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3-1 木下 あきら

「さあ、こっちへおいで。お婆ちゃんのお手伝いをしておくれ」


 お婆ちゃんはそう言ってボクを家にある蔵に入れようとする。


「蔵の中にお婆ちゃんの大事なものがあるんだよ。あきらは優しくていい子だからお婆ちゃんのお手伝いをしてくれるよね?」


 ちがう。


 お婆ちゃんはボクにそんな事を言わない。


 ボクがそうやって言うと、お婆ちゃんは怒ったような困ったような顔をしてじっと見てくる。その顔に、視線に耐え切れなくなった時にいつも目を覚ます。


「はっ!」


 ボクは布団を跳ねのけるようにして飛び起きた。


「またあの夢だ……。」


 ボクは寝汗でびっしょり濡れたパジャマを脱いで制服に袖を通す。中学校に入ったばかりの頃は全員がぶかぶかだった学生服も、男子たちのなかにはもうぴったりになっている子もいる。

 ボクは……変わらない。いつまでたってもぶかぶかのままだ。代わりに他の男子とは違う部分が張って大きくなろうとしている。ボクは、それが堪らなく嫌だった。


「木下君?」


「あ?え、ごめん紗羅ちゃんなんだったっけ?」


 考え事をしていたボクを紗羅ちゃんが包帯をした見えないはずの目でじっと見てくる。ボクは内心とても焦っていたけど、幸い紗羅ちゃんはそれ以上突っ込んでこないで話を戻した。


「最近おーちゃんが冷たい。家に来てもお父さんとばっかり話してるし、ご飯も食べないっていうし……」


 ぷんぷんと擬音が付きそうな様子で紗羅ちゃんは愚痴を言う。


「神野くんってそんなにしょっちゅう紗羅ちゃんのうちでご飯食べてたの?」


 ボクがそう聞くと紗羅ちゃんの動きが止まった。


「う……この前が初めて。それっきり」


 家庭科の授業で見るけど紗羅ちゃんは同年代の女子より料理は出来る。目が見えなくなった今でもほとんど影響ないレベルで料理をしている。


「と、いうことはおいしくないってわけじゃないだろうし、遠慮してるんじゃないかな?神野くん、その辺気にしそうだし」


 そうボクが言うと、納得できる部分があったのか、紗羅ちゃんの愚痴が小さくなった。そこでボクはとどめの一手を打った。


「じゃあさ、今度の土曜遊びに行く約束してるじゃない?その時にボクに作ってよ。で、ついでって事で神野くんも呼べば。ボクも相談あるし」


 そう言うと紗羅ちゃんの顔が輝きだした。


「おお、さすが木下君。早速今日にでもおーちゃんを捕まえとく!」


 そう言う紗羅ちゃんにボクは苦笑する。紗羅ちゃんは見た目はとてもかわいらしく、性格もいい。ただ時折大胆なことをしたり言ったりするのが難点だ。


「そこは約束を取り付けるでいいんじゃないかな?紗羅ちゃんが言うと狩りみたいに聞こえるから……」


 そう言うと紗羅ちゃんは素直に言い方を改めた。それでも、きっと次の休み時間には3組に突撃して神野くんの予定に入れ込むんだろうなと思う。


 そう考えていると紗羅ちゃんはまたボクをじっと見ている。どうしたのと首を傾げると、紗羅ちゃんは「絶対おーちゃん捕まえとくから」と戻っていた。

 まあ、そんな紗羅ちゃんもかわいいと思う。神野くんがうらやましいくらい。


 それから二日が過ぎて、約束の土曜日になった。友達の家に遊びに行くということがあまりなかったボクは楽しみにしていたんだけど……。


「どうしたのあきら。朝から疲れた顔して」


 朝食を食べに降りてきたボクの顔を見てお母さんがすぐに異変に気付いた。


「最近変な夢を見ることが多くて……少し寝不足なのかな?」


 ボクがそう言うと、お母さんの顔が曇った。


「やだ、お薬の副作用もあるのかしら。ホルモン剤っていってもねえ。……ねえ、あきら?」


 お母さんがその声色を使った時の話の内容はわかってる。


「ううん、大丈夫!じゃあ今日は友達の紗羅ちゃんの家に泊まって来るからよろしくね!」


 そう言ってそそくさと席を立つ。


「あ!……ご迷惑にならないようにするのよ?」


 お母さんも察したのか、それ以上言わずお泊りの話に変えた。


 いろいろと重い物を背負いながら、ボクは家を出た。天気予報では快晴だったはずなのに、空には重たい雲が広がっていた。


 ◆◆◆◆


「いらっしゃい!あがって」


 紗羅ちゃんの家に着くと、すぐに紗羅ちゃんの部屋に通された。


「待ってて、ちょっと飲み物とおやつ取ってくる」


 そう言って部屋を出る紗羅ちゃんに「おかまいなく!」と告げて、座って待つ。何となく周りを見てみると、紗羅ちゃんも女の子なんだなぁって思うような部屋だ。全体的にかわいらしい感じにまとまっていて、所々にぬいぐるみがそのつぶらな目を向けている。

 内心、格闘技の本とかバーベルばっかりだったらどうしようと思っていたのは内緒だ。


 やがて、紗羅ちゃんらしき足音が近づいてくる。あれ?足音多くない?


