6-8 続 二人かくれんぼ
--やばいやばいやばい。
そう思えば思うほどパニックになって何も考えられなくなる。もう何も考えずに飛び出してしまおうか。そう考えた時、視界にひらひらと動くものがうつった。
「ひいっ!」
思わず声を出して下からコンと叩く音がした。そうか、下には冬弥がいる。僕は一人じゃない……。そう考えて深呼吸していると。再びひらひらと。よく見ると大きめのふせんだった。百均とかにある貼れるやつ。
--冬弥かよ!
力が抜ける思いだった。この、ビビらせやがって……。と、半ば八つ当たり気味に乱暴にふせんを奪い取る。そこには(大丈夫か?)と書いてあった。
--大丈夫じゃないよ!
そう言いたかったが、僕はとりあえず知りたいことを箇条書きで書いた。
・しゃべってはいけないのか。
・このコップなんだったっけ?
・いつまでやるの?
・だれかこの部屋にいるよね?
それだけ書いて隙間から下におろすと冬弥の手がそれを取った。ほんの少し触れた冬弥の手の感触が、いくらか落ち着かせてくれる。
下からそのふせんを剥がす音が聞こえる。それと同時に妙な音と息遣いを感じる。霊とかじゃなくて下から……。なんか喜んでるような興奮しているような。何をやってるんだろう?
そう思っていると、すぐに冬弥は返事を書いてよこしてきた。早いな?と思って取ると、そこには乱暴な文字で、(すげー!やっぱり逢介だな!)と書きなぐってあった。
--なんのこっちゃ?質問を書いて渡しただけなのに、何を言ってるんだろう。僕は急かす意味を込めて、上から控えめにノックした。するとほどなくもう一度冬弥からの返事がくる。それには……
・多分喋ったらだめ。見つかるから
・ひとりかくれんぼを終わらせるのに必要。こぼしたりするなよ!
・そんなに長くは出来ない。一時間くらいしたら終わらせる。
・よくわかったね?
と書いてあった。
喋ったら見つかるって誰にだよ。そう言えば、これって降霊術とかって言ってた気が……もう!信じられない。なんで好きこのんで霊を呼ぶんだよ!コップの水は終わらせるのに必要。こぼさないように端っこに置いとこう。
一時間かぁ……。冬弥の事だから制限時間一杯までやりそうだよなぁ。
よくわかったね……?
何が?僕、何か書いたっけ。よくわかったね?って返事が来るようなことかいた記憶ないけどなぁ。知りたいことはさっきの三つだったし……。
考えていると、下からコンコンとノックされる。
……これちゃんと冬弥だよな?
そう考えたら急に背中がぞっとした。いやいやいや。冬弥だきっと。早く返事よこせと言いたいんだろう。話題話題……えーと。
--怖いからノックの仕方を決めとこう。ハイなら一回、いいえなら二回。相手に何か伝えたい時や、さっきみたいに急かす時はコンココンで!
そう書いて返す。するとしばらくしてコンと返事が帰って来る。
--よかった、ちゃんと冬弥だ。
それに安心して、僕はさっきの冬弥が書いたことを思い出す。よくわかったね?これに対する僕がした質問がどうしても思い出せない。
考えていると、下からノックされた。
コンコンコン
--え?三回?三回とかなかったはず。……ははぁ、冬弥め暇だから僕をからかってるな?
いくら僕がビビりだからって、そう何度も引っかかると思うなよ?
そう考えて無視していると、下からふせんが上がってきた。
やめろよ
そう書いてある。
それはこっちのセリフでしょ!
イラっとした僕は、何も書かずにふせんを返すことにした。
ボールペンのキャップを閉めてふせんを下におろす。
下からガタッという音がした。自分が音を立てるなって言っておいてなにやってんだか。
あれ?僕なんでボールペン触ってたんだ?何も書かずに返したのに……。
そこでようやく僕は違和感に気づいた。
何か変じゃないか。さっきから冬弥とのやり取りに変なところがある。さっきも僕は何も書かずに返そうと思ってたのに、なぜかボールペンを握っていた。
その後、冬弥が下で音を立てた。もしかして何か書いてた?
そう考えた時だった。ピポポッと音がして、メッセージアプリが着信を知らせてきた。
スマホを取り出すと、やっぱり送り主は冬弥だった。
--まずい、なんか変だ。ふせんのやり取りはやめて、これでやろう。
やっぱり冬弥もおかしいと、感じていたみたいだ。とりあえず、着信しても音が出ない設定にしておく。
--了解。ガタガタ音してたけど、大丈夫?
