4-1 もう一人の紗羅
「ほら、逢介!急がないと売り切れるぞ?」
相変わらず冬弥の乗る自転車は高性能なのか、駆る人間の問題なのか……
冬弥が先に行っては戻ってきてを繰り返して僕を急かしてくる。
「急いでるってば!」
息を切らせながら僕はそう答え、必死にペダルを漕ぐ足に力を込めた。
◆◆ ◆◆
「よかった、何とか間に合ったな!」
涼しい顔でにっこりと笑う冬弥の隣で汗だくで死にそうな顔をしながら、僕は整理券を握りしめた。
よく晴れた日曜日。僕は冬弥と二人で街まで買い物に来ていた。目的はゲームソフトの新作を買うためだ。
よく行くゲームショップには、すでに行列ができていてお店側も整理券を配っている。
整理券を貰えたということは買えるんだろう。二人で顔を見合わせて、ようやくホッとした。
並んで待つ間も日差しは手を抜いてくれない。拭っても拭っても出てくる汗に辟易しながら、列が進むのを待っている。
「すっかり夏だな」
空を見上げて冬弥が言った。どことなく違和感を感じて見つめていると、僕の視線を感じた冬弥は少し困った顔になって言った。
「実はさ、俺留学しようと思うんだよ」
「へっ?」
突然の話に、僕の頭はフリーズした。きっと暑くて動きが悪くなってたんだろう。処理速度が悪いわけではないはずだ。
目を丸くする僕を見て、眉を下げた冬弥が話し出す。
「俺は、逢介や蒲生を見て、ちゃんと勉強したいって思ったんだ。人の魂とか精神。心霊やそれを祓ったりできる技術……きちんとした知識を身に付けたいって思ってな?とりあえず中3の一年行って様子を見てくる」
この時の僕はどんな顔をして、冬弥の話を聞いていただろうか。相変わらず唐突に走り出す冬弥は、少し寂しそうに語った。
「イギリスにはな?真面目に研究している大学があるんだよ。歴史、民族から科学的な視点まで。お前達と一緒にクラブやるまで、心霊はただの興味だった。正直信じてなかったし、動画投稿していたのも、もしかしたらそんなものはないって最後には証明したかったのかもしれない」
冬弥が僕に近づいてきたのも、最初は僕に霊感があることを小学校の時同級生だった奴らから聞いてだった。
口を挟めずに黙って聞く僕を見て、困ったような笑顔を浮かべながら冬弥は話を続けた。
「でもさ、お前とつるむようになって、蒲生と会って……俺が見ていたのは、心霊の薄っぺらい部分だけだったことを思い知った。お前は本当に霊が見えるし、怖がっているけどちゃんと向き合ってる。蒲生は破天荒だけど、産まれる時に魂を半分盗られて、そのせいで殴れるのに見れないんだろ?」
真剣な様子で冬弥は言う。確かに僕たちと会ってから、冬弥は動画投稿サイトにあげていた、冬弥が心霊スポットと言われているところに行って撮ってきた動画を全て削除した。今、冬弥のチャンネルは休業状態だ。
冬弥は何も言わないけど、性格的に曖昧な内容で投稿することに納得がいかなかったんだと思う。冬弥には霊を見ることができないから……。
「ま、そんな顔すんな!まだ一年あるし、行ってくるのもとりあえず一年だ。あっという間だよ」
そう言って僕の肩を叩きながら、僕達の番が来てゲームソフトを買うことができた。
「さて、目的は達したし。せっかく街まで来たからどこか寄ってくか?逢介、どっか行きたいとこある?」
普段と同じ態度に戻った冬弥は、普段通りの笑顔で接してくる。僕もとりあえず動揺を飲み込んで、普段と同じようにいた。
「寄るって言っても……僕は特に」
そこまで言って、僕は固まった。突然動きを止めた僕を訝しそうに見ながら、冬弥は僕の視線の先を追う。
そこには普段と変わらない雑踏があるだけだ。いろんな人や車が行き交っている。
「逢介?」
