7-6 禍々しい手
「なるほど、人避けの類いかい」
お師匠さまはそう言うと、紗羅に何か耳打ちした。紗羅は真剣な顔で頷くと、僕をかばうような位置に立った。
「お前さん達は……狙われはしないと思うけど、気を付けるんだよ?」
冬弥とあきらにそう言ったお師匠さまは、紗羅のリュックからルゥちゃんを出すと、その背中に手を置いて目を閉じた。
「こいつは驚いた……この人形に込められた魂は日本人の子供の物だね。思念が日本語だ、帰りたかったって言ってる。」
お師匠さまの言葉に、全員の視線がルゥちゃんに集まる。
「どうして日本人が……え?もしかして」
冬弥が何か思い当たったのか、真面目な顔になってお師匠さまを見る。
「多分そうだろうさ。非合法な手段で日本人の子供を手に入れて、この人形に魂を込めた」
冬弥の言葉に頷いてお師匠さまはそう言った。
「非合法って……冬弥?」
わけが分からず、僕は冬弥に説明を求めた。冬弥はそれまでと違って、痛ましいような目でルゥちゃんを見ながら話しだした。
「さっきも言ったけど、ルクテープは不幸にも亡くなった子供の魂を人形に込めて、それを可愛がって大切にすることで福を招くって代物だ。でも逆に恨みを持って死んだ子供の魂を込めて、その人形を呪いたい相手に送り付けるって話も聞いたことあるんだ。そして、最も効果的なのはその呪いたい相手に縁のある子どもの魂を使うことって言われてる。相手側は呪いを跳ねのけようとしても、子供は帰りたいからその相手の所に行こうとする。確かそんな感じだった」
冬弥がそう言うとお師匠さまも悲しそうにルゥちゃんを見た。
「なるほどの。つまり呪いをかけることを生業にしている呪術師が、日本人の子供をさらってこの人形に込めたってわけか。日本にいる誰かを呪うために……」
もしそれが本当だったらつらすぎる。この子がわざと盗まれてでも日本に帰りたかった気持ちも、あいつらの元に戻りたくない気持ちもよくわかる。
「その、お師匠さま?この子の家族の所に戻してあげることって……」
僕がそう言うと、お師匠さまは悲しそうに首を横に振る。
「残念じゃが、この子からは帰りたいという思念しかわからん。行方不明の子供を調べてこの人形を持っていくわけにもいかんじゃろ。二重にショックを受けるぞ?」
お師匠さまの言葉に僕は項垂れた。
子供が亡くなっていて、しかも呪術に使われて魂はこの人形の中に入ってますなんて説明できるわけがない。
「来たよ」
その時、紗羅の緊張した声が聞こえた。顔を上げるとさっきの外国人たちが僕たちを囲むようにして近寄ってきている。
「やはり後をつけておったか。人避けの呪いまで使って大層なことやんに」
心なしか憎々しげな雰囲気でお師匠さまはルゥちゃんを僕に渡すと立ち上がった。
少しづつ近づいてくる外国人たち。そこから二人の男が前に出てきた。一人はさっきの呪術師らしき男で、もう一人は……日本人だった。
「*******」
呪術師らしき男が、何かを言う。するとそれを日本人の男が通訳するように言った。
「お前たちが持っている人形は私たちの物だから返せと言っている。返した方がいいぞ?こいつらは何をするか分からん。ああ、助けを呼んでも無駄だ。一時的にここには誰も入れなくなっている」
日本人の男はそう言うと、周りを指し示した。周りを取り囲んだ外国人の男たちはこちらを威圧するように立っている。
「ひゃっひゃっ。この人形は商品でお前さんはそのブローカーってわけかい。外国でそんなに都合よく日本人の子供が手に入るわけはないもんなぁ?」
お師匠さまがそう言うと、日本人の男の雰囲気が変わった。