僕がそう送ると、冬弥は少し考えていたのか、時間がかかってようやく帰ってきた返信が……
--逢介は、誰かこの部屋にいるよね?とか、書いたか?お前じゃないっぽい気がしてさぁ。その部分スルーしたんだけど。
僕が?ただでさえ怖いのに、余計に怖くなるようなこと書くわけないじゃん。ついでに何がよくわかったね。なのか
聞いとこう。
--書いてないよ!僕も気になったのがあるんだけど、よくわかったね?ってなんのことだっけ?
そう送ると、すぐに返ってきた。
--何のことだよ?
あれ?どういうことだ?なんか話が通じてないぞ?
そう考えていると、続けて冬弥が送ってきた。
--お前こそ、どこにいるかわかるよ。とか冗談でもやめろよな!
それを見た時、僕の顔は真っ青になっていたと思う。
僕は床を連打した。
コンココン
コンココン
コンココン
すると、冬弥も異変に気づいたのか、そっと収納の扉を開けて顔を覗かせてきた。
「僕、そんな事書いてないよ!」
一応コソコソ話の声量で冬弥に言うと、冬弥はふせんを僕に渡してきた。
これまでやり取りした枚数のふせんには……僕の知らない言葉が書いてあった。
「えっ……。この部屋に誰かって、これ僕じゃない」
そう言いながら次を見る。
よくわかったね?
特大の寒気が僕の背中を襲った。空調はコントロールされているはずなのに、僕の身体が勝手に震えて止まらない。
震える手で最後のふせんを見る。僕は何も書いてない。
そこには……
どこにいるのか、ちゃんとわかるよ。
そう書いてあった。
「ひっ」
思わずふせんから手を離す。冬弥が床に落ちたふせんを拾ってポケットに入れながら、周りを見ながら僕に耳打ちする。
「何か見えるか?」
そう言われて、僕は恐る恐る周りを見る。照明が消されてテレビの砂嵐の光だけの部屋は異常に不気味だったけど、特におかしなものは見えなかった。
首を振ると、冬弥は小さく「そうか」と言った。そして、残念そうにカメラの録画停止のボタンを押した。
--こいつ!見えてたら撮る気まんまんだったな!
と、言うほどの元気も僕には残ってなかった。僕には何も見えなかった。ただ、ずっとお風呂の方から水の音がしてるんだよなぁ……。
ぱしゃぱしゃと、水の上でタオルを絞った時の音に近い。そんな音がさっきから聞こえている。
そこで僕はハッと思い出した。この儀式を終わらせるのに必要だって言ってた物。
水の入ったコップ。多分何があっても手放したらいけない気がする。
そう考えた僕は、さっきまで隠れていた収納の上の段を見た。
……あれ、ない。
「ない!あれ?おかしいよ、僕こぼしたらいけないから、壁の端の方に置いたんだから!」
スマホを取り出して、バックライトで収納の中を照らすけどコップはないし、こぼした様子もない。
無意識に持って出てきた?
でも、今はスマホしか持ってないし、近くにはどこにも置くとこもない。
「え、え?」
「落ち着け逢介!こういう時はパニックになるのが一番まずい。逢介、落ち着くんだ」
冬弥がそう言って僕の肩を掴んでくるけど、終わらせるのにのに必要なものがないのはまずいだろう。
涙目になって探す僕に、冬弥はしゃがんで下の段から自分のコップを持ってくると、それを僕に差し出した。
「ほら!無くすなよ?」
「え、でも……冬弥は?」
震えながら、そう聞き返す僕に、冬弥は苦笑いして言った。
「パニクってても逢介は優しいなぁ。いいから!俺は何とかするから」
そう言って僕に押し付けてきた。
「冬弥は……何とかなるの?」
そう聞いたが、冬弥は答えない。ただ、大丈夫を繰り返すだけだ。
僕は大きく息を吸って止める。そして、吐きながらコップを収納の中に置いた。
「おい、逢介……」
「と、冬弥が大丈夫なら、僕も大丈夫なはずでしょ?ならいらない」
なんとか、言えた。
身体はガタガタ震えて格好はつかなかったけど、冬夜は僕の背中をポンポンと優しく叩いてくれた。