以前なら「何ぼーっとしてんだ!」なんてバカにしていたけど、今はしなくなった。
「……紗羅がいた」
何とかそれだけ絞り出す。それを聞いた冬弥は「何だよ、びっくりさせやがって!」と、文句を言い出した。けど……。
「違うんだよ、冬弥。紗羅だったけど、紗羅じゃなかった。間違いなく紗羅だったけど、別人なんだよ」
要領を得ない僕の言葉に、冬弥は頭をかくと僕の背中を押して、近くのコーヒーショップに入った。
「なんだかよくわからん!わからんけど、何か見えたんだな?落ち着いて考えようか」
よくわからないことを言う僕を冬弥は疑うこともなく、話を聞こうとしてくれる。
……それだけで僕の気持ちは少し落ち着いていた。
「つまり、蒲生によく似ていたけど蒲生じゃない何かがいたってことか?」
辛抱強く、僕の言葉をまとめた冬弥がそう言った。けど、まだ少し何が違う。いつの間にか冬弥が注文してくれていたのか、店員さんがアイスのカフェオレを僕の前に置く。冬弥はホットコーヒーを頼んだみたいだ。
僕はカフェオレを半分ほど一気に喉に流し込んで、考えをまとめる。
冬弥が言ってることは間違いじゃない。でも何かが引っ掛かる。何に?そもそも、何で僕はこんなに動揺しているんだ?
頭の中を整理しながらよく考える。その間冬弥は黙ってコーヒーを飲んで待っていてくれた。
「うん、わかった」
そして、冬弥がコーヒーを飲んでしまいそうになる頃、僕は違和感に気づいた。気づいて……改めてゾッとする。
「冬弥、僕が見たのは紗羅じゃない」
「ほう」
「見た目は紗羅なんだ。似ているとかじゃなくて、紗羅そのもの……。でも紗羅じゃないって感じるのは、きっと根っこの部分が違うんだ。多分魂とか、そんな部分が……」
まとまったようで、まだイマイチわからない僕の言葉を、冬弥は真剣に考える。……こういうことの積み重ねが、冬弥にちゃんと勉強したいって思わせるのかもしれない。
「つまり、見た目は完全に蒲生なんだけど、逢介にしかわからないレベルで蒲生じゃないってわかるってことか。……俺が知ってる範囲だと、ドッペルゲンガーとかが当てはまるんだろうけど、多分違うな」
冬弥は自分で出した答えを自分で消した。
「なぁ、逢介。これってデリケートな話だと思うんだけどさ、蒲生って……魂を半分盗られたんだよな?」
冬弥の言葉に、僕はビクッとなった。あえて考えようとしなかった可能性を突きつけられて、僕は動揺する。
「落ち着けよ、逢介。まだそうと決まったわけじゃないし、お前の見間違いの可能性もある。案外、追いかけていって改めて見たら似ても似つかない可能性だってあるんだぞ?」
少しおどけた口調で冬弥は言う。多分僕の心情を慮ってのことだろう。
「でも……違うんだな?」
一転して真面目な口調で冬弥は念を押すように聞いてくる。僕は、深く頷いた。
「……よし、じゃあこれを見ろ」
そう言って冬弥はテーブルの上に自分のスマホを置いた。画面には地図アプリが立ち上がって、僕達がいる場所が拡大されている。
「どっちからどっちに行った?」
冬弥がそう聞く。僕は手で紗羅に似ていた何かが歩いていった方角を示す。
「追う……つもりなの?」
僕が聞くと冬弥は首を振った。
「うんにゃ。確認だけだ。追うのは蒲生にも話をしてからだろ?蒲生のことなんだから」
そう言われて僕はハッとした。確かに、これは紗羅の問題で、紗羅の家族の問題でもある。
簡単に僕達が首を突っ込んでいいはずがなかった。
どうやら僕は自分でもわからなくなるレベルで動揺していたみたいだ。
「ありがとう冬弥……。僕だけだったらパニクって何をしたかわからない。冬弥と一緒にいる時でよかった」
僕がそう言うと、冬弥はニコッと笑ってポンポンと僕の肩を叩いた。