 そう思っていると、スナック菓子やらケーキやらを乗せたお盆を両手に持たせられた神野くんも一緒にやってきた。もう呼んでいたのかと驚いた。でも少しだけこれで相談しにくくなったな。


「な、なあ紗羅?木下君とゆっくり話したいんなら二人の方がいいんじゃないか?俺はその、また夕方にでも来るし、こなくてもいいし。」


 ボクも気まずかったけど、神野くんもかなり様子がおかしい。紗羅ちゃんも首を傾げている。ただ、ボクには心当たりがあった。そして神野くんは勘違いしていることも。

 何やら遠慮している様子の神野くんを見ていると、なんだかおかしくなって胸のつっかえが取れた気がして、思わず吹き出してしまった。


 いきなり笑い出したボクに、神野くんも紗羅ちゃんも怪訝な顔をしている。僕は用意してくれたお茶を貰って一口飲むと話し始めた。ボクの悩みの一つを。


「ええっ!木下君が?」


 ……想像以上に驚かれて、ボクは何とも言えない気持ちになっていた。うまくごまかせていたのを喜べばいいのか、ボクがよっぽどそう見えないのか……。


「おーちゃんその驚き方はちょっと失礼。木下君だって悩んでる」


 紗羅ちゃんがフォローしてくれた。


「ああ、そうか……。ごめんね、ほら僕って自分で言うのもアレだけど鈍感なほうだからさ、純粋に驚いちゃって」


 あははと神野くんは笑っているけど、キミは鈍感な方じゃなくてまごう事なき鈍感だからね。紗羅ちゃんも何か言いたそうにしているじゃないか。


「ごほん。とにかく、ボクは男子の恰好をしているけど、戸籍上の性別は女なんだ。いわゆるトランスジェンダーってやつかな。病院にも行ってカウンセリングなんかも受けてるけど……どうしても違和感があるんだよね。しかも第二次性徴を迎えて、体もどんどん女性になっていく。違和感もそれに比例してどんどん大きくなっていくんだ。一応、周りにはほとんど言ってない。紗羅ちゃんには何も言わずにばれたけど、多分冬弥くんも気付いているって思う」


「冬弥も?」


 神野くんがまた驚いている。よっぽど気付いていなかったみたいだ。


「多分だけどね。理解者が少ないボクに気を使ってくれたんだと思う。ボクってそもそも心霊に興味はなかったし何なら怖がりだからね。民族風土クラブに誘う意味が分からないでしょ?まあ、ただの数合わせの可能性もあるけどね」


 そう言って笑うボクを神野くんはよそよそしい態度で見ている。それに少しだけ……寂しくなる。するとそれに気づいたのか紗羅ちゃんが声を上げた。


「もう、おーちゃんは気にしすぎ。今まで通りでいいって木下君は言ってるんだから、いいの!」


 そう言って神野くんの背中をパーンと張ってくれた。その気遣いができる紗羅ちゃんが大好きだ。勿論友人として、だけどね。

 

「でも気にしないで!ボクはまだましな方だから。なんとなく違和感があるっていうだけで、深刻な人だと嫌悪感を抱く人もいるらしいから。ボクは……どこかで諦めてる。きっともうすぐ気持ちが折れて、渋々女の子の恰好をしだすと思うから。ボクが気にしたのは、紗羅ちゃんとは同性のお友達だよって伝えたかったんだ」


 わざと元気なふりをしてそう言うと、神野くんはどこかで見た事のあるような視線を向けてきた。どこでだろうと考えを巡らせてすぐにわかった。紗羅ちゃんだ。紗羅ちゃんも僕のカラ元気を見抜いてあんな顔で見てくるから。

 なんだかんだ神野くんも紗羅ちゃんと同じくらい優しいもんね……。

 

 いけない、すっかり場の雰囲気が暗くなってしまった。そこでボクはむりやりもう一つの悩みを差し込んだ。


 「実は最近おんなじ夢を見るんだ。とっても気持ち悪い夢を……」

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