5-5 都市伝説のまじない
「待って!部屋の外には行かない方が!」
妹の方が叫ぶように言う。
高橋さんはそちらを見て、ますます険しい表情になっていく。
「……何か知っているのか?これは君たちが関係していることなのか?」
剣呑な気配を漂わせて高橋さんが言うと、姉の方はともかく、妹は俯いて小さくなる。
しばらくじっと見つめていた高橋さんが、大きなため息をつく。
「何か知っていることがあれば話してほしい。君たちがおかしな真似をしなきかぎり、手荒な真似はしないと約束しよう。少なくとも冬弥さん……彼の状況は教えてほしい」
高橋さんが、いまだぽけっとしている冬弥をチラッと見てから言うと、女の子は思い当たることがあるのか、冬弥に対して済まなそうな顔をしている。
「あの……お話しますが、多分受け入れ難いお話だと思いますし、話したからこそ怒られたことがあるので……」
もう抵抗したり逃げたりするつもりはないようだが、話すこと、に抵抗がありそうな様子だ。
高橋さんはそんな女の子をしばらく見つめていたが、やがて仕方ないという感じではあったが「怒ることはしない」と約束する。
すると、少しだけホッとした様子をみせる。
「話すのであれば場所を移したいと思うが、それもまずいのか?」
高橋さんが聞くと女の子は頷く。
「この部屋はお母さんがわからないようになっているので……」
と、よく意味のわからないことを言うが、それも含めて説明してくれるのだろう。
高橋さんが手早く床にシーツを敷いて、そこに丸くなって座った。
女の子たちは、高橋さんに促されて座ると、まず姿勢を正して頭を下げた。
「まずは、知らなかったとはいえ、不法侵入みたいなことをしてしまい、本当にすみませんでした」
きれいな姿勢で謝った姉妹の妹の方の子は、名を湯島穂積と名乗った。
「こっちが私の姉で瑞穂です」
そうして紹介されているのに、瑞穂さんはなにが行われているのかもよくわからないという感じで、ぽやぽやと微笑んでいる。
「聞きにくいことだが……お姉さんは、障害を?」
高橋さんが眉をひそめてそう言うが穂積さんは首を振る。
「いいえ、姉は障害者というわけではありません。共に暮らしていたわけではないので、詳しくはわからないのですが……姉は普通に受けるべき教育の全てを受けずに成長してしまっているのです。ここにいる姉は、見た目は十代後半ですが、中身は三歳児とそう変わらないかと……」
それを聞いて高橋さんは言葉をなくした。普通では考えられないことだ。
普通、教育を放棄したとしても、周りとの関わりやテレビや本などからも入る情報で、それなりには育つはずだ。
三歳児程度のまま大きくしようと思ったら、意図的に全ての人との関わりと情報を遮断しないとそうはならない。
そう考えていることがわかったのか、穂積は悲しげに微笑んで言う。
「おそらく皆さんが考えておられるような環境で姉は育てられたのだと思います。私たちの両親は早くに離婚しているのですが、私は父に、姉は母に引き取られました。その……母は色んなことがあっておかしくなってしまっていたのです」
そう言うと、穂積さんはハンカチで口元を覆う。
話を聞いていた僕は、お姉さんの瑞穂さんと同じようにポカンとしている冬弥をチラリと見て、冬弥なら聞くだろうなと思ったことを聞いてみた。
「あの……それはもしかしてここと二階に置いてある三面鏡に関わってくるんでしょうか?」
僕が聞くと、赤くなった目を僕に向けて、自嘲するような笑いを浮かべて頷く。
「そうです。有名な話ですもんね、ネットで怖い話を検索すればすぐに出てくるような話のことを母は実行したのです」
話を聞いていて、想像していたとはいえ、背中がゾクリとする。僕も冬弥には聞かされただけで、うろ覚えだが普通はやろうとしても躊躇してできないような内容だったはずだ。
「ねぇおーちゃん。それってどんな話?」
紗羅は読んだことがないのか、僕の服の裾をつまんでちょいちょいと引っ張りながら聞いてくる。
