう。それで、迎えとかは……」
僕は一縷の期待を込めて穂積さんにそう聞いてみた。すると穂積さんは微笑みながら言った。
「はい。高橋さんはヘリを飛ばそうかと言っていましたが、そこまでするほどのことではありませんし、溜池の水も明日には倒れる程度になるということでしたので、お断りしておきました。明日はゆっくり探索できますよ?」
違う、そうじゃない……。
僕に向かって微笑みながらそう言った穂積さんとは、一度ゆっくり話し合う必要があるのかもしれない……。
「逢介さんもなんだかんだ言いながら、よくこういう場所に行っておられるようなので、意外とお好きなのかと」
「そうそう!口では色々いうけど、結局来るしさ、好きなんだよコイツ!」
冬弥が僕の肩をに腕を回して言う。さりげなく僕の口を塞ぎながら。
どっちにしても、ほとんど電波のないところで通信をしていたからか、穂積さんのスマホは電池が切れてしまったとのこと。
でも、少なくとも帰れる目処がついたことで僕たちの気分はだいぶ上向きになっていた。
そんな僕たちを悲しい眼差しで見つめている存在に気づきもしないで……。
「よし、今度は反対側行ってみようぜ!」
冬弥もすっかり元気になってしまい、一度最初に入った、玄関近くの座敷まで戻ってきたんだけど、今度は逆の方向に行こうと言い出す。
僕が渋ると一人でも行こうとするので、仕方なく付き合った。
そうじゃないと穂積さんと二人きりでいることになる。あまり慣れていない女の人と一緒にいるのも気詰まりに感じたからだ。
「こっちは小さい部屋が多いな?」
冬弥が、一つ一つの部屋を覗きながらそう言った。さっきまでは大きく立派な部屋ばかりだったので、こっちは内向きの部屋なのかもしれない。
「ここは……トイレか。見ろよ逢介、ボットン便所ってやつだぜ。あれ、床が抜けたりしないのかなぁ。俺は幽霊より、ここで用をたす方が怖いけどな」
古めかしい作りのトイレを恐々覗きながら冬弥はそう言った。
確かに床板一枚すぐ下が便槽というのは怖いし、それに加えて下から何か出てきそうで怖い。
古いトイレをしばらく眺めて、先に進む。すると廊下は突き当たって、残す部屋は一つになった。
「大したもの無かったな。ここは……、ん?ここはなんか雰囲気が違うな」
冬弥が言うように、これまで見てきた部屋とは少し違う。まずほとんど物がないし、わずかにある荷物は端に寄せられている。
「女の人の部屋だったのかな?ほら、鏡台も置いてあるし、もうぼろぼろだけど着物も掛けてあるよ」
僕も部屋の中に入って、部屋の中を見渡しながらそう言うと、冬弥はそれを見て少し首を傾げていた。




