6-3 冬弥の家
「コンシェルジュ?」
冬弥にそう聞いたつもりだったけど、長崎さんが微笑みながら話してくれた。
「まぁ、言ってみればこの建物の管理人というところでしょうか。なんでもいたしますよ?先日はトイレが詰まったと言う入居者様のお宅に、ラバーカップ持ってお伺いしましたし、入退居の時には立ち会いもいたしますし。」
「前はお風呂の鍵が壊れたこともあったな?」
「ええ、その時は苦労しました。鍵は開けてほしいが裸なので開けないでくれと言われてしまいまして……。お湯を溜めて浴槽の中に入っていてくださいと申し上げましたら、ああそうか。と……。動揺していらっしゃったのでしょう」
笑いながらそう話しているが、その当時は大変だっただろう。
コンシェルジュという言葉の響きに僕は勝手にもう少し格好いいものを想像していたけど、内情は何でも屋さんだ。
でもきっと住民の皆さんからは頼りにされているのだろう。
「なんでもやりますよ?」
長崎さん本人がそう言った時、皮肉な口調ではなく誇りを持っている。そんな口調だったから……。
「よし、これでいいな。もし俺ん家に来て誰もいなかったら長崎に伝えといてくれればいいし、ここで待っててもいい。ちょっとした飲み物くらいは出てくるからさ」
そう言った冬弥の言葉をほほえみながら長崎さんも頷いて肯定していた。
そして僕たちはあらためてエレベーターのところに移動した。
上を表してるボタンを押そうとした僕を冬弥が止める。
「あ、逢介ちょっとタンマ!」
冬弥はそう言うと僕と位置を変わった。そしてポケットから鍵を出すと、ボタンの下の方についてる鍵穴に差しこんで回した。
ピッという音がして階数を表していた表示が消えた。
「あれっ?これじゃ何階か分からないじゃない」
あきらがそれを見ていった。
「壊れた?」
と、言ってその周りをバンバンと叩き始めた紗羅を冬弥は慌てて止めた。
「ちょ!ちょっと待って蒲生。これでいいんだって。ほんとに壊れるから!」
そういう冬弥に紗羅がムッとして言う。
「もったいつけないで早く言えばいいのに。表示が消えたら誰だって壊れたと思う」
--だからって叩かなくても……と、小さい声で言っていたが、紗羅が睨むのを見て「悪かったよ……」と謝っていた。
改めて上にいくボタンを押すと扉が開く。それに乗り込みながら冬弥はさっきのことを話し始めた。
「このマンションの七階は全部俺の部屋なんだよ。だから勝手に入れないように、七階に行くには鍵を使うか、部屋からボタンを押さないとエレベーターは七階まで行かないようになってるんだよ」
冬弥が話している間にもエレベーターは上がっていき、止まった。
そして扉が開いたけど、階数の表示がないから何階に止まっているのかも分からない。
「鍵を使ったら七階か一階にしか止まらないから、表示するまでもないんじゃないかな?」
そう言って冬弥がエレベーターを降りたので、僕たちもそれに続いて降りた。
「うわぁ……ここ全部冬弥くんの部屋なの?」
エレベーターホールから伸びる廊下を見て、あきらが驚いたように言った。
そこから見えるだけでもドアがいくつもあり、普通のマンションと比べて内装もかなり豪華だったからだろう。
「この階は周りが壁になっているんだね。外と接している窓もないのか」
僕が言うと冬弥ではなく黙って後ろにいた高橋さんが返事をした。
「防犯のためです。鍵を持っている者か招かれた者以外は、絶対に入れないようになっています。中には雨どいのパイプを伝って登ってくる者もいますので」
その話を聞きながら、僕はお金持ちに生まれるのも大変だなと思っていた。
「ここが俺がメインで使ってる部屋だ。ここまできたらどのドアも開くから勝手に入ってきていいからな?」
「なんか他の国に来たみたい」
キョロキョロと周りを見ながら紗羅が呟く。確かに僕たちとは水準がだいぶ違うから、非日常感を感じてしまう。
すると、冬弥が開けたドアとは別のドアが開いた。そこから出てきたのは、メイド服を着た穂積さん達だ。
「おかえりなさいませ。お茶の用意はできております。お茶請けはお尋ねしてからと思い、用意してませんがいかがしますか?」
きれいな姿勢と言葉遣いで冬弥にそう聞く穂積さんは、まるでずっと前からここで働いているように見えた。
瑞穂さんは、ニコニコと笑顔を浮かべて穂積さんの後ろに黙って立っている。
「やはり、誰かに仕えるようにきちんとした教育を受けていますね。穂積さんの方はそのまま本家でも働けますよ」
それを聞いて穂積さんは、嬉しいような悲しいような微妙な顔をしていた。それを見ていた僕と目が合うと穂積さんはフッと微笑んで言った。
「問題なくお仕えできるのは嬉しいしありがたい事なんだけど、これも母が後の面倒を見させるつもりで、私に教育を受けさせていたと考えると、素直に喜べないところがあって……」
最後には悲しい気持ちの方が優ったのか、視線を落として穂積さんは言った。
「で、でも……どんなに立派な教育を受けたとしても、本人に素質がないとダメだと思うんです。僕なんか、学校の成績全然よくならないし」
穂積さんの話に何かわからないけど、納得いかないような気がして、僕は思わずそんなことを口にしていた。
自分で言って、だからなんだって思って恥ずかしくなってるけど……。
でも僕の後を紗羅が続けた。
「ほんとにそう。おーちゃんはいつになっても数学が全然だめ。私がテスト前に教えても、いつも赤点ギリギリ。数学の相川先生は優しく教えてくれるし、わかりやすい授業なのに……」
そう言って横目で見てくる紗羅に、僕は盛大に目を逸らした。夏休み前の試験でも、あわや補習になりそうだったから、何も言い返せない。
でも、言いたいことはなんとなく伝わったと思う。穂積さんが優しい顔で微笑んで僕たちを見ていたから。
「うん。そうだね、私なりに頑張った結果でもあるしね。ありがと!」
そう言って、片手をギュッと握って小さくガッツポーズをして見せると、穂積さん達は仕事に戻っていった。
「ありがとうございます」
一緒にそれを見ていた高橋さんが、二人が見えなくなった後、僕にそう言った。
「え?」
なんのお礼を言われたのか分からず、驚く僕に高橋さんはニコッと微笑む。
「相変わらず逢介さんは、優しいですね。彼女も楽になったと思います」
あっ、そういうことか。と思った。
「高橋さんも気にしてあげてるんじゃないですか」
僕がそういうと、高橋さんは澄ました顔になり言う。
「私は彼女達の上司ですから」
そしてニコッと笑うとペコッと頭を下げて、穂積さん達が出てきたドアを開けた。
「どうぞごゆっくり。何かあったら申しつけてくださいね」
そう言い残してドアの奥に入って行った。
「えーと、お世話する人が使う部屋ってことなのかな?」
高橋さんが入って行ったドアを見ながら言うと、紗羅とあきらも驚いたような呆れたような顔になってその部屋を見ていた。
「何してんだよ。こんなとこで……」
そうしていると、待ちかねたのか冬弥が玄関まで戻ってきた。
「ああ、ごめんごめん。庶民にはびっくりすることが多いんだよ」
そう言いながら靴を脱いでいると、少し寂しそうに冬弥は言った。
「俺だって好きでこんなとこに住んでるんじゃねーし……ここ、広いだろ?でも俺にとっては鳥籠なんだよなぁ」
そう言った冬弥の横顔からは、普段と違う印象を受けた。




