3-6 呪術師
「なんだ、誰だ!」
外国の女性は焦ったように周りを見ている。その女性には宙に浮く人形は見えていないみたいだ。
やがてギシギシと木の軋む音が近づいてきて、階段から紗羅ちゃんが姿を現した。
「おーちゃん、ちょっと待ってて。すぐ片付ける。木下くんも……」
そう言ってボク達を見た紗羅ちゃんは、目に包帯を巻いていなかった。
時間は少し巻き戻る。
紗羅の家の道場。布団を並べて三人とも寝入った頃にそれは起こった。
カタカタと扉や鴨居にかけられた賞状などが細かく揺れ出す。
そこまで大きい音ではない。普通なら気にならない程度の音だったが、目を覚ました紗羅がむくりと上半身を起こした。
「何かの気配……おーち……」
「紗羅」
逢介を起こそうと手を伸ばした紗羅が、父の言葉で動きを止める。
静かに道場に入って来た秀郷は紗羅の近くまで来ると、そこに姿勢よく座る。
「始まったね。木下くんと、逢介くんまで囚われたようだ」
声を落として秀郷が言うと、若干焦ったような紗羅の声が言った。
「だから、早くおーちゃんを起こすか……」
「まぁ待ちなさい紗羅。こっちも入り込んだようだよ」
そう言って秀郷はそっと人形の頭を撫でた。あまり霊感がない秀郷はハッキリ霊の姿を見ることはできない。
しかし、妻と長年接しているうちに、そして共に霊現象に対応するうちに、限定的な力はついてくる。
今は妻に懐いていた、人形と共にある赤い着物の少女と微笑み合っていた。
「逢介くんが言ったとおりだ。なんとかしてくれたよ」
そう言って秀郷は着物の少女と紗羅を順に見た。何かの助けになればと思って、子供達のそばにこの人形を持って来た時、こっそりと逢介は言った。
「人形の女の子とお姉ちゃんがなんとかするって言ってます」と。
秀郷は、人形にひっそりと憑いている着物の女の子のことは誰にも話していない。
逢介は自分の力で女の子の存在を感じ取っただけでなく、お姉ちゃんと共に打開策を秀郷に語ったのだ。
そして今、人形からは広い日本家屋のイメージが流れ込んで来ている。きれいな庭があり、そこを歩く逢介。
やがて、あきらとあきらの祖母らしき人物と共に蔵に入っていくところまで……。
「逢介くんの言うお姉ちゃんって、紗羅が産まれる時に助けてくれたって子かい?」
秀郷が聞くと、紗羅は嬉しそうに頷いた。
「うん。おーちゃんのお姉ちゃん。山奥の旅館でも助けてくれた」
紗羅は嬉しそうにそう言った。逢介くん
「紗羅!」
秀郷は紗羅を近くに呼んで、自分の考えを伝えたあと送り出した。
「……私には逢介くんのお姉さん、それから人形の女の子も見えない。でも、どうか紗羅を、そして紗羅の友人達をよろしく頼みます」
先ほど紗羅が見ていた辺りと人形を見て、秀郷がそう言って頭を下げた。
「行ってくる!」
そう言った紗羅は、ふっと力が抜けたように布団に倒れ込む。
それを受け止めて優しく布団に寝かせながら秀郷はもう一度呟いた。
「よろしくお願いします……」と。
◆◆ ◆◆
「な、なんだお前……どうやってここに入り込んだ!」
秀郷がミャンマーの少数民族の人だろうと予測したその女性は、突然現れた紗羅に驚きを隠せないでいる。
結界でも張ってあったのか、さっきまでこの空間を満たしていた禍々しい空気も薄まっている。
「紗羅ちゃん!」
木下くんも紗羅の登場に瞳を潤ませている。ただ……
「……紗羅?」
「…………」
「紗羅さん?どーしてこっちをそんなにジトっと……」
僕たちを見て、任せろと言ったまではいいが、その後の紗羅はじっと僕たちの方を見ている。
そして少しだけ頬を膨らませて、僕と木下くんの間に入ろうとしてやめて、僕の周りをくるっと回って反対側の手を握った。
「え、なにこれ。この状況……」
紗羅の行動の意味が分からず、僕がそう言うと紗羅は少しだけ顔を逸らして言った。
「お父さんから伝言。あれはミャンマーの呪術師が作った呪いのペンダント。人の顔が浮き出ている石が本体だから」
「ミャンマー?」
思ってもいない所の名前が出てきて、僕は思わずおうむ返しに口にした。
「……ボクのお爺ちゃんが海外で手に入れたものじゃないかな?お爺ちゃんは、そういう曰くのある物が好きで、集めてきてはお婆ちゃんに怒られるってことを繰り返してたから。この蔵にあるものはほとんどお爺ちゃんが集めた物だって聞いてる」
少し申し訳なさそうに木下くんがそう言った。
「きっと、あの外人のおばさんは首飾りを作ったりする呪術師で、首飾りと一緒に来た。きっと、あの首飾りの呪いをもっと振り撒くために、木下くんに封印を解いてもらおうとしている」
ミャンマーの呪術師らしいおばさんは、紗羅の言葉を聞いて叫んだ。
「そうさ!アタシが作った中でも最高の出来栄えだったこの首飾りが、こんな薄暗い建物の奥底にお札まで貼られて押し込められている。そんなことが許せるものか!」
おばさんが、口の端からよだれを垂らしながら叫ぶ。
その様子は常軌を逸している。
その自慢の首飾りを僕たちの方に見せつけるようにしながら言った。
「お前達も呪われてしまえ!」
目も離せずその様子を見ていた紗羅が、僕に顔を寄せて小声で言う。
「お父さんは、似たような呪物を処理したことがあったらしくて、対処法も聞いてきた。あれは真ん中の顔みたいな模様の石が呪いの大元。多分あのおばさんはたくさんの人を手にかけて、あの石に封じ込めてる」
それを聞いて僕の背中に冷たいものが走った。しかも、秀郷さんが言うには周りの白っぽい石だと思っていたのも全部人骨だろうということだった。
「呪術をかけて、恨みの念が逃げないように、あの人の部族で恐れられているチーターの牙で挟んで無理やり閉じ込めてある。」
それを聞いて改めておばさんを見る。首飾りに憑いているということは、おばさんももう生きてはいないんだろう。
死んでなお、呪いを振り撒こうとする、その凄まじい執念に、僕は言葉もなくした。
「で、でも……。これはあくまでボクの夢だし!呪いなんてそんな……」
木下くんは、いやいやと首を振りながらそう言った。自分の夢の中から呪いが振りまかれるなんて、納得できないんだろう。
「誰の夢でも関係あるもんか!アタシの術は完璧だ。こうして首飾りの封印が解かれた今、現実でも封印は解けて呪いを振り撒くのさ!これはそんな術なんだよ!」
目を剥いてゲハゲハと笑いながら呪術師のおばさんはそう言った。
それが本当のことかはわからない。でもそれを聞いた木下くんはみるみるうちに顔色を青ざめさせていった。