「婆さん、なにもんか知らんが余計なこと言うと残り少ない寿命が一気になくなるぞ?」
低い声でそう言うと、呪術師らしき男に何か言った。呪術師の男は何度か頷くと、周りの男たちに何か指示を出した。
「紗羅!こいつらは非合法な組織じゃ。遠慮はいらんぞ!」
お師匠さまが鋭い声で言うと、紗羅は頷いて身構えた。そして無造作に近づいてきた男にひねりを加えた横蹴りを叩きこんだ。
「ぐうおっ!」
子供と老人しかいないと油断していたのだろう。その外国人は数メートル飛ばされて動かなくなった。
「こええ……やっぱ蒲生には逆らわないでおこ」
僕の隣で冬弥が呟く。たしかに手加減なしの紗羅の攻撃はちょっと信じられない威力がある。
「******!」
外国人の男たちがそれを見て色めき立つ。口々に何か叫びながら人形を奪おうと近寄ってきた。
「おーちゃんに近付くな!」
僕に向かって手を伸ばしてきた外国人に紗羅がそう言いながら蹴りを放った。しかし今度は相手も油断していない。きっちり腕でガードしている。
「ふっ!」
がっちりガードされたかに見えた紗羅の蹴り足が、そこから跳ねるように上がって、男のあごを蹴り抜いた。男の目が揺らいで膝から崩れ落ちるのがまるでスローモーションのように見える。
僕も紗羅に引っ張り出されて、稽古に付き合うようになって紗羅の攻撃の巧みさは肌で味わっている。あの足はどれだけガードしても自在に動いて急所を蹴り抜いてくる。
そちらに気を取られていると、反対側からも手が伸びてくる。それをお師匠さまが邪魔をした。
「****!」
何か叫んでお師匠さまを突き飛ばそうとした外国人に、お師匠さまは杖を巧みに使って地面に引き倒した。
「こりゃ、年寄りはいたわらんかい!」
そう言って、杖で男の腹を突いた。どすっという音がして外国人は白目をむいた。そしてお師匠さまはその後ろにいる男に向き合った。その杖が男に向けられたと思ったら、それよりも早く飛び込んできた紗羅が男を蹴った。
「お師匠さま、また腰を痛めるから無理はしないで!」
「ひゃっひゃっ、この程度でどうにかなるもんかい!こんなもん準備運動やんに」
嬉々として杖を振り回すお師匠さまと、素早く動いて致命的な蹴りを繰り出す紗羅。気付けば冬弥も棒きれを拾って振り回してる。
紗羅たちに守られながらふと気づくと、呪術師らしき男が地面に胡坐をかいて目を閉じて怪しげな動きをしている。
すると僕が持っているルゥちゃんがびくっと硬直するように動いた。そして僕身体は意思に反して呪術師の男に向かって歩き出そうとしている。
(逢介!しっかりしなさい)
その声に僕はハッとなって、ルゥちゃんを抱きしめた。すると僕と呪術師の男につながっていた何かが切れたような感覚があった。
(その子を離しちゃダメ!あなた達は私が守るから!)
どこからか聞こえるお姉ちゃんの声に励まされて、僕はルゥちゃんを強く抱きしめた。その時、僕の目にもはっきりと見えた。ルゥちゃんの背中をわしづかみにするような禍々しい手が。
「くっ、この!放せっ!」
僕は夢中でその手を引きはがした。その禍々しい手はしつこくルゥちゃんの背中を掴んでいる。
(逢介っ!)
お姉ちゃんの声が聞こえて、まるで手伝ってくれたように僕はその手をルゥちゃんから引きはがすことができた。禍々しいその手はルゥちゃんから完全に離れるとすうっと消えてなくなった。
「ぐうっ!」
それと同時に座っていた呪術師らしき男が、前のめりに倒れた。その隣にいる日本人の男は、呪術師が苦しんでいるのを見て、焦っている。
「ほほう!つながりを断ちおった!」
お師匠さまが僕の方を見て、嬉しそうな顔をしてそう言った。




