4-3 受容と動揺
「でもね?最近は少しどうでもいいかなって気がしてるんだ」
「え?それはどうして?」
紗羅がまた、こてんと首を傾げる。無意識にだろうけど、少し幼なげな仕草をよくする紗羅は、見た目も相まってとても可愛らしい。
性別なんか関係なく愛でたくなる。
あきらは心の中でそう思いながら微笑んで言う。
「ボクね、今まで色んな人の話を聞いたり、カウンセリングとかお医者さんとか……お世話になっ来てきたけど、それでもずっと自分が女の子っていう違和感は消えなかったんだ。でも、最近……みんなと一緒に過ごすようになってからかな?違和感がなくなったわけじゃないけど、どっちでもいいかな?って思えて。別にボクが男の子でも女の子でも、あんまり変わりはないでしょ?」
「いや、それはあると思う。女の子だって知ってから、木下くんが近いとおーちゃん顔が赤くなってる」
真顔でそう言う紗羅にあきらは弾けるように笑った。
「あはは!神野くんはそうか。純粋っていうか……っていうか、いいヒトだよね?」
「……うん。」
微妙な表情で返事をする紗羅に、あきらは微笑む。
「大丈夫だよ、紗羅ちゃん。ボクは男の子も女の子も興味ないから。自分のことで精一杯……。だから紗羅ちゃんが心配することはないよ?」
そう言っておどけてみせる。……ちょっとだけウソをついて。
紗羅は笑いながらそう言うあきらを見えないはずの目をじっと向けていた。
あきらはしばらく何かを考えているように顔を伏せていたが、紗羅が見ていることに気づくと、ニコッと微笑む。
「あ、そうだ!そんなことよりさ、もう一個お願いがあるんだ!」
パンと両手を合わせたあきらが言うと、紗羅は何?と言いたげに首を傾ける。
「ボク……これから女の子の格好をすることも出てくると思うんだ。それだけが理由じゃないけど……名前で呼んでもらいたいなぁって」
笑顔を向けてそうお願いしてくるあきらに、紗羅は頷こうとして途中で止まった。
「んーと……あきらくん?あきらさん?」
どっちで呼べばいいか、わからなくなったらしい紗羅に、あきらは笑い声をあげる。
「ごめんごめん、ややこしいよね?だからあきらでいいよ」
「あきら……?」
「うん、お願い」
ニコッと笑いながら言うあきらを見て、今度こそ紗羅は頷いた。
「あきら」
「ありがとー!紗羅ちゃん」
嬉しくなったのか、そう言いながらあきらが抱きついてくる。もし、他の男子が同じことをしたら、即座に関節くらい極められるんだろうが、あきらに抱きつかれてもちっとも不快な気持ちはしない。
紗羅の肩に頬を寄せてくるあきらを見ながら、紗羅も微笑んでいた。
◆◆ ◆◆
「あれ?紗羅出掛けるの?」
冬弥と二人で紗羅の家に着いた時、ちょうどその紗羅が玄関から出てきた。
それなりに出かける格好をしているので、ちょっとそこまでというわけでもなさそうだ。
「……おーちゃん」
小さくそう言った紗羅の様子がいつもと違うことに、僕は少し戸惑っていた。
普段ならニコニコしながら飛びつくように僕の腕に絡まってくるのだ。
僕を見て小さくつぶやいた紗羅は、どことなく気まずそうな顔をして、チラチラとこちらを見ている。
「あ、木下くんと出かけるとこだったの?」
戸惑いながらも、笑顔を作ってそう聞いてみたが紗羅はもじもじとして、はっきりと答えない。
いよいよ困惑してきた僕を見かねてか、後ろにいた木下くんが口を開いた。
「うん、そうなんだ。紗羅ちゃんとお買い物に行きたくて、ボクがお願いしたんだ。ね?紗羅ちゃん」
木下くんが紗羅と並ぶように出てきて、そう言うと紗羅もぎこちなく頷く。
その様子にまた違和感を感じていると、冬弥が口を挟んできた。
「あきらが蒲生と?どこに行くんだよ……逢介に内緒で」
冬弥はチラリと僕を見た後、木下くんを問い詰めるように聞いている。
木下くんは、少し気まずそうな顔をして、黙り込んでしまった。
「ち、ちょっと冬弥!別にいいじゃん。木下くんと紗羅がどこに行っても。その言い方だと、僕に行き先を言わないといけないみたいに聞こえるだろ?」
紗羅も木下くんも困った顔をしているし、何よりも僕が紗羅の行動を束縛しているみたいで、慌てて冬弥を止める。
「え?蒲生はお前にいつも言うんだろ?」
「そうだけど、別に絶対しないといけないってこともないだろ?」
そう言うと、冬弥は僕と木下くんの顔を交互に見た後、後ろに下がった。
「まぁ、お前がいいならいいんだけどさぁ。あきらがどういうつもりかだけは聞いときたいな」
冬弥は僕と紗羅に関してはいいとして、木下くんについて思うところがあるのか、頑なにそう言っている。
木下くんを見ると、何が迷ってるような表情をしているけど、困っているのは間違いなさそうだ。
僕はとりなそうと、木下くんと冬弥の間に入ろうとしたけど、するっと木下くんが動いた。
「あきらとは友達だから、お買い物に行く。それだけ。どこに行くかは……内緒。おーちゃんにも言えない」
紗羅が木下くんの腕を取って、引き寄せながらそう言った。
「紗羅?」
その様子に何故か僕は強い衝撃を受けていた。
どうしてだろう、いつも僕にしているみたいに腕を絡めているからか?いつの間にか木下くんを名前で呼んでるからか?
僕を除け者みたいにしてるからか?
僕は混乱してしまって、何もいうことができなくなった。
なぜこんなに動揺しているのか、自分でもわからないくらいに……
その間に「ちょっと行ってくる」と言い残して、二人は出かけていった。
僕は結局何も言えずに、木下くんと紗羅が出かけていく後ろ姿を、見送っていると冬弥が気遣わしげな顔をしているのに気づいた。
「あっ!紗羅に一時間前どこにいたか聞くの忘れた!よく似た人を見たこと言うの忘れちゃったね」
そもそもの目的をすっかり忘れていた僕がそう言うと、冬弥は呆れたような目を向けてくる。
「いやそうだけど、そうじゃなくてだな……いや、まぁいい。これ以上は言わないでおくよ」
冬弥までよくわからないことを言いながら、大きくため息をついて「まぁ、蒲生はないか」と、小さくつぶやいていた。
冬弥が何を言いたいのか、よくわからなかった僕が冬弥を問い詰めようと口を開いた時、声が聞こえた。
|(逢介!向こうの角!)
少し慌てたようなお姉ちゃんの声に、僕も慌ててお姉ちゃんが言った方向を見る。
「あっ!」
思わず声が出た。口も開けたまま動きを止めた僕を、冬弥が見て……
「あっ!」
同じように声を上げた。
今いるのは紗羅の家の前。その隣の隣に僕の家がある。目の前を通っている道路の向こう、僕の家の塀に隠れるように……
紗羅がいた。




