3-7 紗羅の除霊(物理)
「木下くん。大丈夫だから」
今にも倒れそうな木下くんに、紗羅はもう一度言うとニコッと笑う。
それを見た木下くんが一瞬ポカンとした顔をする。紗羅はその顔のまま呪術師のおばさんの方に並行移動した。
どご!っと音がして、見ると紗羅は横蹴りを打ち込んでいた。
「なあっ……きひひ。そんなものは効かない。人の夢をベースにした呪術だ、本体に影響は……」
びっくりしながらも何か言おうとしている呪術師に対し、紗羅は最後まで言わせずに、流れるような動きで連続の蹴りを打ち込んでいく。
ちっこい……いや、身体のあまり大きくない紗羅が蹴る姿は、それだけ見るとどこか微笑ましく見えるんだけど、音がエグい。
どご、ばき、どむっ。
さっきから呪術師に背筋が寒くなる思いを何度もさせられたけど、紗羅が出す音は背筋が凍る音だ……
「ちょ……おい、話を……」
「くっ、待て」
呪術師が何か言おうとする前に紗羅の蹴りが物理的に黙らせる。
「でも……やっぱりそのおばさんが言ってたように、ダメージは通ってない。あんなの一回くらったら僕なら卒倒するけど……」
壁に叩きつけられたり、蔵に置いてある物にぶつかって壊したりしているが、呪術師のおばさん自体は痛がる素振りは見せない。
すると、そこで一旦動きを止めた紗羅が、平気な顔をして言った。
「うん、それは聞いてる。でも問題ない、あの首飾りは狼の恐怖で呪いの元を真ん中の石に閉じ込めてるって聞いた。実際に噛み付くわけでも、狼がいるわけでもないのに。ただ怖いってだけでそこまでの影響力があるなら、同じように死ぬほど怖い目に合わせればいい」
それだけ言うと、勢いをつけてまた蹴り始めた。紗羅が言っていることの意味を考えて、僕は顔が引きつるのを止められなかった。
「紗羅……音をあげるまで蹴る気だ」
実際に泣きが入るまで蹴り続けた紗羅は、久しぶりに思いっきり動けたとスッキリした顔をしている。
対して呪術師のおばさんは床に座り込んでぐったりと項垂れている。
おばさんもだけど、先に音を上げたのはなんと首飾りだった。
現地の人に恐れられているものの象徴として、オオカミを使い、恨みの念を抑えるために使われていたが、紗羅がやったのかわからないけどオオカミの牙は折れてしまっている。
首飾りの真ん中にある苦悶の表情を浮かべていた石は、今ではスンとした顔になっている。
「本能とか感情を利用した呪術。お父さんは原始的なものだって言ってたけど、恐怖の感情で縛られてるならそれを上回る恐怖で上書きすればいい!」
そう言って得意げにVサインをしている紗羅を、呪術師のおばさんは愕然とした顔で見ている。
すっかり落ち込んでしまったおばさんは、こちらの質問にも素直に答えてくれた。
あの首飾りは、やはり呪術師のおばさんが作ったもので、対立する部族に呪いをかけるために、その部族の子供を攫ってきて犠牲にして呪いをかけたと言った。
家に帰りたい、両親に会いたいと考える無垢な子供の念は、放って置いても目的の部族の方に向かうという。
人の道から外れた術を行使していたおばさんは、死後もこの首飾りに囚われてしまい、たまたま古道具として購入した木下くんのお爺さんによって日本にきてしまった。
「……箱に入れてお札で封じてあったが、それが剥がれかかったから目覚めてしまった。アタシは呪いを広げることが存在の意義みたいなもんだから……」
紗羅に対してビクビクと怯えながらおばさんはそう言った。とんだ迷惑な存在意義を持つおばさんは、元の箱に入ってもらって、きっちりとお札を貼り直して封印した。
おばさんが大人しく箱に入るのを見届けて、ようやく僕たちは安堵した。
「とりあえずはこれで安心かな?」
僕がそう言うと、木下くんも苦笑いしながら頷く。
「そうだね。もうあのおばさんも、何かする元気もなさそうだし、出てきても紗羅ちゃんが一声かけたら大人しくなりそうな様子だったね」
それくらいビビってた。紗羅が一歩動いただけでもビクッてしてたもの。
あの首飾りからは、それまで封じられていた恨みの念が蒸発するように少しずつ薄れていったみたいだ。
石に浮かんでいた苦悶の顔はスンってした顔になっていたから、世の中にはオオカミよりも怖いものがたくさんあるって気づいて、施していた封印がなくなってしまったらしい。
「一件落着だけど……これ、どうする?」
そう言う紗羅の方を見ると、その手には例の首飾りがある。
「どうして持ってるの!?箱の中にポイして来なよ!」
僕が言ったけど、紗羅は首飾りのスンとしている石をじっと見ている。
「おーちゃん。この石に封じられていたのは犠牲者。あのおばさんと一緒にするのはかわいそう」
「う、でもさ……」
眉根を下げて悲しそうな顔をした紗羅にそう言われて、僕も突き放せないで困っていると、すっと紗羅の手から首飾りを取った存在があった。
紗羅のお母さんの人形が、その首飾りを取って自分の首にかけてしまった。
〔お友達になるんだってさ〕
お姉ちゃんの声がそう言った。




