5-2 ペンション
毎日が暑い日が続き、空にはでっかい入道雲が濃い青の中に綿を積み重ねたように広がっている。
自分のシーズンがきたと言わんばかりに、競うように鳴き出す蝉の声が響き、本格的に夏が訪れたと感じる頃、学校は終業式を迎えた。
「よっしゃあ!自由だ!」
そう言って拳を突き上げる冬弥を呆れたように見ながら、僕は来る合宿の日が近づいていることに不安を感じていた。
冬弥が「お前たちは持っている」と、言ったけど、確かにここしばらく霊的なものに関わる機会が多い。
半分は冬弥が持ってくるものだけど、中には向こうから関わってくることも増えてきた。
それなのに、また曰くある物件に泊まりに行くなんて……
しかし、冬弥は僕の憂鬱さなど関係ないとばかりに計画を進めている。
あきらの方も問題なく承諾をもらえたみたいで、あとはいつ行くかでしかない。
「宿題もあるからね、何か問題があった時のことを考えると、ある程度は先に済ませておきたいよね」
あきらが冷静な意見を述べる。
ただ、何かがあることを前提にしているところは物申したいとこだ。
「それなら宿題も持ち寄ってみんなでやればいい。多分一人でやるよりもはかどる」
紗羅がそう言うとあきらは顔を輝かせる。
「それもそうだね!」
そう言いながら紗羅と手を取り合っている。
呪いの首飾りから、屍華御前との遭遇で一緒にいることが多かったあきらと紗羅は、かなり仲を深めている。
気のせいか、女性であることに違和感を感じると言っていたあきらも、女の子っぽくなってきたような気がする。
「なんだよ逢介。女子二人を眺めて……。お前も女子に興味を持つようになったか?」
僕を見てニヤニヤしながら冬弥はそんなことを言った。
「とっ、冬弥!僕は別にそんな……」
「まぁまぁ、いいじゃないか。別に普通のことだろ?」
慌ててそんなつもりじゃないと言う僕の肩をバンバンと叩きながら冬弥は笑っている。
その話が聞こえたのだろう。仲良さげに話していた紗羅とあきらがじっとこっちを見ている。
「ちっ……違うから」
僕がそう言うと、二人はヒソヒソと声をひそめて話し出す。
「冬弥ぁ!」
文句を言っても冬弥はケラケラと笑うばかりだった。まぁ、いつもの事だ。
そしてついにその日がやってくる。
迎えに行く。それだけメッセージをよこしてきて、しばらくすると夏休みが始まったばかりの我が家の玄関前に黒塗りの高級車が停まった。
唖然とする母さんたちに行ってきます!と告げ、高橋さんが開けてくれているドアから車に乗り込むと、広々とした車内の一番後ろで冬弥は眠っていた。
「すいません、逢介さん。冬弥さんが起きなくて……」
運転席に乗り込みながら困った顔で高橋さんが言う。どうやら今日は運転手も兼ねているらしい。
「いえ、大変ですね高橋さん。でも、この車は少し印象悪いかも……」
そう言うと、高橋さんも困った顔になる。
「車の手配は任せろっておっしゃるんでお任せしていたんですが、なんでこんな車レンタルされたのか……冬弥さんの好みとも思えないんですけど……」
「まったく……それにしてもよく寝てますね」
僕が冬弥を見ながらそう言うと、高橋さんは薄く微笑んでから言った。
「冬弥さん、昨日は遅くまで起きてらっしゃったみたいで……。絶対言われないでしょうが、多分相当楽しみだったのかと」
前日の夜に、楽しみで寝れないなんて小学生か。と思いながらも冬弥にもそんな所があるのかと、思ってしまった。
冬弥を見ていると、本当に動いてるのか?と思うほどスムーズに車は動き出した。
……ご近所のみなさんのヒソヒソ話す目線を集めながら。
少しだけ動いて紗羅の家の前で停車する。冬弥は起きる気配もないし、仕方ないので僕が紗羅を呼びに行くと、紗羅と秀郷さんが出てきてあんぐりと口を開けて車を見ている。
「やあ、おはよう。逢介くん……また随分と立派なお迎えだね?リンカーンのリムジンかい?」
僕が降りて行くと秀郷さんはひきつった顔でそう言った。