「えっとね、僕もそんなに詳しくはないんだ。本当なら冬弥が詳しいんだけど」
そう言うと冬弥には視線が集まる。全員に見られているというのに冬弥は全然違うところを向いている。
僕は知っていることを話して聞かせた。ネットにある怖い話の内容を。
◆◆ ◆◆
「それ、本当のことなの?」
嫌そうな顔をして紗羅が聞いてくる。
「いや、さすがに創作だと思うけど……。有名すぎて、転載されたりして元々どこに投稿されたのかもはっきりわからないらしいし」
僕がそう言うと、黙って話を聞いていた高橋さんが難しい顔をして言う。
「昔からそういうまじないを行う家系は確かにありました。沖縄や四国に多いと聞いてますが……あなた方がそういうまじないを行っていた家系だと?」
後半は穂積さんの方を向いて高橋さんは言った。
すると、穂積さんは微妙な顔をして……頷いた。
「私の実家は、かつてはそういうまじないや占いなどをしていたと聞いたことがあります。でも、それは運勢や天気を占ったり失せ物を探したりといった程度のもので、物語にあるような人の命を使ったまじないなどはやっていないはずです!」
その必死な様子を見る限り、嘘をついているようには見えない。
「ではなぜこのような状況に?」
それでも厳しく問い詰める高橋さん。冬弥が変になってしまい、気持ちに余裕がないように見える。
「それは……その、言い難いんですが……」
穂積さんはそう言うと、今回の原因を話し出した。かいつまんで言うと、穂積さんの両親は信用していた人に手酷く騙され、多額の借金を負ってしまい、職も家も失って夫婦離別してお互い娘を一人ずつ連れて実家に帰ったらしい。
それにはお母さんの強い要望と条件があった。連れ帰った娘には今後関わらないこと、きちんと教育を施し一人前に育てること、十六になったら母親のところに戻すこと。
「十六になったら母親の元に戻す?なんのために?」
思わずだろう。高橋さんがそう言うと、穂積さんは悲しそうな顔をする。
「都市伝説をご存知ならわかると思いますが、目的を果たした後、残るのは廃人のようになった母と姉です。母は最初から後の面倒を見させるために、私を母の元に戻すように言っていたのです」
……ただの怖い話として読んでいたりしている時は、おぞましいと思いながらもそこまで考えなかったけど、実際にそれを行ったと考えると、だんだん胸がむかむかして、吐き気がしてくる。
「そこまでして……理解はできないが、そこまでの事をして母親はどうなる?何をしたいんだ?」
小さく首を振りながら高橋さんが訊ねる。
「一連の儀式を行うと、母の魂は一族の者だけが行くことができる楽園に行ける、と。信じていた人に騙され、それまで親しくしていた人達にも手のひら返しを受けた母は、酷く人間不信になったと聞いていました。父は心配しながらもどこか諦めた様子で……。両親が離別したのは私が物心つく前です。そして、私を育て上げたと考えたのか、父は今話した内容を私に伝えると、母の元に行くように言って自ら命を断ちました……」
穂積さんの言葉と同時に、外が眩く光って物凄い雷の音が響いた。
「なっ!」
高橋さんは、話を聞いて絶句した。さっきまでは目の前の姉妹をきつい眼差しで見ていたのが、今では憐れむような顔になっているくらいだ。
紗羅とあきらも二人肩を寄せ合いながら、涙を溜めた目で穂積さんと瑞穂さんも見ている。
「それは……いや、確かにそれが本当ならひどい話だとは思います。しかし冷たい言い方ですが、我々には関係ありません。冬弥さんがああなってしまう理由はなんですか?」
それでも冬弥のために引くことはできないのだろう。高橋さんは確信をついた。
「……それはおそらく、ドアを開けてしまった時に、母から身を隠すために、私が仕掛けた人払いのまじないが弾けて、先頭にいたその方の魂に一時的に衝撃を与えてしまったのだと思います。魂消たと俗に言いますが……」




