7-2 お師匠さまが連れてきたもの
「どっ…………どうして僕のスマホに?」
メッセージ画面を指差しながら紗羅に問う。電話番号を知ってるならなんの不思議もないけど、電話番号どころか今まで全く接点のなかった人なのに……。
ワンチャン紗羅が何かのはずみで、電話番号を教えてしまってたという答えを期待して僕は言ったけど、もちろんそんな都合のいいことはない。
「わたし、そんなことしない。そもそもおーちゃんと再会したのはこっちに帰ってきてから。それまでおーちゃんの連絡先はわたしも知らなかった」
少しムッとしたように紗羅は言うが、僕としてはそっちの方がマシだったんだよぉ。
「じ、じゃあ……なんで紗羅のお師匠さんが僕の電話番号を?」
そう言うと紗羅も答えを持っていないのか、考え込んでしまう。
いつも何気なく使っているスマホが、何か異界の物みたいに思えて来た頃、着信があった。
……僕のスマホに。
番号は登録してないやつ。僕がそれを見て固まっていると、横から紗羅がさっと取って止めた。
そして自分のスマホでどこかにかけだした。
「もう、おーちゃんのスマホにかけないで!」
そして、つながった瞬間にそう言った。紗羅のスマホから何か言ってるのが漏れ聞こえるけど、紗羅はほとんど聞かずに「とにかくそこから動かないで!」と、言って通話を切った。
「ごめんねおーちゃん。行こ?」
そう言うと紗羅は自転車を漕ぎだした。
再び駅にやって来て、駐輪場から駅舎の方に歩いて行くと……。
行き交う人の流れのなかに異質なものを見つけた。
派手なアロハシャツに短パン、首から顎ヒモで麦わら帽子を下げて足元にはビーサン。
そして日に焼けた肌と頭の上で結んだ髪の毛がパイナップルの葉っぱみたいに広がってる。
「本当にいた……」
そこだけ常夏の雰囲気をかもしだしながらその人は立っていた。当然、行き交う人たちは物珍しげに見て行くんだけど、まったく意に介した様子はない。
紗羅は大股にその人に向かって歩いていく。僕は少し遅れてついて行った。
やがて寄ってくる紗羅に気づいたのか、常夏の姿の老婆は紗羅に向かって手を上げた。
「久しぶりじゃの、紗羅」
にこやかにそう言う老婆に対して、紗羅は歩く速度を急に速めて助走をつけると、横にくるっと回って蹴りを放った。
「っ!」
何か言う間もなく、いきなりのことにただ僕は目を閉じるしかなった。
--なんの音もしない?悲鳴も呻き声も聞こえないよね?
恐る恐る目を開けると、紗羅の蹴りを手で受け流しながら老婆は機嫌良さそうに笑っている。
「ひゃっひゃっ。相変わらずよい蹴りを打つな。しかし久しく会う老人に、出会い頭に蹴りはどうかと思うが?」
駅前の人通りの多いところで始まった出来事に、通行人の人も足を止めて何事かと見ている。
「もう!お師匠さま、迎えにこいって言うならフラフラ歩き回らないで。めっちゃ探した!」
「すまんすまん。少し気になるものがあってな」
そして普通に会話しだす二人に、周りの人も次第に興味をなくして去って行く。
紗羅が蹴りを放った時点で固まっていた僕も、思い出したように動き出した。
「もう、びっくりした。あれ?その人は……」
驚きを隠せないまま近づいた僕は、あることに気づいた。
お師匠さまは一人でやって来たって聞いている。
そして目の前にいる老婆は女性の手を握っていた。そして、その女性は……
何か真っ黒いモヤのようなものがまとわりついていた。
「おーちゃん、どうしたの?」
僕が再び動きを止めるのを見て、紗羅が寄って来て聞いてくる。
真っ黒のモヤのことを言っていいのか分からずにいた僕は、その女の人と紗羅のお師匠さまを交互に見ていた。
