7−4 深まる謎
冬弥は興味津々の様子で、人形を眺めながら言った。
「ルクテープってのは、タイだったかな?その辺の国ではとてもメジャーなやつで、精巧に作った人形に死んじゃった子供の魂を封じ込めてあるらしい」
僕は思わず表情を歪める。子供の魂を封じ込めるだって?
「そんな顔するなって。でも、ルクテープは福を呼ぶって言われてるんだよ。この人形を本当の子供みたいに可愛がって、大切にしてる限りな?」
そう言ってニコッと笑う冬弥を、僕は疑わしそうに見た。
「なるほど、大切にしてる限り福を呼ぶけどそうじゃないと祟りがあるわけだ」
そしてそう言うと、冬弥は意外そうに僕を見た。
「おっ!よくわかったな?知ってたのか?」
「やっぱりか……。いや、知らないけど冬弥がそんな大切にしてればいいことがある、みたいな話に興味を持つわけないと思って……。呪いとか祟りとかの話じゃないとさ」
僕が言った言葉を聞いて、冬弥は一瞬目を丸くした後、大笑いし出した。
「なるほど、そうか!逢介もなかなか俺のことわかってきたなぁ?」
やっぱり……。笑っている冬弥を半目で見ていると、紗羅が口を挟んだ。
「なるほど、冬弥くんが相変わらずなのはわかった。それで、どこに行くの冬弥くん?」
そう言われて冬弥がぴたりと足を止めた。
--気づかなかった。
僕と並んで会話しながら歩いていたはずなのに、冬弥は少しずつ離れて行っていた。
「いや……俺は。うーん?」
冬弥も何か考えて、そうしていたわけではないらしく、紗羅に言われて気づいたみたいだ。
「ひゃっひゃっ!その人形は元の持ち主のところに、よほど帰りたくないみたいだねぇ。思えばそいつには持ち主が手放そうとしない限りは手元に残るようなまじないをかけた跡がある。それなのに、普通の人のそこの女が盗み出せたのが不思議だったさあ」
ふと気づけば、紗羅のお師匠さまがいた。駅はもう少し先だから、お師匠さまも僕たちの方に向かっていたようだ。
「お師匠さま、どういうこと?この人形は逃げたがってるってこと?」
あわよくば元の持ち主に返そうと僕たちは走り回ったわけなのに、雲行きが怪しくなってきたのを感じて紗羅はお師匠さまに問い詰めるように言った。
「場所をかえようか?」
ニヤリと笑ったお師匠さまはそう言った。
駅前のファミレスに入って、汗ばんだ身体が冷えていく。僕と一緒に走り回って、タオルで汗を拭っていた紗羅も隣で気持ちよさそうな顔をしている。
「初めまして!蒲生さんの友人で、倉田冬弥って言います」
「ひゃっひゃっ……そうかいそうかい。紗羅にもちゃんと友達ができてるみたいで安心したよ。向こうではあまり友人ができなかったからねぇ」
冬弥が挨拶すると、お師匠さまはそう言って嬉しそうに笑った。
「もう!お師匠さま、余計なこと言わないで!……向こうでは学校以外はほとんど修行だったから、あえて友達は作らないようにしてただけ!」
頬を膨らまして紗羅がそう言うと、お師匠さまはさらに愉快そうに笑った。
「いらっしゃいませ、ご注文がお決まりになられましたら、そちらのボタンでお知らせください」
「あ、ありがとうございます」
店員さんがお冷やとメニューを持ってきてくれたので、僕はそう言いながら、お冷とメニューを回す。
店員さんは何も言わなかったけど、明らかに居心地悪そうにしている人形泥棒の女性と、無駄にリアルな人形が、本物の子供みたいに座っているのを見て、気味悪そうにしていた。
「ははっ!日本だとあんなかんじだけどな?タイでは普通に受け入れられてるらしいぞ?有名人の人も持ってる人がいたり、タイの航空会社だと人形用の席や食事までプランに入ってたりするって聞いたよ。ほら、そんなふうに……」
そう言って冬弥は僕と紗羅の間に置いてある人形の方を指した。
「あっ!」
気づかなかったけど、店員のお姉さんはお冷やを人数分より多く持って来ている。
一つ多いお冷やは、自然と人形の前に置かれていた……。
「も、もっ!もしかしたら……」
「精巧に作ってはあるが、普通に人形じゃから見間違うことはないなぁ?」
怖くなった僕が本物の子供と見間違えた説を推そうとしたら、お師匠さまがにべもなくそう言った。
僕がジトっとした目で見ると、お師匠さまは愉快そうに笑った。
気さくな性格みたいですぐに馴染んだけど、お師匠さまはどこか冬弥と似ている。
「それよりも、お師匠さま。さっきの続きは?」
気になっているのか、紗羅がお師匠さまをせっつく。
お師匠さまはお冷やを半分ほど一気に飲むと頷いて話した。
「アタシも詳しくは知らないが、そいつは呪術師によって魂を封じ込められる。その時に固定化の呪いもかけるらしいからの。そもそもその女が盗めるはずがないんだよ」
全員の視線が集まり、女性は居心地悪そうにしている。
「大体、なんでこんなもの盗もうとしたんだい?」
お師匠さまにそう言われて、盗んだ女性はポカンとした顔をする。
「そっ、そりゃあ……高く売れるって聞いたから……」
そう答える女性に、お師匠さまが畳み掛けるように言った。
「そいつは誰に聞いたんだい?」
「誰にって……あれ?えっ、私はなんで……」
お師匠さまに問い詰められて、女性は初めて気づいたみたいになって、その後は気味が悪そうに人形を見た。
「ほらね?アタシも暇じゃない。こいつはただの盗みや置き引きって話じゃないのさ。こいつはもう少し揉めるよ?」
そう言うと、お師匠さまはまた愉快そうに笑う。
僕は間違いなくお師匠さまは冬弥と同じタイプだと確信して、紗羅はうんざりした目で見ていた。
◆◆ ◆◆
「アンタはもう行っていいよ。大方この人形がたまたま盗むことに躊躇いがないアンタを見つけて、盗むように仕向けたんだろうさ」
お師匠さまが人形を盗んだ女性にそう言った。女性はどうして自分がこの人形を盗めばお金になると思ったのかが、本気でわからない様子だった。
お師匠さまに行っていいと言われて、しきりに首を傾げながら去っていった。
そして僕たちが注文したものを飲んだりしている時だった。一番道路が見える席に座っていた冬弥が外を指差しながら言った。
「おい、あれ見ろよ」
そこには数人の東南アジア系の外国人が、何かを探しながら歩いている姿があった。
「もしかしてあの人たちかな?この人形の元の持ち主って……あれ?」
僕がそう言いながら人形が置いてあった場所を見ると、そこに人形はなかった。
「あれ?ここに置いてたよね?」
慌てて辺りを探すけどどこにもない。テーブルの下まで見たが落ちてたりもしていない。
僕と紗羅の間に座らせていたはずなのに……。
「ねえ、おーちゃん……」
僕がキョロキョロとしていると、紗羅がひきつった顔で僕の肩を叩いた。
紗羅の方を見ると、隣に置いている自分のリュックを指差している。
「え!?」
そこには、無理やりリュックの中に入れようとしたみたいに、足がはみ出した人形の姿がある。
それをしばらく呆然と見ていると、紗羅が口を開いた。
「冬弥くんが外国人の姿を見つけて、みんなが窓の外を見ている時に、人形が私を乗り越えてリュックの中に頭から突っ込んだ……」
と、信じられないものを見た顔で紗羅は言った。




