4-2 紗羅によく似た何かと、あきらの葛藤
落ち着いて思い出しながら、地図で追っていくと紗羅によく似た何かは、街の中心から外れの方に向かって移動していた。
「この先には蒲生が行きそうな所は当然ないよな?」
冬弥が確認するように言う。
地図で見ても、その先には倉庫や資材置き場などしかないような所だ。もちろん紗羅が行く用事なんかない。
僕が頷くと、冬弥は腕を組んで考え出す。その顔はいつになく真剣な様子だ。
「まぁ、色々可能性はあるけど……ここから先は蒲生の話も聞いて見るべきだな。逢介、今日は蒲生は家にいるのか?」
冬弥が顔を上げて聞いてくる。
「うん、出かけるとか聞いてないから、多分家にいると思う……ってなんだよ?」
真剣な様子だったから、僕も真面目に答えているのに、冬弥はいつの間にかいつもの雰囲気に戻って、ニヤニヤして僕を見ていた。
「いやぁ、蒲生は出かける時は逢介に声をかけるのか。逢介、束縛する男はきらわれるぞ?」
その顔から本気で言ってるわけじゃないのは分かるけど、黙っていられない。
「束縛なんてしてないよ!僕は別にいいと思うんだけど、紗羅が連絡をくれるんだよ」
僕が訂正のためにそう言うと、冬弥はまぁまぁと両手を上げる。
「お前、別にいいとか蒲生の前で言うなよ?いじらしいじゃないか。いいなぁ、愛されてて」
「あ、愛されて……そんなんじゃ、多分心配しないようにって意味だろうし……と、特に今は目が見えないから付き添いも必要だろうし……」
愛されるなんて平気な顔をして言う冬弥から視線を逸らしながら僕は言った。
……多分顔は赤くなってる。
「いやそれはそうだろ。心配しないようにってことさ。やましいことはない、つまり他の男と会ったり、逢介に知られて困るようなところには行かないって意味だろうしな?」
「なっ……。そ、それはわかんないけど……」
消えいりそうな声でそう言うと、そんな僕を見て冬弥はまた笑っていた。
◆◆ ◆◆
逢介達が街で紗羅によく似た何かを見た頃、家にいる紗羅をあきらが訪問していた。
「いらっしゃい!木下くんだったね?よく来たね、ほら紗羅。お友達が来てるよ。……ささ、あがってあがって。何もないけどゆっくりしていって……」
「もう!お父さんうるさい!」
あきらを出迎えた紗羅の父親、秀郷はあきらを見ると嬉しそうに歓迎してくれる。
紗羅はうるさいと邪険にしているが、表情を見る限り、怒っているというよりも恥ずかしいだけみたいだ。
「あはは……。お邪魔します、お構いなく」
苦笑しながらあきらはそう言うと、紗羅に手を引かれて部屋の方に連れていかれる。
雑な扱いをされても、秀郷は紗羅に友人が訪ねてきたことが嬉しいらしい。ニコニコと笑顔で見送っている。
「もー、お父さんは誰か来たら構いすぎるから……。おーちゃんは慣れてきて、さらっとかわしてるけど。木下くん、ごめんね?」
そう言って眉を下げる紗羅に、あきらは両手を振ってそんなことはないと示した。
「そんな、謝るようなことはないよ。それに友達の家に遊びに行って、ムスッとして話もしないような人もいるから。歓迎してくれて嬉しいし、次も来やすいから」
あきらがそう言うと、ようやく紗羅はいつもの調子に戻る。
部屋に入ると、着く前に連絡を入れていたせいか、コップが二つと飲み物やお菓子がもうテーブルに置いてある。
お父さんの歓迎といい、手ぶらで来たのが申し訳なくなる。
今度来る時は、何が買ってこよう。と、密かに心に決めながらあきらは、テーブルのところに座った。
「どうしたの?話って……」
紗羅が飲み物をつぎながら聞いてくる。その声に僅かだが緊張が混じるの感じて、あきらはいよいよ申し訳なくなってきた。