「ほう……。紗羅や、その小僧が紗羅の恩人とかって言っておった奴か?」
僕の様子を見て、少しだけ目を見開いたお師匠さまは、僕のことを紗羅に聞いた。
すると、紗羅はなぜか胸を張って頷く。
「そう!おーちゃんっていうの。よろしく」
「あ、えっと神野逢介といいます。よろしくお願いします」
適当に紹介する紗羅の隣で、僕はちゃんと自己紹介しておく。
名乗って頭を下げる僕を、興味深そうに見ていたお師匠さまは、握っている手を引き、連れている女の人をよく見えるようにした。
「どう思う?そなたにはどう見えておる?」
僕をまっすぐに見てお師匠さまはそう聞いてきた。
「……何か見えるの?」
こっそり紗羅がそう聞いてくるから、僕は頷いて返す。
お師匠さまの様子を見る限り、僕が何か見えているということをお師匠さまは確信しているようだ。
少し迷いながらも、僕は口を開いた。
「真っ黒な……モヤみたいなものが、まとわりついてるのが見えます」
僕がそう言うと、それまで無反応だった女性が急に顔を上げて、僕をキッと睨んだ。
「ひっ!」
軽く悲鳴を上げながら、後退りする僕をお師匠さまは拍子抜けしたような顔で見たけど、いきなり睨まれたら誰だって怖いと思う……。
「ふむ……ちゃんと見えてはおるが、気の弱そうな男じゃないか。紗羅、言っちゃ悪いがこんな奴はお前にはついてこれんのじゃないか?」
はっきりと言うお師匠さまに、心当たりのありすぎる僕は、思わず胸を押さえる。
しかし紗羅は躊躇もしないで首を振った。
「お師匠さま、それは違う。お師匠さまはおーちゃんの表面的な部分しか見ていない」
そう言い切った紗羅をお師匠さまは、しばらくじっと見ていたけど、フンと鼻を鳴らしただけだった。
「まぁいい。こやつな、ここにくる途中に見かけたんじゃが、厄介なものに魅入られとる。あっちこっち行ってたのは、こいつを捕まえるためじゃ」
そう言って捕まえている女性を見る。
そこで初めて女性の全身が見えて、僕はゾッとした。その女性にまとわりつく黒いモヤ。
そのモヤは、女性が持っている大きめのバッグからだった。そのモヤを追っていくと……目があった。
僕をじっと見る目。とても精巧に作られているけど、本物じゃない。そのバッグの中に人形が入っていた。バッグの隙間から見える人形の顔は不自然に横を向いている。
まるで僕の方を見ているように。
その僕の様子を見て、紗羅も僕が怯えている原因が女性にあることに気づいたのか、僕と女性の間に入ってくる。
女性は、間に入ってきたことで睨む相手を僕から紗羅に変えた。
「お師匠さま、どういうこと?変なもの連れてこないで!」
僕を庇うように立ちながら、紗羅がお師匠さまに向かってそう言うと、お師匠さまはニヤッと笑った。
「変なもの……のう。そうじゃ、紗羅とそっちの……おーちゃんだったか?二人で考えてよい。この女、どうするべきかをな」
そう言うと、お師匠さまは女性をぐいっと引っ張り、膝をつかせた。
「ほれ、その人形を出さんか」
お師匠さまがそう言った瞬間、女性は激しく動いて逃げようとする。でも、お師匠さまは軽く持っているように見えて、関節でも極めているのか、女性は顔を歪めてまた地面に膝をついた。
「やあ、しにぶさんばあ?」
お師匠さまは女性に顔を近づけて、言い聞かせるようによく分からないことを言う。
「おーちゃん、なんか本気でまずいみたい。あの女の人どんな感じで見えるか教えて?」
その様子を見て、紗羅は真剣な顔になっている。そして、まだついていけてない僕にこう言った。
「お師匠さまがあの女の人に言った言葉。標準語になおすと、「お前、死にたいのか?」になる」