「ごめんなさい、車種とかは僕わからないです。その……冬弥が張り切っちゃったみたいで……」
そう言うと、「学生が張り切ってもなかなか準備できるものでもなけどね」と乾いた笑いを貼り付けた秀郷さんは言った。
そして、ここでもご近所の目を集め出したのでさっさと出発した。そして、あきらの家でも同じ状況を繰り返して、ようやく目的地に向かって車は走り出した。
「いや、ごめんごめん。俺も驚いたんだ。提出する書類に親の承諾があっただろ?高橋でも保護者としてサインしてくれればよかったんだけどさ、親に連絡するもんだから」
あきらを乗せた頃になってようやく起きた冬弥はそう言って頭をかいた。どうやら張り切ったのは冬弥の親父さんらしかった。
「それにしても……落ち着かないねぇ」
広々とした車内。普通の車と違い横向きに配列されたベンチシートは真っ白で、そのまま座っていいのか思わず高橋さんに聞いたくらいだ。
冬弥は平気な顔して座っているが、僕や紗羅、あきらは全くリラックスできずに、姿勢良くシートに座っている。
「そんな気にすんなって。別に馬鹿騒ぎするわけじゃないし、汚したところで学生の移動の足にこんなもんよこす親父が悪い」
冬弥はそう言って冷蔵庫から飲み物を出して平気な顔をして飲んでいるが、僕たちはもらった飲み物の封も開けずに握りしめていた。
走行中も通行人の視線を集めていた。向こうからは車内は見えないからって言うけど、ジロジロと見られてちっとも落ち着かない。
僕は二度とこんな車乗らないと心に誓っていた。
そうこうしているうちに、車は凪鹿島にかかる橋を渡り周囲に立派な建物が並び出した頃ゆっくりと車は停まった。
それは他の建物が建つ場所から少し離れた場所にあった。
プライベートビーチみたいに砂浜をすぐ隣にしてそれは建っていた。明らかに他の建物とは違う雰囲気を放っている。
白い外壁はややくすみ、窓には鎧戸が閉めてある。定期的に手入れはされているのか、庭木はある程度整っているものの、やはり長い間人が住んでいないためか庭は荒れている。
荒れた庭には、薄汚れたブランコが風に揺られてキィキィと音を立てている。
「うわぁ……」
荷物を抱えたまま思わず絶句していた。
ここに着く前は、綺麗なペンションが立ち並び、海には気の早い海水浴に訪れた人たちの姿があり賑やかさがあったのに、この付近だけ別世界みたいに暗い雰囲気が立ち込めている。
「よっしゃ!ようこそみんどクラブ夏季合宿の宿泊地へ!まぁのんびりしようぜ!」
そう言って冬弥はズカズカと中に入って、ポケットから鍵を出すと玄関の鍵を開けた。
扉を開けると、閉め切った室内の空気が外に出てくる。立っているだけで汗ばむ陽気なのに、なぜかひんやりした空気が出てきて、紗羅とあきらも腕をさすっていた。
「基本的に使われる部屋の清掃は済んでおります。滞在の間困ることはないかと。」
高橋さんが僕たちの荷物を運び入れながらそう言ってくれる。
「ねえ、紗羅」
そんな高橋さんを見ながら僕はずっと気になっていたことを紗羅に話した。
荷物を入れて高橋さんが出てくると、その前に紗羅が立ちはだかった。
首を傾げる高橋さんの肩に細い指が食い込むように乗せられている。その指が、次第に身体を持ち上げてくると誰もいないはずの高橋さんの背後から長い髪の女の頭がゆっくりと出てきた。
やがて、目の部分が見えてきて、ぎょろりと僕たちに視線を向ける。その頭をむんずと紗羅が鷲掴みにした。
「この辺?」
そう聞いてくる紗羅に僕は頷く。キョトンとしていた高橋さんはそんな僕と紗羅を見て、ハッとした。
「え、えっ?」
紗羅に鷲掴みにされた黒髪の女性は、そのまま引き剥がされて海にポイっと捨てられた。どうやら通りがかりの浮遊霊みたいで、大した執着もなく簡単に剥がれたみたいだ。
「ありがとうございます。先日ここに清掃にきてから肩が重かったのですが……助かりました」
そう言ってニコッと笑うと平然と仕事に戻る高橋さんも相当強いと思う。