「あ、ごめんね?紛らわしい言い方だったね。ボクは確かに話をしたいって言ったけど、友達としてもっと話をしたかったなぁって思っただけなんだ」
紗羅が自分の飲み物をコップについでいるのを見ながら、あきらはそう言った。勘違いをさせてしまったなら申し訳ないけど、ボクは本当に何でもない話をしたかっただけだ。
こてんと首を傾げる紗羅を見て、あきらは苦笑する。
「まあ、いきなりなんだって思うよね。でもボクはこれまで親しい友人なんていなかったし、男子からも女子からも敬遠されてたしね。ありのままを話したのは、紗羅ちゃんや神野くんたちが初めてだけど、普段の行動やちょっとした仕草から、変な奴って思われてたんだろうね」
まあ仕方ないよ。と困ったような顔で笑うあきらを見ていると、紗羅は何とも言えないような寂しい気持ちになった。そういう対応をされることに慣れてしまっているあきらを見るのがつらかったのかもしれない。
紗羅は、注いだばかりのコップを握るといきなり立ち上がった。そして何も言わずあきらの隣に来て、腰を下ろす。肩を並べるほどの距離で。
「木下くんは、これまでお友達に恵まれていなかっただけ。私もおーちゃんも、多分冬弥くんも。木下君は友達だと思ってる。……木下君もそう思っていてくれたら、うれしい」
キュッと眉を寄せて、あきらを真っ直ぐに見つめてそう言う紗羅に、あきらは少しだけぽかんとした後、心から微笑んだ。
「ボクはもう……友達のつもりだよ。ボクの秘密も全部打ち明けたしね?」
いたずらっぽく笑ったあきらを見て、紗羅も嬉しそうに笑うと意味もなく肩を軽く何度もぶつけてきた。そうして戯れる姿は、仲の良い女子が仲睦まじくしているように見える。
「じゃあ、お話ってなに?」
ひとしきり戯れて、気が済んだのか改めて紗羅が聞くと、あきらは少しだけ言いよどんでいたが、意を決したように言った。
「その……下着を買いに行くのに、付き合ってほしいんだ」
恥ずかしいのか、頬を染めながらそう言うあきらは、言った後俯いてチラチラと上目遣いで紗羅の方を見ている。その姿は庇護欲をそそられる女の子の姿だった。
あきらは、気を落ち着かせるためか、コップに入れてくれた飲み物を一気に飲み干すと、息を吐いて話し出した。
「ボクはさ?女の子の身体になっていく自分に、すごく違和感を感じていたから、その、身に着ける物もあんまり女の子らしくないものを選んでたんだ。下着も……下はあまり色気がないやつとか、最悪男の子用でもいけるけど、ブラだけはね。女の子らしくないブラなんて無いし。仕方ないから、ボク……サラシ巻いてごまかしてたんだ」
そう言うとあきらは、紗羅にだけ見えるように上着の襟首の部分を拡げて見せる。あきらが見せた、襟首の隙間からは、幅の広い包帯のようなものが見えた。
「でも、どんどんサラシじゃごまかせなくなってきてて……ホント言うと、少し前まではこんなものなくていいのに!って思ったりしてたんだ。お医者さんにも診てもらって薬も飲んでる。薬が効いてるのか、嫌悪感は抑えられてるけど、物理的に窮屈なのと、これからずっとごまかせるわけないしさ。体育の授業で着替えることもあるし」
視線を落として、あきらはそう言った。ブラをつけるほどでもないくらいまでは、キャミソールっぽい肌着を着てごまかせたけど、これからみんな成長していく。それは女性であることに抵抗があるあきらも例外ではない。
紗羅はどう言っていいか分からず、困惑していた。同性として接したらいいのか異性としての意見を求められているのか……はっきりわからなかったからだ。
しかし、困った様子で眉根を寄せる紗羅を見て、苦笑いを浮かべたあきらはこう言った。
「でもね?最近は少しどうでもいいかなって気がしてるんだ」




