7-3 ルクテープ
「お師匠さまがそこまで言うってことは、結構まずいみたい。おーちゃんあの女の人の周りに見えるもの、全部教えて!」
紗羅が少し焦ったような言い方をしてくるので、僕は目を凝らして見えた事を紗羅に伝えていく。
「やっぱりその人形が原因で……その黒いモヤをどうにかできればまず女性は助けられるはず」
確かに、人形の入ったバッグから出てくる黒いモヤが女性の背中に張り付いて動きを支配しているようにも見える。
「ひゃっひゃっ。そう思うならやってみることだね。」
女性を押さえたまま、紗羅のお師匠さまはそう言った。
まるで、できるものならやってみろと言ってるような態度にムッとした紗羅は、僕に確認しながら黒いモヤを引き剥がしにかかった。
「アァァアア!」
女性は激しく身をよじり、抵抗してくる。その動き方に僕は違和感を感じた。
黒いモヤが女性を動かして、そうさせているというよりも、女性自身がみずから動いて邪魔をしているように見えたからだ。
「紗羅、ちょっと待って!」
僕はそういいながら紗羅を止めようとしたが、それよりも先に紗羅の手はモヤを掴み、無理やり引き剥がした。
ガクンと力が抜けたようになる女性を見て、紗羅は確信したようにお師匠さまを見た。
すると次の瞬間、頭を上げた女性は鬼のような形相で紗羅を突き飛ばした。
「きゃ」
不意をつかれた紗羅は、足がもつれて倒れそうになったけど、後ろにいた僕が受け止めることができた。しかし、その女性は突き飛ばした時に無理な動きをしたのか、お師匠さまが掴んでいた腕を押さえて立っていた。
「うぉい、むちゃしーねーあぶなさるど?」
お師匠さまが呆れたように言った。今のはなんとなくわかった。
無理やり動いた女性に無茶して危ないって言ったんだと思う。
きっとそのままだと、腕が折れそうだったんだろう。
女性は数歩下がってバッグを脇に抱え、僕たちやお師匠さまを交互に睨んでいる。歯を剥き出しにして睨む様は、威嚇する野生動物みたいだ。
「紗羅、多分僕たち勘違いしてる。原因があの人形には違いないと思うけど、あの女の人も手放したくないんだよ。大事な物なんじゃないかな?」
僕がそういうと、お師匠さまがひゃっひゃと笑う。
「大事なものかー。確かにそうかもな。苦労して盗んだものだからな。そりゃ大事やっさ」
「盗んだ?」
お師匠さまの言った言葉に、僕と紗羅が同時に聞き返した。
「その女、観光に来てた外国人が持ってたバッグを盗んだんだよ」
そう言ったお師匠さまを睨んだ女の人は、噛みつきそうな顔をしながらお師匠さまの手を振り解くと、物凄い勢いで駆け出した。
「ほらほらぁ、逃げるよー。紗羅や、どうする?」
そう言うお師匠さまは、どこか楽しそうにしている。
僕に背中を支えられたままの紗羅は、悔しそうにお師匠さまと逃げる女の人を見て、僕を見上げて言った。
「捕まえる。このままだと、せっかく捕まえたのを私が逃したってずっと言われる。ごめん、おーちゃん手伝って?」
そんなすがるような目で見られたら、僕に断るという選択肢はなくなる。
「急ごう!」
返事をする代わりにそう言った僕は、紗羅の返事も待たずに走り出した。
パタパタと足音がついてくるのを確認しながら、速度を上げる。
ここは駅通りで通行人も車もそれなりに多い。闇雲に走ってもそれらに遮られて、思うように走れない。
案の定、女の人は通行人が邪魔でそこまで距離は離れてない。
「ごめんなさーい!通ります、すいません!」
僕が手を上げながら、大声でそう叫ぶと通行人の人達が何事かと見てくる。
こっちを気にしてくれるのであれば、ぶつからずに進めるのだ。
「おーちゃん、すごい!」
後ろから紗羅の声が聞こえるけど、実はこのやり方は冬弥がやっていたことを真似しただけだ。
冬弥は心霊スポットと言われる場所によく行く。それが普通に使われているところだったりして、見つかって追いかけられたことが一度や二度じゃない。
その時に冬弥がよくやっていたのだ。全然すごくないし、褒められることじゃない。
ともあれ、そのおかげで逃げる女性との差が縮まってくると、目に見えて逃げる女性が焦っているのがわかる。
このままじゃ、事故を起こしたりするかもしれない。そう心配し始めた時だった。
その女性が、追いかける僕たちを振り返った時、横合いから手が伸びてきて逃げる女性を捕まえた。
「あああ!」
「うおっ、なんだよ?」
捕まった女性は獣のような声を出して暴れている。驚きながらも、それを押さえているのは……
「冬弥!」
「よう、逢介。お前相変わらずだな、今度は何事だ?」
苦笑いしながらそう言う冬弥だけど、その目は好奇心で輝いている。多分僕が普通の状態じゃない女性を追いかけているのを見かけて、また何かに巻き込まれてるんだろうと思ったに違いない。
……そう間違ってないのがつらいとこだけど。
「よかった、冬弥そのまま捕まえてて!」
僕たちが駆け寄るのを見て、その女性は暴れるのをやめてバッグを抱えて、獣が威嚇するような声を出している。
「ふぅぅぅ、ふうぅぅ!」
「はぁはぁ、ふう……紗羅、あの人形の背中からモヤが出てるんだ。そこを調べられないかな?」
息を整えながら紗羅にそう言うと、紗羅は「わかった」と短く答えて、ツカツカと女性に歩みよる。
そして、なんと女性にアイアンクローをかけた。
「いいいいぃぃ!」
なんとも言えない声を出しながら、両手で紗羅の腕を掴むけど、紗羅の手はガッチリ額のところに食い込んでいる。
その隙に、話を聞いていた冬弥が、サッとバッグから人形を取り出した。
女性は暴れようとしたけど、紗羅がそれを押さえつける。
「いいいいぃぃ!」
人形取り返そうと暴れているのか、アイアンクローが効いてるのかわからないけど、女性は奇声をあげながら、足をバタつかせている。
そして、僕のところにきた冬弥が、人形を見て呟いた。
「あれ?これってルクテープじゃね?」
と。
「いい痛い痛い痛い!お願い離して!もう逃げないから!」
すると突然女の人が、言葉を話し出した。紗羅は困惑しながら僕を見てくる。
「とっ、とりあえず逃げられない程度で……。紗羅のお師匠さまのところまで戻ろう」
僕がそう言うと、紗羅は頷いて額を掴んでいた手を離した。
「ひいぃ!」
解放された女性が、額を押さえようとした腕を掴んで紗羅は関節を極めた。
「わかったから!もうにげないってば!」
そういいながら、紗羅を振りほどこうとするけど、動くたびに極められた腕が痛むのか、顔をしかめていた。
「とりあえず元の場所に。逃げようとしたら、今度は一気に折るから」
紗羅にそう言われ、女性は悔しそうな顔をしながらも、黙って従うしかなかった。
「冬弥何か知ってるの?」
駅の方に歩いて戻りながら、しげしげと人形を眺める冬弥に聞くと、冬弥は顔を輝かせて話し出すのだった。




